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ゴリホフ 「アイナダマール」 日生劇場公演

「金曜ロードSHOW」の「シャーロックホームズ」でセンスのないテロップ貼りまくりが非難ごうごうみたいだけど、テレビの吹替えカットだらけ映画とか、あんなもん今時DQNしか見ないんだから別にどうでもいいんでねーの?




ゴリホフの「アイナダマール」日本初演を観てきました。

  2014年11月15日@日生劇場
  第1部 プロローグ
   長谷川初範、柴山秀明、三枝宏次

  第2部 オペラ「アイナダマール」
   マルガリータ・シルグ: 横山恵子
   ヌリア: 見角悠代
   ロルカ: 清水華澄
   ルイス・アロンソ: 石塚隆充
   ホセ・トリバルディ: 加藤宏隆
   闘牛士: 柴山秀明
   教師: 狩野賢一
   合唱: C.ヴィレッジシンガーズ
   管弦楽: 読売日本交響楽団
   指揮: 広上淳一
   演出: 粟國淳


まずは歌手について。私のお目当ての清水華澄が歌うガルシア・ロルカが期待通りの出来。ただし、期待を大きく上回る、というところまではいかない。女性が男役を歌うということで、やり様によっては妖しくも凛々しくも、といった役どころでしょうが、清水華澄のロルカは見栄えも含めてなんとなくユニセックスというか、男性も女性も感じさせない声。いつもの彼女なら役柄にとことん没入していくのでしょうが、ロルカという人物はちょっと難物だったのでしょうか。印象批評みたいで気が引けるけれど、役の核心に手が届きそうで届かないもどかしさのようなものを感じました。
マルガリータ・シルグ役の横山恵子は、今年の2月の「ドン・カルロ」のエリザベッタが記憶に新しいところ。力のあるドラマティコだと思いますが、今回は時に日本のドラマティコによくありがちなビブラートの大きな歌い方をしたりで、死期の近い往年の大女優という役を見事に表現していたと思います。ヌリアを歌った見角悠代も、リリカルな表現で女優の卵という役どころにはぴったりでした。ルイス・アロンソはクラシック歌手ではなくフラメンコのカンタオールが歌うのですが、石塚隆充のカンテ・ホンドは若々しく輝きのある声で素晴らしかったと思います。まさに白昼の悲劇を彷彿とさせる声。その他、女声合唱、脇役らは過不足なし。

先日の投稿で紹介したドーン・アップショウらの録音はぎりぎりCD1枚に収まるほどの演奏時間でしたが、今回のは90分弱というところか。そのため、ロルカの「マリアナの像に寄せるアリア」などの情緒纏綿たる歌わせ方などは大変良かったと思います。しかし、全体的にはだれたり、胃にもたれる部分もあって、長いな、と思ってしまったのが少し残念でした。これは広上淳一の指揮の所為というよりは、ゴリホフの音楽自体の持つ問題かも知れません。今回の意欲的な取り組みに対して本当に書きにくいことなのだが、正直なところ90分聴き続けるには音楽の力が弱いと思いました。幕切れ近くの三重唱など美しい音楽もふんだんにあり、聴衆にとって判りやすい音楽を追及したというのも結構だが、何度聞いても汲み尽くせない音楽というのはそれだけでは成り立たないのだと思わざるを得ない。血と硝煙の臭いに満ちたスペインの歴史、ロルカの悲劇、それらをこの現代にオペラという形式で表現するにあたって、ビジネスとしての成功はともかく、本当にこんなスタイルで良かったのか、という疑問を持ちました。

演出については、例えば衣装ひとつとってもさまざまな含意があるように思われ、とてもじゃないが細部の意図するところまでは理解できたとは思いません。ロルカがハバナ行を断る場面では、半裸の男性ダンサー達が扇情的な振り付けで腰をくねらせ、ロルカが彼らを拒むことで、ロルカにとってハバナが快楽の地であったこと、にもかかわらず彼が祖国の解放に参加することを選んだことが強調されます。それによって後の場面でルイス・アロンソがロルカを「おかま野郎」とか「ロシアの情夫」と罵る意味合いがよく分る。ただ、やはりロルカの行動というのは、「ぼくは爆発の合間で歌いたい」の歌でも示されている通り、その時代の空気のようなものに熱狂的に流された結果という感じもして(1968年のパリの学生も似たようなものかも知れないが)、すくなくとも共産主義思想への共鳴があったのかどうかは大いに疑問であるのは、前日の投稿にも書いた通り。もう少し演出の細部について見通しがきけば良いのだが、残念ながら私の手にはあまります。

オペラに先だって、ロルカの生涯を30分ほどの寸劇に仕立てたものが上演されました。まったく白紙の状態で見に来た聴衆にはそれも良かったのでしょうが、多少はそういった背景を齧ってきた者にとってはやや中途半端な内容。それより、先程も演出のところで書いた通り、例えば嘆きの女たちの衣装、カトリックの典礼を思わせるあのごてごてした衣装は一体なんなのか、とか、ロルカと一緒に逮捕された闘牛士や学校の先生は何の罪に問われたのか、また劇中で男たちが翻す旗の意味すること、あるいは旧弊なカトリック世界における当時のゲイの実態とか、舞台で起こることを全部説明するというのは良くないとしても、思わせぶりな演出はそれはそれとして、もう少しレクチャーしてほしいことがあるように思いました。
(この項終わり)
by nekomatalistener | 2014-11-17 22:38 | 演奏会レビュー | Comments(2)
Commented by schumania at 2014-11-18 20:24 x
レポ、待ってました。
あまり褒めてはおられませんが、それでも観に(聴きに)いきたかったです。
飯田さんの方の公演はどうだったのでしょうね。
Commented by nekomatalistener at 2014-11-18 21:48
このような、ある種の折衷的な作風に対してどうも私は評価が辛くなるようです。他のブログを見てると概ね好評といっていいんじゃないでしょうか。ただ、個々の歌手の評価などはあまり見かけませんね。飯田さんがどうだったのか、私も個人的に興味がありますが、この世界では有名な東条さんのブログでもPAに対する不満が書かれているのみで、よく判りません。もしどなたかの感想などお聞きでしたら教えてください。
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