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シュトックハウゼン 「光の月曜日」を聴く (その1)

美濃加茂市の巨乳ポスターには男の私でもドン引き。アレはアカンわ。というか、この前志摩でもおんなじような話があったのに学習能力無さ過ぎ。





昨年の東京での「歴年」、今年の「シュティムンク」公演など、これまでシュトックハウゼンの音楽をすこし齧ってみて、想像以上に面白く、まっとうな音楽という気がしています。もちろん、天才と持ち上げる人もいれば、その作品をクズ呼ばわりするのみならず、作曲家の人格を「誇大妄想狂」だの「山師」だのと決めつける人達がいることも確かだろう。どっちにしても、1977年から2003年までのほぼ四半世紀を費やして完成させたオペラ「リヒト(光)」を聴かずして、シュトックハウゼンの評価など出来るはずがないと思うのだが・・・。何はともあれ少しずつ音源を聴いていこう。数年掛かりの予定です(笑)。


 シュトックハウゼン オペラ「リヒト」より 月曜日 MONTAG aus LICHT

  エーファ(3Sp): アネット・メリーウェザー、ドンナ・サーレイ、ヤナ・ムラゾヴァ
  ルツィファー/ルツィポリープ(Bs): ニコラス・イシャーウッド

  バセット・ホルン: スザンヌ・スティーブンス、曽田留美、ネレ・ラングレア
  フルート/ピッコロ: カティンカ・パスフェーア
  ピアノ: ピエール・ローラン・エマール
  電子鍵盤楽器: ミヒャエル・オブスト、ジモン・シュトックハウゼン、ミヒャエル・スヴォボダ
  打楽器: アンドレアス・ベトガー
  合唱: ケルン西ドイツ放送局合唱団、ブダペスト放送局児童合唱団
  1986年8~11月、1988年1~5月録音
  CD:STOCKHAUSEN-VERLAG CD36A~E


とにかくこれだけの大作、7部からなる「リヒト」の第1作「月曜日」だけでもCD5枚組ということで、何かしら日本語で手軽に読めるガイドがほしいところだが、幸いなことに下記のサイトが大変理解の助けになります。

松平敬氏のブログより
http://matsudaira-takashi.jp/stockhausen/

シュトックハウゼン音楽情報より
http://www001.upp.so-net.ne.jp/kst-info/CDList01.html

後者はStockhausen-VerlagのCDの分厚いブックレットの翻訳だが、譜例が省略されています。やはりちゃんとCDを買ってくれ、ということだろうか?それはともかく、「月曜日」ではかろうじて物語らしきものがある。無理やり要約すると、「始原的な女性であるエーファは一度目の出産で7人の異形の子供を産み、二回目の出産で月曜日から日曜日までの7人の子供を産む。ルツィファーは激怒し、ハーメルンの笛吹が子供たちを攫っていく」というもの。ルツィファーとはルツィフェル、すなわち堕天使、悪魔のことだろうと思うが、彼が何に激怒しているのか、笛吹はなぜ子供達を攫い、攫われた子供達がどうなるのか、普通にテクストを読んでも分からないし、この先火曜日、水曜日と聴いて行ったら分かるというものでもなさそう。これは神話の創造であって、言葉の表層だけを捉えてもほとんど何の意味ももたらさない。一通りテクストを通覧した後にある種のパラディグマティックな分析によって見えてくるものがあるのかもしれない。

「月曜日」の全体は、
 ・月曜日の迎え
 ・第1幕 エーファの最初の出産
 ・第2幕 エーファの二度目の出産
 ・第3幕 エーファの魔法
 ・月曜日の別れ
から成り立っています。
「月曜日の迎え」(多重バセットホルン、電子鍵盤楽器とサウンド・プロジェクションのための)は、オペラが始まる前に、劇場に入って客席に着く聴衆たちを迎えるための30分ほどの音楽。バセットホルンによる和音が半音階的あるいは微分音的にゆるやかに下降し、上昇する。途中なんどか、波が寄せては返すような水音が聞こえる。生命を育む始原の海とエーファの羊水のイメージ。静かで瞑想的な音楽だが、安らぎを感じこそすれ不思議と退屈しない。
ところでwikipediaでバセットホルンについて調べてみると、モーツァルトが幾つかの作品を残した後は、R.シュトラウスまで殆ど目立った作品がないとのこと。クラリネットに駆逐されてしまったのだろうが、すこし鼻が詰まったような地味な音色は独特。それにしてもシュトックハウゼンのこの楽器への偏愛ぶりは特異といってよいのだろう。オペラの中では専らエーファを象徴しているようだ。
尚、「迎え」の編成にはシンセサイザーが含まれています。延々と引き伸ばされる音はおそらくバセットホルンからシンセに受け渡されているように思いますが耳で聴いているだけではバセットホルンとシンセの「繋ぎ目」はよく分かりません。

詳細を極める上掲「音楽情報」サイトの記述に附け加えることは実はあまりないのだけれど、こんな感じで、及ばずながら補足的な事柄や個人的な感想・備忘などを綴っていく予定。とにかくこういった作品は繰り返し繰り返し聴く以外に受容する術はありません。続きはいずれまたということで急がずに参ります。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2015-12-05 15:38 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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