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プッチーニ 「西部の娘」 マゼール/ミラノ・スカラ座管弦楽団(その5)

拾いGIF。これ本物?
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これまで専ら音楽の素晴らしさについてのみ書いてきました。音源の演奏ですが、これはスカラ座の1991年のライブ録音で、私はCDを買うまで知らなかったけれど舞台を記録したDVDもあるとのこと。観客の興奮は凄まじく、2つあるジョンソンのアリアの終わりは絶妙のタイミングで熱狂的な拍手が入る。決して有名とは言えないこのオペラの、このアリアというにはいささか短すぎる絶唱にこの拍手、スカラ座の観客達のレベルの高さを伺うことができます。
そのジョンソンを歌っているドミンゴ、これはもう文句の附けようがない模範的歌唱。どちらかと言えばジョンソンという役柄はプッチーニのテノール役としては感情移入しにくい人物ではあるが、ここまで完璧に歌われるともうお話の出鱈目さなど問題になりません。但し問題がない訳ではない。第2幕の愛の二重唱がついにユニゾンになるところで9小節程カットされていて、そこでジョンソンの三点ハ(ハイC)が出てくる。ドミンゴはハイCを歌う自信が無かったのだろうか?もっとも音楽的にはこのカットによって失うものは殆どないという感じがします。
ランスを歌うホアン・ポンスも素晴らしい。前にも書いた通り、このランスという人物は愛を知らぬ不幸な半生を送り、実に陰影に富んだ人物。保安官のくせに、やることなすこと無茶苦茶なのだが、何と言うか、悪人役なのにどうしても憎むことが出来ない。ポンスはこういった性格的な役柄には打ってつけの歌手だと思います。
ミニーを歌うザンピエリもなかなか良い。大体このミニーという役、純粋無垢な聖母的側面と、鉄火肌の女としての側面の二つが無理やり一つの人物像に押し込められている感じがしなくもない。従ってこの矛盾する人物像を十全に歌うには大変な歌唱力、演技力が必要となる訳ですが、ザンピエリはリリコ・スピントからドラマティコまで振幅の大きな歌唱で大変説得力があります。
そして何よりマゼールの天才的な指揮。イタリア・オペラとマゼールというのがどうしても頭の中で結び付かない御仁もおられると思いますが、この人のアゴーギグはプッチーニの音楽に向いていると思います。私もついついヘンタイ呼ばわりしてしまうけれど、知的な造りとイタリア物ならではの臭みや過剰感が絶妙なバランスを保っていて、独特なアラルガンドには冷静さを保つことが出来ません。ライブなのでマイクがやや遠い感じがして、比較的新しい録音の割には物足りなく感じる所もありますが、全体の中ではごく小さな瑕だろうと思います。私は「西部の娘」については色んな録音を聴いた訳ではありませんが、これは理想的な演奏と言っても良いのではないでしょうか。
それにしてもこの作品、ブログを書く為に随分繰り返して聴き込みましたが、何度聴いても飽きるということがない。私は、オペラは音楽が全てであってお話などどうでもよい、という立場は採りませんので、このあまりに御都合主義なストーリーの所為で「傑作」と呼ぶのには躊躇してしまうのですが、本当に一級品の音楽だと思いました。

