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大阪国際フェスティバル2015より ロッシーニ 「ランスへの旅」

ほぼ満席のフェスティバルホールの客の、ざっと半分以上が大阪のオバハンであると推察。豹柄こそ見当たらねど、なんとなく着てるものに気合が入っている印象。「やっ、奥さんどないしはったん、ええの着てはるやん、どこでこおたん?」とか手当たり次第に茶々いれとなるわー。




 
楽しみにしていた「ランスへの旅」公演。終幕近く、もうすぐ終わってしまうのだと思っただけで泣けました。


 2015年4月18日@フェスティバルホール
 ロッシーニ 「ランスへの旅」
  コリンナ: 老田裕子
  メリベーア侯爵夫人: ターチャ・ジブラッゼ
  フォルヴィル伯爵夫人: イザベラ・ガウディ
  コルテーゼ夫人: 石橋栄実
  騎士ベルフィオーレ: 中川正崇
  リーベンスコフ伯爵: アントン・ロシツキー
  シドニー卿: クラウディオ・レヴァンティーノ
  ドン・プロフォンド: 伊藤貴之
  トロンボノク男爵: 三浦克次
  ドン・アルヴァーロ: 木村孝夫
  ドン・プルデンツィオ: 西村圭市
  「ランスへの旅」フェスティバル・シンガーズ
  指揮: アルベルト・ゼッダ
  演出: 松本重孝
  ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団


大阪国際フェスティバル2015の目玉であった本公演、内外の若手歌手を選りすぐって素晴らしい舞台であったと思います。が、今回のMVPはなんといっても指揮者のアルベルト・ゼッダ。もう80の半ばを過ぎておられると思うのだがなんという溌剌とした音楽だろう。随分長い時間をリハーサルに掛けたそうですが、私がロッシーニの演奏に望むものすべて、輝かしいオーケストラの響き、こころが湧き立つようなリズムの饗宴、強い日差しや抜けるような青空を思わせる声と、そのために却って濃く感じられる影の気配、そんな事々がすべて信じられないぐらいの実在感でもって実現されていました。正直なところ、歌手のレベルに若干のバラツキがあったことは否めませんが、それでも私がこれまでに聴いたロッシーニ演奏としては最上のものであったと思います。

主役級だけで10人前後も出てくるこのオペラで、個別に誰がどうだったか、悲しいかな終わったそばから忘れていく部分もあって全部は書ききれませんが、とくに印象に残った歌手を何人か書き留めておきます。なんといっても一番おいしい役をさらってカーテンコールでも一番大きな拍手をもらっていたのはコリンナを歌った老田裕子でしょう。この人、昨年の「カーリュー・リヴァー」公演で少年の声を歌って好印象を持っていましたが、ややスピントな芯のある、意思の強さを感じさせる声質で、華やかなコロラトゥーラも自在感があって素晴らしいと思いました。メリベーア侯爵夫人を歌ったターチャ・ジブラッゼの、深みのあるメゾにも夢中にさせられます。今回の女性の出演者の中ではもっともロッシーニの様式に寄り添った歌唱だったかもしれません。リーベンスコフ伯爵のアントン・ロシツキーは、かなり粗っぽくて、お花畑をブルドーザーで走り回るようなところもあるが、その声の輝かしさの魅力は否定しがたいものがありました。ヴァリアンテもハイCだかハイDだか、ちょっとやりすぎな感じもあったが、それでもその白熱した歌唱には(多少苦笑いしながらも)大きな拍手を送らざるを得ません。シドニー卿をうたったクラウディオ・レヴァンティーノは、真面目で地味な歌い方が役柄によく合っていて、好感を持ちました。日本人の男性陣ではドン・プロフォンドの伊藤貴之が達者なブッフォぶりを発揮して見事。彼のアリアはアバドの旧盤ではライモンディが怪演していた役ですが、ロッシーニのバスアリアとしても特に優れたアリアだと思います。これぐらいにしておきますが、宿の使用人たちの合唱も含めて、総体としてはなかなかの高レベルであったと思います。特に前半の6重唱や14声のコンチェルタートなど茫然とするくらいの完成度。ただ、今回の公演に限って言えば、私のうけた大きな感銘は歌手よりはむしろオーケストラから受けたものという気がします。ちなみにレチタティーヴォ・セッコはピアノフォルテで古雅な響きがとても美しい。そこそこ饒舌なのに上品なのもよい。シドニー卿のアリアのフルートのオブリガードや、コリンナの伴奏のハープも実にきれいでした。備忘として記しておきます。

