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観世青年研究能公演 「半蔀」 「舎利」

先日、某国大使館主催のパーティーで中野良子さんを目撃。でも一瞬白石加代子かと思ったでござる。





世の中には驚くほど多趣味な人というのもいますが、私はどちらかといえば狭く深くのタイプなのか、あれもこれもというのが苦手。一昨年単身生活を終えたのを機にピアノを再開し、特にこの数ヶ月それなりに時間を割いていたところブログの更新が目に見えて減ってしまいました。最近はCDも殆ど聴いてなくて、youtubeで次何を弾こうかな、とあれこれ齧りながら物色の日々。ま、たぶん今しか出来ないこともあるので一向に構わないのですが・・・。

さて一か月ぶりの観能。今回は「半蔀」と「舎利」。その取り合わせの理由を考えてもよく分かりません。相互の関連はあんまりなさそうです。

 2015年8月9日@京都観世会館
 観世青年研究能

 半蔀
  シテ(里女・夕顔女)  河村和貴
  ワキ(僧)  岡充
  間(所の者)  松本薫

 狂言
 柿山伏
  シテ(山伏)  島田洋海
  アド(畑主)  松本薫

 仕舞
 賀茂  大江広祐
 女郎花  林宗一郎

 舎利
  シテ(里人・足疾鬼)  樹下千慧
  ワキ(旅僧)  有松遼一
  ツレ(韋駄天)  河村和晃
  間(能力)  山下守之


まずは「半蔀(はじとみ)」。
紫野雲林院の僧が立花供養をしようとしていると一人の女が現れ、夕顔の花を手向けて姿を消す。里の者から、源氏と情を通じた夕顔が六条御息所の生霊に取り殺されたという話を聞いた僧は、女の供養のために夕顔の住いのあった五条辺りに赴く。そこに夕顔の霊が現れ、舞を舞った後、半蔀の内に消え去る。
私が以前観た「夕顔」とほとんど同工異曲ですが、いくつか違いもあります。女の語りが中心となる「夕顔」は、源氏物語に取材した怪異譚の趣があって、演劇として上手くまとまっている感じがするのに対し、「半蔀」の方は「草木国土悉皆成仏」こそが中心的なテーマであって、あくまでも主役は地味で儚い夕顔の花そのもの、源氏とのエピソードはやや取ってつけた感じがしました。こんなことを書いたのも、「半蔀」で舞っているのは誰なのか、もともと人間としての肉体を持っていた夕顔と呼ばれる女なのか、夕顔の名の謂れとなった軒先の花の精なのか、という事を考えていたからなのですが、結論としては仮に人間の形をとった花の精であると考えるのが妥当でしょう。
後段の舞は「夕顔」と同じく、悠揚迫らざるイロエで、ちょっと長く感じました。私の素養の無さなのかも知れませんが、以前「葛城」を観たとき中入り後の舞を本当に美しいと感じたこともあるので、どうしても「本当はもっと凄いのではないか」と疑ってしまうのです。これは演者を貶しているのではなくて、演者にとって芸の完成というものが無いのと同様に、観る者にとっても今自分が観ているものは本来もっと優れたものなのではないか、それを知る者を見巧者というのではないか、という自問をすべきだと思うから。もっともこれは、一生掛けて解決できるかどうか、といった問題なのかも知れません。

狂言は「柿山伏」。お話は以前にも書いたので省略。狂言においては当たり前のことなのでしょうが、以前観たときと台詞や所作の細かいところがかなり異なるように思いました。山伏役の島田洋海は演技がやや生硬な感じがしましたが、山伏が柿の木を飛び降りてから追い込みまでは今回の方がより分かりやすく可笑しいものでした。

仕舞は「賀茂」「女郎花」の二番。相変わらず仕舞のことはよく判りませんが、「賀茂」は以前に能として観ているので幾分馴染みがあるような気がしました。

最後は「舎利」。
出雲国美保の関の僧が上洛し、泉涌寺(せんにゅじ)に収められた仏舎利をありがたく拝んでいると、一人の里人が現れる。僧が「仏舎利を拝まん為ならば。同じ心ぞ我も旅人。」と里人を招き入れると、里人は鬼の形相となり舎利を収めた厨子を奪い去る。僧は寺男より、釈迦入滅の折り、足疾鬼(そくしっき)が仏の歯を抜いて持ち去ろうとしたところ、韋駄天が現れて取り返したという話を聞く。僧が祈ると、舎利容器を手にした足疾鬼と韋駄天が現れ、激しく戦ったのち足疾鬼は力尽き、韋駄天は舎利を取り戻す。
こちらは派手な二人舞のスペクタクルな愉しみがすべてであって、物語は完全にダシにされている感じがします。だがこれも大切な能の愉しみ。どんなに荒唐無稽であっても面白いものは面白い。
舞台の上には上面に緋毛氈、側面に金糸の紋縁をあしらった台座が置かれ、舎利殿に見立てる。その上に厨子。厨子の頂部には火焔宝珠型の舎利容器。面のことは私はよく判りませんが、前シテは黒頭に怪士(あやかし)、後シテは赤頭に顰(しかみ)でしょうか。韋駄天は天神の面というのが決まりごとのようです。囃子の激しさはこれまで観てきた切能の中でも抜きんでています。以前「翁」の囃子をクセナキスの「アイス」Aïsに譬えたことがあったが、こちらはさしずめ「プサッファ」Psapphaだろうか。音楽劇としてみても実に面白いものでした。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2015-08-13 00:19 | 観劇記録