以下は蛇足ですが、以前紹介した玉崎紀子氏の論文にはオペラの元ネタのベラスコの戯曲や、その後作られたミュージカル映画との比較など大変興味深い内容が書かれています。前にこの音楽を「ミュージカル風」と書いたけれど、1910年のアメリカ初演当時の彼の地の音楽はどんなものだったのか、大層興味をそそられます。特にミュージカルの世界はいつかどっぷりと浸かってみたいと思いながら果たせないままです。
ブロードウェイ・ミュージカルの誕生と発展を歴史的に俯瞰するというのは意外と困難なようです。そんなに昔の事でもなかろうに、クラシックとポピュラー音楽のクロスオーバーする領域で、そのどちらにも通暁している著者による体系的な記述は、少なくともネット世界の情報を渉猟しただけではまず見当たらない。
wikiのミュージカル史に少し付け加えるなら、まずこの基になった1つ目の要素はミンストレル・ショー、ヴォードヴィル、レヴュー、バーレスクといった様々な名称によって呼ばれる笑劇。何となく音楽劇というよりは「横山ホットブラザース」みたいなお笑いのイメージを持ってしまいますが、かのスティーヴン・フォスター(1826-64)などもミンストレルの為に沢山の歌を書いたらしい。
2つ目の要素は世紀の替わり目頃にアメリカに移住したヨーロッパの、それもなぜか辺境の音楽家達の影響。例えばヴィクター・ハーバート(1859-1924)。ダブリン出身、1892年よりアメリカで活動、オペレッタから初期のミュージカルの創設へ貢献したと言います。ルドルフ・フリムル(1879-1972)。プラハ出身、あの「蒲田行進曲」はオペレッタ「放浪の王者」の中の「放浪者の歌」の翻案。1906年にアメリカに移住、初期のミュージカルの創設に与った。あるいは、シグマンド・ロンバーグ(1887-1951)。ハンガリー出身、1909年渡米、1920年代にオペレッタ、初期のミュージカルを作曲。この人達が創生期のミュージカルの骨格を形作ったと言えそうです。
3つ目の源流は何と言ってもジャズの要素。ご存知ジョージ・ガーシュウィン(1898-1937)。ユダヤ系ロシア移民の子、その作品リストには驚くことに1916年から1936年にかけて、50作ものミュージカルと称する作品が並んでいます。歌入りの芝居、くらいのイメージなのかなと思いますが、何せ聴いた事がないので何とも言いようがありませんが、ひょっとするとこれは宝の山かも知れないという予感がします・・・・。他には「キス・ミー・ケイト」のコール・ポーター(1891-1964)や「二人でお茶を」のヴィンセント・ユーマンス(1898-1946)らによってジャズやブルースの要素がもたらされたとのこと。
4つ目の要素はヨーロッパで、またアメリカでも大流行したオペレッタ。オペレッタといえば何といってもレハール。ナチスと上手く折り合いをつけられたレハールはヨーロッパに留まったが、その作品はアメリカでも知られていました。だが、ミュージカルの関係で行けば影響が大きそうなのは「チャルダーシュの女王」のエメリヒ・カールマン(1882-1953、1942アメリカに帰化)、ユダヤ系ハンガリー人。アメリカ時代の作品はよほどの好事家にしか知られていないであろう。
5つ目は1930年代後半にナチスやムッソリーニ政権を逃れてアメリカに亡命したユダヤ人作曲家達の筋金入りのクラシカルな音楽。エーリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)、モラヴィア生まれのユダヤ人、1938年亡命。マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ(1895-1968)、ユダヤ系イタリア人、1939年亡命。この2人はミュージカルこそ書かなかったが映画音楽で大きな影響をもたらしたのではないか。あるいはクルト・ワイル(1900-1950)、デッサウ生まれのユダヤ人。1935年アメリカ亡命後に多くのミュージカルを書いたと言いますが、これらの人々の影響は大きいだろう。「西部の娘」は彼らの亡命より30年近くも前にヨーロッパからもたらされた最新のクラシカルな音楽、ということだったのでしょうが、上の記述から考えると初演の1910年当時はオペレッタとは明らかに異なるミュージカルというジャンルはまだ確立されていなかったと言えそうです。それを思うと、この「まるでミュージカルみたいな」オペラが当時如何に斬新なものであったか想像に難くありません。また、このオペラの影響というものが後のミュージカルに何らかの形でもたらされたことも、その後何度も舞台にかけられ、映画化もされていたということから明らかであると思います。
最後にロンドン発のコミカルな舞台音楽の影響があるようですが、これは調べてもよく判りませんでした。お詳しい方のご教示をお願いします。
これらの先人達の築いた土台がまずあって、その後オスカー・ハマースタイン2世(1895-1960)というユダヤ系アメリカ人の作詞家によってミュージカルは映画と手を携えながら完成の域に達します。「ショー・ボート」1927、「オクラホマ」1943、「南太平洋」1949、「王様と私」1951、「サウンド・オブ・ミュージック」1958etc、これらの作品の内一つも聞いたことがないという人は多分いないのではないか。音楽を書いたのはリチャード・ロジャース(1902-1979)というユダヤ系アメリカ人(オクラホマ、南太平洋、王様と私、サウンド・オブ・ミュージック)やジェローム・カーン(1885-1945)というドイツ系ユダヤ人。彼の「ショー・ボート」1927を以って最初のアメリカのミュージカルの確立とする意見があるようです。
以上は私の見解ではなくて、これから少しずつ観たり聞いたりするにあたっての、聞きかじりによる備忘のようなものです。音源の入手がけっこう大変そうですが・・・。またいつか当ブログで紹介する機会があるかも知れません。
(この項終わり)
by nekomatalistener | 2012-04-19 00:00 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)

