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イーヴ・ナット Yves Nat Ses Enregistrements 1930-1956(その11)

下肢の故障で手術した同僚が久々に出社。松葉杖でヒョコタンヒョコタン歩いているのを見ていると、後ろからそーっと近づいて膝カックンしたくなる。もう衝動を抑えるのに必死。




ナットのシリーズ、どんどんいきますよ。今回はベートーヴェン4曲。

   CD4
   ピアノ・ソナタ第12番変イ長調Op.26 [1955.9.20.以前の録音]
   ピアノ・ソナタ第13番変ホ長調Op.27-1 [1955.9.20以前の録音]
   ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調Op.27-2「月光」 [1955.6.24.録音]
   ピアノ・ソナタ第15番ニ長調Op.28「田園」 [1955.9.20.以前の録音]


ベートーヴェンのいわゆる中期と呼ばれる時期を何時からと見るかはいろんな説があると思いますが、12番ソナタを聴いていると明らかにそれまでのソナタ群とは作風が変化していることに気付きます。次のOp.27の2曲と併せて、初期から中期への橋渡し的な存在と見るのが妥当だろうと思います。このソナタの最大の特色は変奏曲→スケルツォ→葬送行進曲→無窮動風ロンド、というようにソナタ形式に拠る楽章がないことですが、そのこと自体はモーツァルトの有名なトルコ行進曲附きのソナタもそうでしたから、ベートーヴェンの発案という訳には行きません。しかし、各々の楽章のコントラストの強さや、全編に漲る自由闊達さにはモーツァルトやハイドンのような先人達の作品とは全く異なる音楽を感じます。この作風の変化の内実を具体的に、クレメンティのような同時代人との相互影響の分析を踏まえて研究してみたいという誘惑に駆られます(クレメンティのソナタは100曲ほどあるようなので真面目にやろうとすると大変ですが)。
ところで第3楽章の葬送行進曲は変イ短調という大変珍しい調性で書かれていますが、ベートーヴェン以前にこの調性で作品を書いた人はいるのだろうか?有名なところではアルベニスの「イベリア」の第1曲「エボカシオン」とか、リストの「ラ・カンパネラ」の初稿(S140の方。現行の改定版は嬰ト短調)が思いつくところですがいずれもベートーヴェン以降の作品。ご存じの方がおられましたらご教示ください。
ナットの演奏は大変優れていますが、第3楽章の行進曲の再現部をffで開始しているのは疑問(ラフマニノフ盤のショパンの葬送行進曲じゃあるまいし)。同じ楽章の中間部も叩き過ぎて音が汚く割れているのが、ナットらしいとも言えるけれど評価は分かれるでしょう。

第13番ソナタは、次の第14番と共に「幻想曲風ソナタ」と題されています。「幻想曲」の定義にも拠りますが、ロマン派的な「幻想曲」をイメージすると第14番にこそ相応しい表題となりますが、「ソナタ形式に拠らない自由な形式による作品」と捉えると先の12番と同じく、このソナタ形式楽章を持たない13番の方がより表題に合致した曲、と言えます。地味な作品ながら、第2楽章Allegro molto e vivaceはそれまでの古典的なスケルツォと一線を画す近代的感覚に満ちた音楽となっており、ベートーヴェン自身の初期から中期への橋渡しと同時に、古典派からロマン派への移行をも示しているように思われます。
ナットは最初の3つの楽章は優れていますが、技巧的にやや難度の高い終楽章は粗さが目立ちます。それでもこの時代のピアニストにしては様式感が非常に的確なところが素晴らしいと思いました。ただこの録音、attaccaの指示があるにも関わらず、第2楽章と第3楽章の間で背後のヒスノイズも含めて完全に音が途切れてしまいます。4つの楽章が全てattaccaで連続して奏されることが作曲者の新機軸なはずですからこれはいただけません。原盤のLPがどうなっているのか判りませんが、この録音の編集者は楽譜も読めないのか、とちょっと文句を言いたくなります。

第14番、言わずと知れた月光。「熱情」や「悲愴」については若干食傷気味と書いた私ですが、14番については何度聴いても良い曲だと思います。まぁこういうのを名曲と称するのでしょう。先の13番と並んで「幻想曲風ソナタ」と題されていますが、緩徐楽章で始まるのはベートーヴェンの発明ではないし、終楽章は堂々たるソナタ形式。これに敢えて幻想曲風と名づけたのはやはり第1楽章のロマンティックな楽想に起因するのでしょうから、まさにロマン派の源流を見る思いがします。
ナットの演奏は平凡と言えば平凡、終楽章のテクニックの粗さも最初は耳に障りますが、聴きこむほどに骨格のはっきりした良い演奏だということに気付きます。早めの第1楽章の右手に旋律が出てくるときのちょっとしたルバートも知的で良い。彼のシューマンに対して「構築的」という表現をしましたが、それがどこから来るものなのかも何となく理解できます。

第15番ソナタの通称「田園」は後世の人の附けたものですが、私はあまり使いたいとは思いません。ソナタ形式のアレグロ→三部形式のアンダンテ→スケルツォ→ロンドという構成は先立つ3つのソナタと比べると自由さという点で一歩後退しているかに見えますが、なんといっても目を惹くのは近代的メランコリーの感じられるアンダンテ。何を以てロマン派の嚆矢とするかは諸説あるでしょうが、私には先の「幻想曲風ソナタ」と並んでこのアンダンテこそそれではないかと密かに思っています。通称通りどこか緩い感じのするソナタですが、この楽章のおかげで意外と重要な作品になり得ていると思います。
ナットは持ち前の剛直さはやや抑えていますが、基本的にいつもながらのスタイル。この緩いソナタには実に好ましい効果をもたらしています。技巧的にはやや平易といったところですので粗も目立たず、良い演奏だと思います。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2013-08-12 00:00 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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