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片山定期能 「通盛」 「海士」

池井戸潤と井戸田潤がどうしてもごっちゃになってしまう。





今年の能の見納めです。
2015年12月13日@京都観世会館
片山定期能十二月公演

 通盛
  シテ(浦の老人/平通盛の霊) 分林道治
  ツレ(浦の女/小宰相局の霊) 武田大志
  ワキ(僧) 小林努
  ワキツレ(従僧) 有松遼一
  アイ(浦の男) 山口耕道

 仕舞
  白楽天 橋本忠樹
  龍田キリ 梅田嘉宏
  鳥追舟 青木道喜
  碇潜(いかりかづき) 味方玄

 狂言
 棒縛
  シテ(太郎冠者) 茂山良暢
  アド(主) 岡村宏懇
  アド(次郎冠者) 新島健人

 仕舞
 定家 片山九郎右衛門

 海士懐中之舞
  シテ(海人の女/龍女(房前の母の霊)) 片山伸吾
  子方(藤原房前) 片山峻佑
  ワキ(従者) 江崎欽次朗
  ワキツレ(従者) 和田英基・松本義昭
  アイ(浦の男) 茂山良暢


まずは「通盛」(みちもり)から。
阿波国鳴門にて、平家の一門を弔う旅の僧のもとに、浦の老人と女(実は通盛とその妻、小宰相局の亡霊)が釣舟に乗って現れる。女は、通盛の討死を知った小宰相局が鳴門で入水したことを話すと、自ら老人ともども海に飛び込んで消えてしまう。その夜、僧たちの読経に誘われる如く、通盛と小宰相局の霊がふたたび現れ、戦の前の夫婦の語らいもそこそこに、後ろ髪を引かれる思いで出陣し、敵と刺し違えて修羅道に堕ちた経緯を語るのだった。
二番目物ですが、シテの妻が出てくることで格段に見どころの多い曲となっています。前半は小宰相局の入水の件が中心。舞台には篝火を焚いた釣舟の作り物が出され、乳母らの制止を振り切って入水する場では、思いの外の素早さで小舟から歩み出てしゃがみこみ、立ち上がって橋懸りから消えていく。本当に一瞬の所作ですが、切々たる台詞や地謡と相俟って、予めこうなると分かっていても衝撃を受けます。

ツレ「さる程に小宰相の局乳母を近づけ。
二人「いかに何とか思ふ。我頼もしき人々は都に留まり。通盛は討たれぬ。誰を頼みてながらふべき。此海に沈まんとて。主従泣く泣く手を取り組み舟端に臨み。
ツレ「さるにてもあの海にこそ沈まうずらめ。
地下歌「沈むべき身の心にや。涙の兼ねて浮ぶらん。
上歌「西はと問へば月の入る。其方も見えず大方の。春の夜や霞むらん涙もともに曇るらん。乳母泣く泣く取り付きて。此時の物思君一人に限らず。思し召し止り給へと御衣の袖に取り付くを。振り切り海に入ると見て老人も同じ満汐の。底の水屑となりにけり。

後半はまず別れを惜しむ夫婦の語らいが、出陣を急く声によって中断される件。この直前、鼓が沈黙して、笛のみ前後と打って変わって静かに叙情的な一節を吹くのが大変印象的。

通盛も其随一たりしが。忍んで我が陣に帰り。小宰相の局に向ひ。
クセ「既に軍。明日にきはまりぬ。痛はしや御身は通盛ならで此うちに頼むべき人なし。我ともかくもなるならば。都に帰り忘れずは。亡き跡弔ひてたび給へ。名残をしみの御盃。通盛酌を取り。指す盃の宵の間も。転寝なりし睦言は。たとへば唐土の。項羽高祖の攻を受け。数行虞氏が。涙も是にはいかで増るべき。燈火暗うして。月の光にさし向ひ。語り慰む所に。
シテ「舎弟の能登の守。
地「早甲胃をよろひつゝ。通盛は何くにぞ。など遅なはり給ふぞと。呼ばはりし其声の。あら恥かしや能登の守。我が弟といひながら。他人より猶恥かしや。暇申してさらばとて。行くも行かれぬ一の谷の。所から須磨の山の。後髪ぞ引かるゝ。

夫婦の別れが、かくも美しく簡潔な言葉の連なりで表現されるとは。私は思わず三島由紀夫の「憂国」を思い出してしまったほど。因みにここに出てくる「たとへば唐土の」以下は和漢朗詠集の中の
 「燈暗うして數行虞氏(すかうぐし)が涙、
 夜深(ふ)けぬれば四面楚歌の聲」
を引用したもの。
ともあれその後、通盛は太刀を持って、近江国木村源吾重章と刺し違えて討死する。
私が二番目物(修羅物)の能を観るのは「朝長」「頼政」に次いで三回目ですが、必要最小限の所作と、多くは平家物語から引いたと思しい言葉の力によって、眼前に合戦の状況がありありと浮かぶ様には驚きを禁じえません。本当に類まれな演劇であると思います。