プッチーニ 「西部の娘」 マゼール/ミラノ・スカラ座管弦楽団(その3)

また拾いネタだけどこれ好きww。
【原材料】
アンパンマン「小麦が高くて、力が出ない……。」



第1幕の後半になってようやくジョンソンが登場しますが、ジョンソンが気に入らないランスはこの優男がウィスキーをソーダで割って飲むのも癪にさわり、敵愾心をもってジョンソンをあれこれと穿鑿します。ミニーはランスをたしなめて、よそ者のジョンソンを迎え入れますが、ここでミニーとジョンソンが以前にも顔を会わせたことがあり、淡い恋心を抱いていたことが判ります。音楽もまるで印象派のような和声進行で、二人の歌を盛り上げていきます。ランスは更にジョンソンに絡み、男達も同調しようとするものの、ミニーのとりなしで大人しくなってしまいます。ミニーとジョンソンは男達に囃し立てられてワルツを踊ります。この男達の合唱を伴うワルツは単純極まりないものですがとても美しいもの。
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そこにアシュビー達が盗賊の一味カストロを捕まえて引っ立ててきます。カストロは自分達の首領ラミレス(ジョンソン)が無事なのを見てとると、ランスやアシュビーらの捜索を邪魔するためラミレスを裏切った振りをして、彼らに嘘のアジトを教えようと皆と酒場を出ていきます。ミニーはジョンソンを引き止め、先程のワルツの旋律に乗せておずおずとした会話が始まります。ここから第1幕の終わりまで、プッチーニが腕によりをかけて書いた長大な愛の二重唱が続きます。
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先程は単純極まりなかったワルツの旋律が、ここでは極上のオーケストレーションを伴って蕩ける様な甘い音楽となっています。ジョンソンの愛の歌はプッチーニお得意の変ト長調で2点変ロまで上り詰めますが、そこに盗賊一味の合図の口笛が聞えてきます。ニックが「強盗が近くをうろついている」と注意を促しに来るが、ジョンソンを信頼しているミニーは樽の中に鉱夫たちの金が入っており、自分は不幸な男達の為に命を掛けて金を守ると話します。実はその金こそジョンソン、つまりラメレスの目当てであった訳ですが、ミニーが心の底から鉱夫達の荷馬車のように惨めな人生に同情していることに彼は心を打たれます。ここは本当に感動的な歌ですが、二重唱の一部となっていてミニーの独立したアリアでないことは再三触れたとおり。
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別れを告げて出ていこうとするジョンソン。ミニーは自分の住む小屋にジョンソンを誘いながら、自分をつまらない女だと言って感極まって泣きます。ジョンソンは山小屋を訪れることを約束して出ていきます。ミニー夢うつつのまま幕。

ここで注意せねばならないことは、ジョンソンはミニーの純真さに心打たれてはいるけれども、結局盗賊仲間に金の在処を教えに出て行ったことです。ジョンソンはこの後ミニーの山小屋に現れますが、あくまでも彼の目当てはミニーの肉体であり、未だ行きずりの恋以上のものを求めている訳ではないということです。

