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ヒンデミット 「聖女スザンナ」他 (その2)

いふまいとおもへどけふのあつさかな
昔の人は上手いこと言うなぁと思うが、これよりもっと昔々、和泉式部にこんなんあった。
よのなかは春と秋とになりはてゝ夏と冬とのなからましかば
日本人って夏と冬が来るたび、少なくとも千年以上おんなじこと言ってる。





「聖女スザンナ」の続きです。
前回、このわずか25分足らずのオペラの構造を下記のように見立てました。

  前奏曲(変奏曲主題の提示) 1~44小節(44小節)
  レチタティーヴォ 45~105小節(61小節)
  変奏曲
   主題の再提示 106~157小節(52小節)
   第1変奏 158~210小節(53小節)
   第2変奏 211~272小節(62小節)
   第3変奏 273~322小節(50小節)
   第4変奏 323~384小節(62小節)
   第5変奏 385~445小節(61小節)
   第6変奏 446~494小節(49小節)
   カデンツァと変奏曲の結尾 495~521小節(27小節)
  コーダ(尼僧の合唱) 522~603小節(83小節)

これをもう少し詳細に見ていきます。
前奏曲(譜例1)は、第1~22小節と第23~44小節の二節に分かれています。ゆっくりと和声がうつろう弦に乗せてフルートがゆるやかな息の長い旋律を歌い、第2節はほとんど繰り返しにも見えるが音高・旋律・リズムすべて微妙に異なる。つまり22小節ずつA-A'という構造になっており、以下の変奏も概ねこの構造を踏まえています。樹々の花の匂い、夜啼き鶯の声、ゆらめく蠟燭の炎、ト書きに書かれている全てがこのひそやかな前奏に描きつくされています。
(譜例1)
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幕が開くとすぐにスザンナとクレメンツィアの対話が始まります。このレチタティーヴォの開始は管弦楽がほとんど沈黙し、オルガンの高いGisの音だけが耳鳴りのように小さく延々と続きます。CDの解説にはwolf toneと書かれています。一種の倍音ですね。夜のしじまの表現として卓抜な着想だと思います。後半は3本のフルートのクロマティックな上昇とチェレスタのフィギュールがまるで官能の疼きが足元から這い上がってくるような感覚を呼び覚まします(譜例2)
(譜例2)
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スザンナのAve Mariaからいよいよ変奏曲がはじまります。主題の再提示と変奏の各々最後になにかしら叫びや大きな感情の爆発が置かれ、A-A’-Bの繰り返しで全体が構成されていますが、後半は主題の変形と解体、Bの部分の拡大が進むため、各変奏の境界は次第に曖昧になっていきます。よって先の見立ての第5変奏以降あたりからは試案と別の切り分け方があるかも知れません。主題再提示の後のBは作男の登場とスザンナの「悪魔!」の叫びで、極端に不協和な管弦楽の咆哮が現れます(譜例3)。
(譜例3)
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第1変奏(譜例4)では主題は概ね提示部通り始まりますが、後半オーケストラがより色彩的に展開されBになだれ込んでいきます。Bの部分はクレメンツィアの叫び。
(譜例4)
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第2変奏はそれまで三連譜をモチーフにしていた主題に附点付きのリズムが現れます(譜例5)。音楽も大きく動きはじめ、Bの部分ではクレメンツィアの「ベアータ!」という叫びが置かれています。
(譜例5)
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第3変奏(譜例6)は激情が一旦収まるがすぐに音楽が切迫の度合いを増していきます。昔の恐ろしい話が語られ、Bの部分で再度「ベアータ!」の叫びが現れます。
(譜例6)
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第4変奏(譜例7)から主題は大きく解体され、三連符のモチーフだけが執拗に繰り返されます。Bはクレメンツィアの語りからクラリネットのカデンツァ風パッセージ。
(譜例7)
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第5変奏(譜例8)は弦のアクロバティックなパッセージに続いて附点付きの主題。音楽はいよいよ無調の度合いを強めていきます。Bは突然衣服を脱ぎ捨てたスザンナの「わたしは美しい!」の叫びと管弦楽の雄叫び。
(譜例8)
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息つく暇もなく怒濤の第6変奏(譜例9)。主題はばらばらに分解され、Bの部分はハ長調のフォルティシシモ。全曲の頂点に最遠隔調のハ長調をもってくるのはバルトークの「青髭公の城」(1918年)と同様のアイデア。ヒンデミットはこれを聴く機会があったのだろうか?
(譜例9)
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真夜中を告げる鐘の響きとクラリネットのカデンツァ(譜例10)を変奏曲の結尾、陰鬱な尼僧たちの行進(譜例11)からをコーダと見ました。この後、主題とスザンナの拒否、尼僧たちの「悪魔!」の叫び。叩きつけるような変ホ短調の強奏のうちに幕が降ります。
(譜例10)
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(譜例11)
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このような分析でこの音楽の面白さが伝えられるとは思いませんが、祈りと叫びの両極の間を振れる物語に応答して音楽も静寂と狂騒の両極を行きつ戻りつします。オーケストラが爆発するところでは「カルディアック」でも見られた過剰な音の洪水、強迫的性格が見られますが、A-A’-Bの基本形を繰り返すことで自ずと節度ある暴発という趣を見せ、全体としては神秘的抒情的宗教劇の枠組みにかろうじて収まっていると思われます。後に、よりドライで知的な作風にシフトしたヒンデミットはこれら若書きの表現主義的な作品群を封印してしまったらしく、いまだ知名度もなく音源も少ないようですが、ストレートに聴いて面白いのはむしろこの初期の作品群のような気がします。
次回は「ヌシュ=ヌシ」他の併録作品を簡単にコメントする予定です。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2014-08-02 00:15 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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