狂言は「棒縛」。
ある主人、用事で家を留守にするのだが、出掛ける度に甕の酒が減ることに腹立たしい思いをしている。主人は太郎冠者を呼ぶと、次郎冠者が酒を盗むので懲らしめるといい、次郎冠者をおだてて棒術を披露させるうちに両腕を棒縛りにする。次いで太郎冠者も気を許した隙に主人に後ろ手を縛られてしまう。主人が出かけると、両手を縛られた二人は助け合って知恵を絞って酒を盗み飲み、酔っぱらってしまう。そこに主人が戻ってきて・・・。
この一年ほど、いろんな狂言を観てきましたが、太郎冠者次郎冠者が登場するのは他になかったような気がします。狂言の典型だと思っていたのだが意外にそうでもないのか、あるいは典型的すぎて却って演目としては避けられるのか。いずれにしても理屈抜きで笑えるものです。今回は深刻な内容の能に挟まれて、この単純な哄笑が所を得ていたように思いますが、実は能を観始める以前に、機会があって渋谷のセルリアンタワー能楽堂で観た「棒縛」のほうがもっと腹の底から笑わせてもらったような気がします。今回の演者は達者だけれど、すこし硬さが感じられたように思いました。

仕舞は都合五番。ついこの間「白楽天」の仕舞を観たばかりなので比較するのも楽しい(どちらがどうとは分かりませんが)。「碇潜」からの仕舞は難度が高そうだが、気品の感じられる舞姿でとても気に入りました。

最後は「海士」(あま)。
淡海公(藤原不比等)の子、房前(ふさざき)大臣は、讃岐国志度浦で亡くなったという母の菩提を弔いに彼の地に下向してくる。そこに浦の海女(実は大臣の母の亡霊)が現れ、大臣に語りかける。遡ること十三年前、淡海公は、龍神に奪われた唐土伝来の宝の珠を求めて志度浦に来たが、地元の海女と契りを結んで一子を設ける。淡海公は海女に、龍宮の珠を取ってきたならばこの子を世継ぎにしようと持ちかけると、わが子の為ならば何の命が惜しかろうと彼女は海に潜る。果たして龍宮の珠を奪い返すと、自分の乳の下を切り裂いて珠を埋め込み、血の穢れを嫌う龍や鰐の追手を逃れるが、公に珠を渡してこと切れたという。我こそその時の海女の霊だと明かした女は、龍女の姿で再び我が子たる大臣の前に現れ、ありがたい経文を手渡して成仏するのだった。
お話はご覧のとおり大変無理のある、荒唐無稽といっても良いものですが、子方の演じる房前大臣と亡き母との交流の切なさ、珠を龍宮から奪う件の凄惨な描写など、見どころ多く人気のある出し物のようです。それにしても、乳の下をかき切るなどと言っても、実際の所作は左の胸のあたりに手を置くだけ、だったりするので、これは是非とも謡曲の詩句を学んでから観るべき演目という感じがします。テキストは二番目物のそれに比べるとやや難解。しかし経典の詩句がそのまま出てくるような箇所を除いて、少しでも事前にテキストを読んでおけば、台詞であれ地謡であれ概ね聞き取れるはず。きめ細やかに描かれた母の情、あるいは水底に広がる龍宮の情景など、所作と囃子と言葉の三つの要素が密接に結び合わされて初めて、荒唐無稽から人の胸を抉る真実の舞台へと昇華するものであると思います。

地「かくて龍宮にいたりて宮中を見れば其高さ。三十丈の玉塔に。かの珠を籠めおき香花を供へ守護神は。八龍並み居たり其外悪魚鰐の口。逃れ難しや我が命。さすが恩愛の故郷の方ぞ恋しき。あの波の彼方にぞ。我が子はあるらん父大臣もおはすらん。さるにても此侭に。別れはてなん悲しさよと涙ぐみて立ちしが又思ひ切りて手を合わせ。南無や志度寺の観音薩埵(さつた)の力を合はせてたび給へとて。大悲の利剣を額に当て龍宮の中に飛び入れば。左右へばつとぞ退いたりける其隙に。宝珠を盗みとつて。逃げんとすれば。守護神おつかくかねてたくみし事なれば。持ちたる剣を取り直し。乳(ち)の下をかき切り珠を押し籠め剣を捨てゝぞ伏したりける。

今回の上演は、つい先週「鞍馬天狗」で牛若を演じた子方、片山峻祐と信吾氏の親子共演ということでしたが、やはり他に得難い子方でしょうね。聞けば小学校5年生ということで、子方が務まるのもあとわずか。声変わりが終わった後は本格的な若手能役者として活躍されるに違いありません。
by nekomatalistener | 2015-12-17 00:07 | 観劇記録 | Comments(0)
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