演出は実にオーソドックスなもので、よくも悪くも引っかかるものが全くなく過ぎていきました。まぁお話自体が歌合戦のためにとってつけたみたいな他愛のないもの、と考えれば、演出であれこれ頑張る必要もないわけですが、最後の歌合戦とコリンナの歌によるヨーロッパ各国の友愛と和合の場面に至って、舞台には歌合戦には登場しなかったギリシャの旗が翻るのを目にして、当然のように現代のEUにおける理念と現実、EUをとりまくイスラム国の問題、イスラエルとパレスチナ、ロシアとウクライナのことなどが一瞬頭をよぎります。この究極の余興というべきオペラに無粋すぎる連想であることは百も承知ですが、舞台上の夢のような世界がもうすぐ終わってしまうというもの惜しさと、こんな世界は現実のどこにも存在しないのだという苦い認識とが綯い交ぜになって、感動とも悲しみともつかない複雑な心境になったのは事実。演出(というか小道具)にしてやられた感じはしました。

さて、この「ランスへの旅」にまつわる私の視聴体験だが、クラウディオ・アバドによる新旧録音はもちろんどちらも素晴らしいと思いますが、個人的には2008年1月31日に東京文化会館で聴いたゲルギエフ率いるマリインスキー劇場の引越し公演が今でも鮮やかに思い出されます。ゲルギエフの狙いはマリインスキー劇場の座付き歌手に近い、無名の秘蔵っ子たちのお披露目だったような気がしますが、このときの演出は幕開けからして、劇場内の客席のあちこちから登場人物たちが飛び出して来たり、舞台上にバロック時代のような鬘をつけた楽団員が並んでいたり、と工夫満載。ゲルギエフはタキシードにボルサリーノと真っ白なマフラーをつけてピットではなく舞台上で指揮をし、歌手たちは現代のファッションショーのようなポップな衣装で、時に本物の馬にまたがって颯爽と現れるなど、ありとあらゆるスペクタクルな趣向が凝らされ、その分お話の空疎さがめだったものの、実に楽しい舞台でした。ゲルギエフのロッシーニは、無類の面白さながらなんとなくオーセンティックなロッシーニとは違うんじゃないのか、という落ち着かなさもあったけれど、若手歌手らのまとまりの良さと才気煥発な演出で、それはそれで大満足な一夜でした。その時の演奏と今回の公演を比べようとするつもりはありません。どちらも本当に素晴らしい舞台でしたし、日本にいながらにして二度もこのオペラの舞台を見ることができたことを本当に幸せに思っています。

追記その1
ゲルギエフの時は多少の繰り返しのカットなども入れつつ、長大な一幕仕立てだったように記憶していますが、今回は14声のコンチェルタートで一旦休憩を入れ(ここまでカットなしでちょうど2時間)、歌合戦を中心とする後半(約45分)が続くというスタイル。トイレのこととか考えると妥当な感じですね。
追記その2
今回の公演で新しく建て替えられたフェスティバルホールを初めて体験しました。私の席は一階最後列で、二階席が視界の上方を塞ぐように迫り出していて、ちょっと嫌な予感がしましたが、音楽がはじまると実に美しく、尖りもせずぼやけてもいない、ほどよくブレンドされた音が聞こえて安心しました。まずは良いホールに生まれ変わったことを喜びたいと思います。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2015-04-22 00:31 | 演奏会レビュー
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