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イーヴ・ナット Yves Nat Ses Enregistrements 1930-1956(その13)

技術屋の部下のレポートで、「性能稼働率」を「性能感動率」とミスタイプしているのをなぜか「性感能動率」と空目。しかも「あはは、せいかんのうどうりつやて、マッサージかいな」などと(会議中なのに)口走ってしまう。





今回もベートーヴェン。残りわずかです。

   CD5
   ベートーヴェン
   ピアノ・ソナタ第16番ト長調Op.31-1 [1955.11.17.録音]
   ピアノ・ソナタ第17番二短調Op.31-2「テンペスト」 [1954.9.21以前の録音]
   ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調Op.31-3 [1955年10月以前の録音]
   ピアノ・ソナタ第19番ト短調Op.49-1 [1954.9.21以前の録音]

作品31としてまとめられた3つのソナタに共通するのは、その遊戯性とでも言いたくなるような軽みと、イタリア・オペラの影響と思しい諸要素ではないかと密かに考えています。もしかするとこの3つのソナタは、ベートーヴェンなりにイタリアの音楽、それもクレメンティのソナタではなく、古典派イタリア・オペラとの対峙と受容の結果ではなかったか。もっとも同時代のオペラ、例えばケルビーニとかスポンティーニ、あるいは少し先輩格のサリエリのそれを私は殆ど知りませんので、あくまでも仮説ではありますが。ベートーヴェンの作風としては若干異質なこの作品群、しかし後期の偉大な作品に至る巨人の歩みの中で、決して無駄な回り道ではなかったと思います。
以下、その遊戯性とイタリア・オペラの受容という要素を少し詳しく見てみよう。

第16番の第1楽章はベートーヴェンの遊戯性が前面に現われた作品です。ト長調ですが第2主題は通常の二長調ではなくロ短調のブリッジを経てロ長調となっています。これは後の21番ハ長調の第2主題がホ長調となるのと同じ関係。展開部は動機労作というよりはピアニスティックな遊びの要素が大きい。再現部の第2主題はホ長調で始まりト長調に終止します。第2楽章はアリアのような旋律美が支配しています。流麗かつ装飾的で、ピアノによるコロラトゥーラみたい。ニ度現われるカデンツァはソプラノ歌手の歌う派手なブラヴーラを模しているのでしょう。第3楽章は穏やかなロンドですが、アダージョとアレグレットが何度か交替してプレストになだれ込むコーダはこれまた愉悦に満ちた遊びの世界。

第17番の有名なラルゴとアレグロの交替する冒頭、聴きようによっては劇的なレチタティーヴォの弦楽によるアコンパニャート(伴奏)のようにも聞こえます。「テンペスト」というタイトルにまつわる逸話は後世の創作と言われているけれど、確かにオペラの中の嵐の場を彷彿とさせます。何より展開部の終りに現われる次の箇所(譜例1)はレチタティーヴォそのもの。オペラを知らずしてテンペストを弾くのは、もしかしたら大変笑止なことかも知れない。
(譜例1)
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第2楽章は深い思索を思わせる素晴らしい楽章。だが、何気ない旋律線の装飾が紛れもなく前後の2作と共通の世界を有することを物語る。因みにこの楽章、ブラームスの第3ピアノ・ソナタのインテルメッツォ(譜例2)の発想の源となっていよう。
(譜例2)
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そういえば同じくブラームスの第2ソナタの冒頭は「テンペスト」の第1楽章みたいだ(譜例3)。第1ソナタがベートーヴェンの29番へのオマージュであることは一目瞭然だけれど他にもいろいろありそうだということ。
(譜例3)
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第3楽章は特に広く知られていると思いますが、これも私には音のメカニックな動きへの興味が先立つ遊戯的な楽章に思えます。従って殊更悲劇的に弾くのは相応しくないような気がします。

第18番も実に遊戯的な晴れやかな音楽。第1楽章の第2主題に附けられた派手な修飾はまるでブラヴーラ・アリアのようです。第2楽章はスケルツォと題されていますが2/4拍子の破格の音楽。これも湧きたつような楽しさに溢れています。スケルツォにしては珍しくソナタ形式で書かれています。第3楽章は穏やかなメヌエット。型通りの音楽だが主部とトリオの対比はやや薄い(調性は主部もトリオも同じ変ホ長調)。フィナーレは狂騒的なタランテラ。シューベルトの19番ソナタに与えた影響は顕著。シューベルトといえば初期の交響曲にもこんなのがあった(第3番D.200のフィナーレ)。弦楽四重奏曲第15番D.887のフィナーレも然り。

第19番、出版時期の関係で19番の番号がついているが実は第20番と同じく初期のソナチネ。子供の為の教材のように思われて軽くあしらわれるけれど、第1楽章のロココ風の悲しみとギャラントな味わいは格別。ソナタ形式によるアンダンテとアレグロのロンドの二つの楽章で見事に完結しています。ベートーヴェンの2楽章ソナタは最後の第32番に至るまでまったく過不足を感じさせないのがさすが。

今回はナットの演奏について各曲ごとの論評は書きませんが、いずれのソナタも模範的な演奏だと思いました。50年代のナットはテクニックの衰えを力技で押し切るきらいが少しありますが、これらの軽みをおびた曲目では良い具合に力が抜けているように思います。「テンペスト」はともかく、ベートーヴェンのソナタの中でも不当に陽の目をみないこれらの作品の面白さを堪能しました。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2013-09-14 01:07 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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