第2幕はミニーの住む山小屋。女中のインディアン娘ウォークルの子守唄から始まります。この歌は「蝶々夫人」のスズキが歌う「イザナギイザナミ」を連想させます。プッチーニの頭の中にあるオリエンタリスムは所詮この程度のものか、と思わざるを得ません。二人は未婚のまま子供をもうけていますが、ミニーの薦めで結婚することになっています。もっとも、二人とも大して嬉しそうでもないところが面白いところ。
ミニーはウォークルに二人分の食事を言いつけ、晴れの衣裳を着てうきうきしています。ここでミニーの歌う歌は例によってアリアとは云えない短いものですが、ミニーの心が昂るにつれて聴く者の心まで切なくさせる素晴らしい旋律です。
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ジョンソンが来てぎこちない会話が始まります。ミニーは山の生活の喜びを歌いますが、愛に対する二人の考えは微妙に異なります。甘い旋律が現れ、この後大きな盛り上がりを見せますが、この旋律は流しのジェイクの歌や、ワルツの旋律同様、アメリカ民謡風の素朴なペンタトニックでありながら、プッチーニの手に掛ると二人の官能の限りを尽くす名旋律に変貌していきます。プッチーニの手腕の素晴らしさには驚嘆する他ありません。
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最初はキスを迫るジョンソンをいなすミニーですが、ウォークルを帰らせてから音楽もいよいよ只ならぬ気配を漂わせ、ミニーはついにジョンソンにキスを許します。ここからの二重唱はプッチーニの作品の中でも最も素晴らしいものの一つだと思います。というか、これほど激しい愛の二重唱は他に見あたらないほど。5/2拍子の大きくうねるオーケストラに始まり、4/2拍子と3/2拍子が激しく交替して、聴く者はもう翻弄されるのみ。
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最初の部分は前奏曲に現れたうねるような旋律、そしてついに先程の甘い旋律で二人のユニゾンとなります。
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音楽の狂おしい昂りが少し収まると、今度は第1幕のワルツの旋律がオーケストラに現れます。ミニーは気になっていたこと、ジョンソンとニーナとの関係について尋ねますが、ジョンソンは知らないと答えます。もともとミニーの体目当てと思われたジョンソンですが、ミニーのあまりの純粋さにキスをしただけで帰ろうとします。その時ランス達の声がするので、ミニーはジョンソンを隠します。ランスらはジョンソンが実はラミレスだったこと、ニーナはジョンソンの情婦であったことを話し、ミニーは動揺を隠して彼らを帰らせます。ただ、バーテンダーのニックだけは、ジョンソンの葉巻が落ちているのを見つけ、二人の関係を察しますが、知らぬふりをして一緒に帰っていきます。ミニーの激昂。続きは別稿にて。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2012-04-15 21:42 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)

プッチーニ 「西部の娘」 マゼール/ミラノ・スカラ座管弦楽団(その2)

ネットの拾いネタばかりですみません・・・

「今からこのトランプを消して、観客の誰かの胸ポケットに入れてみせましょう。」
「えぇー、さすがにそれは無理じゃないですか?」
「いいえ、ものの見事にやってのけますよ。」
「小野妹子に?」




前回の予告通り、幕を追いながら聴きどころを紹介しようと思いますが、このオペラに関しては中京大学文化科学研究所の玉崎紀子氏の論文「西部の娘―原作戯曲、オペラそしてミュージカル―」という示唆に富む論文がCiNiiのオープンアクセスで読むことができます。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004648944
私のような素人がこれに附け加えることなど実は殆どないのですが、以下の拙文は出来るだけこの論文の内容と被らないように配慮しながら、私のオリジナルな考察を少し書いてみたいと思っています。

