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今更ながらドヴォルザーク(その3)

某交響楽団(お察し下さい)のアザラシ、じゃなくてファゴットのおじさん、もふもふ10秒500円くらいだったら行列できそう。堂山とかで。




1892年、渡米の半年ほど前に初演された「三部作」の中では、「謝肉祭」Op.92が圧倒的に有名だし面白い。スラブ舞曲をブラッシュアップしたような曲想、やはりこういった音楽がドヴォルザークの原点なのだろう。アンコールピースに毛が生えたような曲だが、展開部の前に置かれたアンダンティーノの旋律がとても美しい。勢いで書いたかに見えて、実は形式的には非常に興味深い試みがなされています。

 提示部
   第1主題Allegro イ長調(1~101小節)
   エピソードⅠ Poco tranquillo ホ短調(102~156小節)
   第2主題(TempoⅠ) ホ長調(157~217小節)
   エピソードⅡ Andantino con moto ト長調(218~261小節)
 展開部
   TempoⅠ Allegro(262~385小節)
 再現部
   第1主題Allegro イ長調(386~478小節)
 コーダ(Tempo Ⅰ)イ長調(479~522小節)

曲想からいって本来ソナタ形式よりももっと単純な三部形式やロンド形式が相応しいと思われますが、ドヴォルザークは敢えてここで自由度の高い変則的なソナタ形式を採用しています。しかしこれには仕掛けがあって、展開部の前に置かれたエピソードⅡが前後とテンポや雰囲気が著しくことなり、しかもOp.91の「自然の中で」の旋律がクラリネットとコールアングレで回想されること、また再現部が短縮されているせいで、このエピソードⅡがあたかも三部形式の中間部を思わせるように書かれています。また、二つの主題と展開部はほぼアレグロで書かれているのに対し、ややテンポの遅い二つのエピソードが挿まれるために一種のロンド形式とも見え、耳で聴いた感じとしてはソナタ形式であるにもかかわらず、より「敷居の低い」音楽に聞こえるのが非常に面白いところだと思います。前回触れた「フス教徒」もそうでしたが、意外と形式上のちょっとした逸脱や工夫が多い作曲家だと思います。

「オセロー」Op.93もなかなかの佳作。形式的には平凡だが、旋法風の序奏が魅力的。

 序奏 Lento 嬰ヘ短調(1~48小節)
 提示部
   第1主題Allegro con brio 嬰ヘ短調(49~144小節)
   第2主題 二短調(145小節~244小節)
 展開部(245~445小節)
 再現部
   第1主題 嬰へ短調(446~507小節)
   第2主題Quasi TempoⅠma molto tranquillo 嬰ヘ短調(508~551小節)
 コーダ(552~660小節)

序奏は弦楽の旋法風のコラールから始まる。それはあたかも嬰ハ長調で始まり、一旦嬰へ長調に終止するかのように聞こえ、嬰ヘ短調の提示部第1主題の動機を導きます。やがてOp91の自然の主題を引用、緊張感の高まるうちに提示部へと続きます。第1主題は嬰ヘ短調の序奏とほぼ同じ旋律で始まりますが、94小節からそれが少しモディファイされたものが昂然と現われる部分が特に魅力的。展開部やコーダでの素材の執拗な展開がすばらしく、高度な作曲技法を感じさせます。コーダに入って序奏の回想につづいて展開部冒頭に現れたワーグナー風の半音階下降音形が現れるところも美しい。

順番は前後しますが三部作の第1曲目「自然のなかで」Op.91はちょっと私の苦手な部類。その分世間のドヴォルザークのイメージ(土臭い、素朴など)にはぴったり当てはまるように思います。これもソナタ形式で書かれています。

 提示部
   第1主題Allegro,ma non troppo へ長調(1~101小節)
   第2主題 イ長調(102~159小節)
 展開部(160~243小節)
 再現部
   第1主題 へ長調(244~308小節)
   第2主題 ヘ長調(309~394小節)
 コーダ(395~433小節)

この作品はドヴォルザークにとっての「田園」なのだろう(調性もベートーヴェンに倣ってへ長調)が、主題がいかにも紋切り型で魅力に乏しいと思います。しかも第1主題・第2主題とも、「主題群」と呼びたくなるほど、次から次へ新たな旋律が繰り出されていくために、提示部・再現部は冗長な、緩い音楽に感じられます。こういった音楽に「自然の中で」という標題、その発想はちょっとナイーヴに過ぎるような気がします。曲想の陳腐さをカバーするためだろうか、第二主題をへ長調の長3度上のイ長調にするなどの(恐らくはかなり意識的な)工夫もみられます。また提示部で現れた数々の主題のモチーフは展開部で扱われることでいわばきっちりと回収されており、熟達した筆致であるのは判ります。しかし、前回の投稿で書いたように、1883年の「フス教徒」から三部作が初演されるまでの10年間にドヴォルザークの作風がより平明な、より大衆受けするようなものに変化したのだとすれば、この序曲の曲想の平明さと表裏一体の陳腐さも納得がいくというもの。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2014-04-27 16:26 | CD・DVD試聴記
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