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日記みたいなもの~その8

「秀吉の毛利攻め」というのがやっぱり「毛剃攻め」に空目してしまう。





ブラームス「51の練習曲」シリーズ、前回No.1a&1bを取り上げてから随分日が経ちました。次のNo.1cと1d(Durand版ではNo.12c/d)、これが難しいのなんのって。
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原典には指使いが書かれてませんので全音版の底本と思われる1928年Durand&Cie社版のほうを掲げておきますが、各小節の最初の4音、左右とも5-4-3-2の指(No.1dのほうは1-2-3-4)でアルペジオを弾くところが非常に困難。日本人の手の大きさでここをレガートで弾くのはまず不可能。最初はゆっくりスタッカートで、慣れてきたらすこしテンポを上げてノン・スタッカートで弾いてみます。なかなかテンポを上げることが出来ませんが、かと言ってあんまりゆっくりだと2拍目3拍目の左右のリズムが異なるスケールがばらばらになって、これまた演奏至難。
なんとなくNo.1cであれば後半よりも前半、No.1dなら逆に前半より後半のようが若干弾き易いように思われるのは、左手の5連符の有無によるものでしょう。左手5連符を右手4連符に合わせるというのは人間の生理にどこか反するのかも知れません。これ、逆の人がいたら面白いですね。右脳/左脳とか男脳/女脳みたいな違いで個人差があるように思います。
No.1a&1b同様、左右の親指で黒鍵を弾くことで、黒鍵の間を指が縫うように打鍵していく独特の指捌きが必要になってきます。これをじっくりと練習すればおのずと指の独立性と自在性を習得できる(はず)。
by nekomatalistener | 2014-03-29 22:50 | その他 | Comments(0)
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