第1幕は短い前奏曲から始まりますが、全音音階によって調性がぼかされた部分、烈しい情念のうねりのような部分(これは後でミニーとジョンソンの愛の二重唱の旋律となる)、古き良きアメリカを偲ばせるジャズ風の部分(ケークウォークのリズム、これはジョンソンのライトモチーフとして後の部分に何度も現れる)の3つの要素から成り立っています。ヴォーカルスコアでわずか2ページの簡潔さながら、この作品の要約として申し分ない出来栄えです。
次にいかにも西部開拓時代に相応しい6/8拍子ののんびりとしたリズムにのって、仕事を終えた鉱夫達(いわゆるフォーティナイナーズ)が酒場「ポルカ」に三々五々集まってきます。バーテンダーのニックは商売上手で、男達の幾人かに「女主人のミニーが、あんたに気があるみたいだぜ」と囁くと、男達は舞い上がって煙草やら酒やらを皆に振舞って散財します。
流しの歌手ジェイク・ウォーラスが望郷の歌を歌うと男達はしんみりと聴きほれ、その一人ジム・ラーケンスが故郷を想って泣きだします。一文無しのジムが故郷に帰れるようになけなしの金を与える男達の美しい場面にこちらも涙腺が緩んでしまいます。
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その後、賭けポーカーでいかさま騒ぎがあり、男達が大騒ぎをしていると保安官のジャック・ランスが現れ事態を収拾します。運送会社のウェルズ・ファーゴの代理人アシュビーは、ランスにメキシコから来た盗賊団の情報を入れます。ミニーに惚れているランスは、ソノーラという鉱夫達の兄貴格の男とミニーを巡って発砲沙汰の喧嘩となるが、そこにミニー登場、荒くれ共もミニーの前では少年のように大人しくなってしまいます。ミニーのモチーフは振幅の大きな旋律でこの後何度も現れます。
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ミニーは読み書きすら怪しい男達に聖書を読み聞かせます(鉱夫のハリーはダビデとサムソンがごっちゃになっていて皆の嘲笑の的になります)。男達にとってミニーは教師であり憧れの対象であり、いやむしろ聖母なのかも知れません。ここで彼女が読むのはダビデの詩篇51の第7節「汝ヒソブをもて我をきよめたまへ さらばわれ浄まらん 我を洗ひたまへ さらばわれ雪よりも白からん」。ミニーは男達に「愛による許し」を教えます。ミニーの歌はアリアとも呼べぬささやかなものですが、控え目なオーケストラに乗せて語りかけるミニーの優しさに、こちらも心が融けていくようです。
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郵便配達夫が現れ、アシュビーの下に盗賊団の首領ラメレスが酒場ポルカに現れるだろうという手紙が届く(この場面のペンタトニックは「トゥーランドット」のピン・パン・ポンの三重唱を連想させます)。ランスとアシュビーは、ラメレスの情婦ニーナの裏切りによる密告だろうと推測します。ランスはミニーに言い寄るがミニーに手厳しく撥ねつけられます。ランスは愛を知らぬこれまでの自分の人生を歌いますが、この部分は前回も書いたとおりこのオペラ唯一のアリアと言ってもよい、切なくも美しいもので、正にプッチーニの本領発揮という感じがします。このアリアのせいで私はミニーやジョンソンよりむしろランスの方に感情移入してしまうほど。
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少し長く譜面を引用したのは、4/8拍子のゆったりとした流れに2/8拍子の1小節が入っていることに注目してもらいたいから。プッチーニの数ある名アリアにしばしば見られるこの「字余り」あるいは「字足らず」のような小節、感情の昂りが頂点に達して、伝統的な拍節法をぶち破ってしまうのが「字余り」、歌が上り詰めていくその更に向こうに、真の感情の爆発が控えている際、そこに到達するのももどかしく階段を一段おきに駆けのぼるように切迫して現れるのが「字足らず」の変拍子の小節。ランスのアリアには「字余り」の2/8拍子が2回現れます。以前「外套」を取り上げた時にはこの独特の変拍子について舌足らずにしか書けませんでしたが、これはプッチーニが聴く者の心を鷲掴みにして引き摺り回すメチエの秘密の一つではないかと密かに考えています。あまり言及されませんが、この独特のアーティキュレーションは本当にプッチーニの魅力の源泉であろうと思います。ランスの求愛に対して、ミニーは自分の父母が如何に愛しあっていたかを歌い、本当に好きな人でなければ結婚出来ないと歌います。
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練習番号71から一気に3点ハまで盛り上がるミニーの歌は、前回「最短距離で人を泣かせるアリア」を書こうとして少し失敗している、と書いた部分に該当するような気がします。
ジョンソン(実は盗賊団の首領ラメレス)の登場からは次回に。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2012-04-14 17:36 | CD・DVD試聴記 | Comments(2)

プッチーニ 「西部の娘」 マゼール/ミラノ・スカラ座管弦楽団(その1)

お気に入り画像シリーズ第二弾。ワロタ。
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まずは音源の紹介から。

 プッチーニ 「西部の娘」
  ミニー: マーラ・ザンピエーリ
  ディック・ジョンソン: プラシド・ドミンゴ
  ジャック・ランス: フアン・ポンス
  ニック: セルジオ・ベルトッキ
  アシュビー: ルイジ・ローニ
  ソノーラ: アントニオ:サルヴァドーリ
  トリン: エルネスト・ガヴァッツィ
  シッド: ジョヴァンニ・サヴォイアルド
  ベッロ: オラツィオ:モーリ
  ハリー: フランチェスコ・メメオ
  ジョー: アルド・ボッティオン
  ハッピー: エルネスト・パナリエッロ
  ラーケンス: ピエトロ・スパニョーリ
  ビリー・ジャックラビット: アルド・ブラマンテ
  ウォークル: ネッラ・ヴェッリ
  ジェイク・ウォーラス: マルコ・チンガリ
  ホセ・カストロ: クラウディオ・ジオンビ
  郵便配達夫: ウンベルト・スカラヴィーノ
  ミラノ・スカラ座合唱団、管弦楽団
  ロリン・マゼール指揮
  1991年1月17&31日、2月3&7日録音
  CD:SONY MUSIC88697446622

私はプッチーニのオペラが大好物。もちろん「トスカ」や「トゥーランドット」は大傑作だと思いますが、このブログでは出来ることなら普段あまり陽の当たらない作品をこそ取り上げたいと思っています(以前に「外套」を取り上げたのもそういった気持ちがあったから)。という訳で「西部の娘」。「トスカ」から10年後、「蝶々夫人」から6年後の1910年の初演ですから、この後は「つばめ」「三部作」「トゥーランドット」が残されたのみ。本来ならば最も油の乗り切った頃の作品としてもっと人気があってしかるべきところ、これがまったく人気がない。確かに一度や二度聴いただけではなかなか魅力が判らない。聴き始めた頃は「ひょっとして、というか、やっぱり失敗作?」と思ってしまうほど。そうは云いながら、ところどころしゃぶりつきたくなるような美しい箇所があり、音楽的にも極めて充実した書法が随所に見られます。完成度という点では若干の瑕があるけれども才能があちこちから噴出している。それこそ猫またぎなリスナーが愛して已まないタイプの作品。喩えが適切かどうか心許ないが、シューマンのピアノ曲、それも「ダヴィッド同盟舞曲集」のような、瑕も多いが天才的としか言い様のない作品についつい惹かれてしまう私の嗜好にぴったりと合う作品であると思います。

一般的な人気がない理由を考えてみることは無益ではないと思います。いくつか挙げていきますと、
①主人公の2人(ミニーとジョンソン)に独立して歌えるような手頃な長さのアリアがない
②グランドオペラには珍しくハッピーエンドに終わる(しかもかなり御都合主義的)
③全音音階の採用など玄人受けを狙った技法が大衆的な嗜好に合わない
④かと思えばミュージカル風の解り易い部分がしばしば大衆迎合的と受け取られる
⑤映画、特に西部劇の流行によって逆にオペラの題材としては奇異なままに留まってしまった
⑥「蝶々夫人」が日本人にとって「恥ずかしい」のと同様に、アメリカ人からみるとちょっと居心地が悪そう
⑦劇中でのインディアンの描写が孕むセンシティブな問題

他にもまだまだあると思いますが、これらの理由についてもう少し詳細に見ていきます。

①主人公の2人(ミニーとジョンソン)に独立して歌えるような手頃な長さのアリアがない
 これは特にミニーについて言える事ですが、ほとんどソロの見せ場らしいものがない。あちこちに美しい旋律が現れるが、それは専らジョンソンとの二重唱や鉱夫らとのアンサンブルの中に短く出てくるだけで、 リサイタルで独立させて歌えるようなアリアではありません。ジョンソンのほうは辛うじてアリアと呼べる歌が与えられていますが、それとて些か短すぎてリサイタルで歌うにはちょっと辛いところ。敵役のランスには実に美しい、長さも充分で均整のとれたアリアがあるのですが、これはバリトンの役。主役のプリマドンナにアリアがないのはやはりポピュラリティの獲得という点では致命的です(もし「蝶々夫人」に「ある晴れた日に」が無かったとしたら!)。その代わりに、二重唱やアンサンブルには本当に美しい箇所があり、プッチーニがかなり意識的に(実験的に、といっても良いと思うが)、大向こうを唸らせる手法を排してアンサンブル・オペラを書こうとしていたようにも思われます。あるいは、プッチーニは自分の持てるメチエの限りを尽くして、「最短距離で人を泣かせるアリア」を書こうとして、さすがに不発に終わっているように感じられる部分もなきにしもあらず。この辺りは稿を改めてじっくりと分析してみたいと思います。要は、この一見短所にも見える特質はこのオペラの魅力の一つでもあるということ。

②グランドオペラには珍しくハッピーエンドに終わる(しかもかなり御都合主義的)
 これは「お涙頂戴」式のお話のほうが受ける、といった表面的な理由だけでなく、ならず者は罰を与えられるべし、という道徳的な話でもない。盗賊の首領であるジョンソンは逆説的な英雄としての存在である訳だが、英雄はすべからく死すべきであって、生きのびて小市民的な、家庭的な幸福を追求してはならないというのが英雄譚の大原則。こんな事を思うのは、若い頃に三島由紀夫とか(例えば『午後の曳航』)を読みすぎた悪影響かも知れませんが(笑)、判りやすく云えば映画「俺たちに明日はない」でボニーとクライドが結婚して幸せな家庭生活を得たとしたら随分興醒め、この映画の魅力は半減以下じゃないかな、というのと同じ事です。ハッピーエンドのグランド・オペラという発想は確かに新奇ではあったでしょうが、これは残念ながら不発だったと言わざるを得ない。御都合主義という点に関して言えば、プッチーニのオペラの物語ではいつもの事じゃないか、という声もあるかも知れない。それにしても、ジョンソンの一味のカストロや情婦のニーナの事が後半一言も触れられないのはちょっとリブレットが酷過ぎると思います。

③全音音階の採用など玄人受けを狙った技法が大衆的な嗜好に合わない
 これはプッチーニが如何に当時の最先端の音楽的な手法に敏感であったかを良く物語っています。ドビュッシーがほとんど全音音階だけで「帆」を書いたのが1910年ですから、「西部の娘」を作曲中のプッチーニは未だ聴いていない可能性が高い。むしろそれに少し先立つ「水の反映」や「ペレアスとメリザンド」などからこの技法を習得したという見方が妥当だと思います。①と同様、プッチーニとしてはかなり実験的な試みであったことは間違いないが、誰にでもわかりやすい音楽的魅力とは成り得ないのも事実。他にもインディアンのウォークルとビリーの歌などでも随分と革新的な和声進行が見られますが、やや音楽全体の中で座りが悪いというか、単発的な効果の域を出ていないような気がします。

④かと思えばミュージカル風の解り易い部分がしばしば大衆迎合的と受け取られる
 私は不勉強でブロードウェイのミュージカルのことについてはとんと知らないのですが、少なくともその音楽的本質においてプッチーニのこの作品と極めて近い要素があることは確かであると思います。実際のところは、ミュージカルの音楽的な確立については1930年代終わり頃の、ヨーロッパからのユダヤ人音楽家の大量亡命という要素抜きでは語れないはずなので、年代的にはすこし合わないのですが、この「まるでミュージカルみたいに聞こえる」ということ自体、ただでさえ通俗的と看做されがちなプッチーニの音楽をさらに貶め易いものにしていると言えるでしょう。誤解の無いように言っておくと、私自身はミュージカルに対しても多大な関心を持っておりますし、プッチーニの音楽が本質的に含む通俗性、甘ったるさも全部込みで好きですので、このような誹謗中傷は全く問題にはなりませんが・・・。ちなみに③の玄人向けの部分と④の大衆的な部分は特に融合を図るということはなくて、しばしば乱暴なまでに隣り合っているという印象を持ちます。

⑤映画、特に西部劇の流行によって逆にオペラの題材としては奇異なままに留まってしまった
 これはまぁ仮説みたいなものですが、要は戦後の聴衆としては「映画向きのお話をわざわざオペラで見せられてもなぁ・・・」という感想に繋がるのではないかと思っているのです。事実、映画でならこのゴールドラッシュに湧くカリフォルニアの埃っぽい空気や、汗臭いフォーティナイナー達の臭いまでもリアルに表現できるでしょうが、オペラの舞台ではどだい無理がありますし、リアルに表現したところで、「なんとも華のない舞台」と思われるのが関の山。このオペラとミュージカルと映画との関係については稿を改めてもう少し述べるつもり。

⑥「蝶々夫人」が日本人にとって「恥ずかしい」のと同様に、アメリカ人からみるとちょっと居心地が悪そう
 これはアメリカ人じゃないので想像でしかないですが、第1幕の鉱夫たちがなにかというとHello,hello!と呼び交わすとか、イタリア語の台詞のなかに取ってつけたようにAllright!とかいった英単語が出てくるところなど、随分気恥ずかしいと感じられるのでは?我々が「蝶々夫人」をみていて、前後の台詞がイタリア語なのに登場人物が「チョチョさ~ん」とか「おーカミ(神)」などと言うとかなり恥ずかしいですもんね。他にもウィスキーをストレートで飲まねぇのはけしからん、とか皆が言い出すのも、ミニーがアシュビーに葉巻を勧める場面でことさら商品名(Regarias,Auroras,Eurekas)をいう場面(むりやり日本語に訳すなら「・・・いこい、わかば、それともしんせい?」みたいな)、なんてのも恥ずかしそう。インディアンの娘ウォークルの子守唄も、蝶々夫人でスズキが歌う「イザナギ、イザナミ、サルンダシコ(猿田彦www)」と同じくネイティブが観たら噴飯モノっぽい。鉱夫らは困っている仲間にみんなで金をカンパしたと思ったら、ポーカーでイカサマをした仲間を「吊るしちまえ!」と叫びだしたり、第1幕ではジョンソンに対して友好的だったのに第3幕では「殺せ殺せ」の大合唱だったり、荒くれどもの描写にしてもちょっと馬鹿に描きすぎ。そのくせミニーの仕草のいちいちに狂喜したりしゅんとしたり。小学生か。

⑦劇中でのインディアンの描写が孕むセンシティブな問題
 これは映画の西部劇も一緒のことでしょうが、『ちびくろサンボ』も発禁になっちゃう世の中では何かと舞台に掛け難い箇所があるのは確かでしょうね。もっともオリジナルの台本ではインディアンのビリーが客の飲み残しの酒を盗み飲んだりする場面があるのをオペラではカットしていたり、どこまでプッチーニの意思なのかよく判りませんが、昔の作品としてはネイティブが随分マシに描かれているほうだと思う。とはいえ、事実上の夫婦であるビリーとウォークルの会話が"Ugh!" "Ugh!"ってちょっとまずいだろ、と思う。

以上のことから言えるのは、やはり一般的には失敗作のレッテルを貼られても致し方ない部分があること、同時にプッチーニとしても随分と実験的な要素の多いオペラであること、またそのことは作品の興行的な成功とは折り合いが悪いけれど、音楽そのものの魅力としてはむしろ捨てがたい魅力に繋がっているところもある、という事だろうと思います。次回、劇の進行に沿って、もうすこし詳しく語ってみたいと思います。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2012-04-13 01:07 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)