職場で一番のデブの男の子、独身の頃はバーミアンで4,800円分食ったらしい(飲み物除く)。
一年近くを費やしてしまったこのシリーズ、ついに最終回。なんだか終わっちゃうのが惜しいくらい(笑)。自分がどれほどストラヴィンスキーの音楽に惚れ込んでいるか、改めて思い知りました。 CD22 ①交響詩「夜うぐいすの歌」(1917/1919初演) [1967.1.23.録音] ②ダンス・コンチェルタント(1941~42/1942初演) [1967.1.20.録音] ③フュルステンベルク公マックス・エゴンの墓碑銘(1959/1959初演) [1964.12.14.録音] ④ラウール・デュフィ追悼の二重カノン(1959/1960初演) [1961.1.25.録音] ⑤宗教的バラード「アブラハムとイサク」(1962~63/1964初演) [1967.1.24.&1969.7.11.録音] ⑥管弦楽のための変奏曲(オルダス・ハクスリー追悼)(1963~64/1965初演) [1966.10.11.録音] ⑦レクィエム・カンティクルス(1965~66/1966初演) [1966.10.11.録音] ロバート・クラフト指揮 ①⑤⑥⑦コロンビア交響楽団 ②コロンビア室内管弦楽団 ③アーサー・グレッグホーン(fl)、カールマン・ブロッホ(cl)、ドロシー・レムゼン(hp) ④イズラエル・ベイカー(vn)、オーティス・アイグルマン(vn)、サンフォード・ショーンバック(va)、 ジョージ・ナイクルーグ(vc) ⑤リチャード・フリッシュ(Br) ⑦リンダ・アンダーソン(Sp)、エレーヌ・ボナッツィ(A)、チャールズ・ブレスラー(T)、ドナルド・グラム(Bs) イサカ大学コンサート合唱団(グレッグ・スミス指揮) さてCD22枚目はRobert Craft conducts under the supervision of Igor Stravinskyというタイトルが附いています。内容は初期と中期の落穂拾いの2曲と晩年の十二音技法による作品から5曲、中でも「アブラハムとイサク」「変奏曲」「レクイエム・カンティクルス」の3曲はストラヴィンスキーが最後に辿り着いた孤高の境地といってよいと思います。本来ならばこれらの作品も作曲者自身が振る予定だったのでしょうが、おそらくは体力の衰えに勝つことが出来なかったのでしょう。しかし、作曲者が公私に亘って心を許し、自作の演奏に関して全幅の信頼を置いていたロバート・クラフトという人物がいたおかげで、なんとかこのアルバムを完成することが出来た、という訳。 交響詩「夜うぐいすの歌」は1914年に初演されたオペラ「夜うぐいす」の第2幕・第3幕を素材としたもの。元ネタのオペラについてはこのシリーズの「その14」で書いた通りで特に附け加えることはありません。交響詩のほうはドビュッシー風あるいはリムスキー=コルサコフ風の第1幕の素材を除外したことでオペラよりも遥かに統一感があります。クラフトの演奏は早いテンポで颯爽としているが、めくるめく多彩なリズムや音色についてはやや生硬。いま私の手元にはブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団と、マゼール/ベルリン放送交響楽団の2種類のCDがあるが、そのどちらもおそるべき手腕で各々の美意識を極限まで追求し表現した名盤。こんな録音と比較したら気の毒かもしれません。それにしてもストラヴィンスキー自身の演奏を残して欲しかったものだ。晩年のセリエルな作品を除けば、高弟クラフトと雖も師匠に適うわけはなかろうと思わざるを得ない。 ロサンゼルスに手兵の楽団を持っていた指揮者ワーナー・ジャンセンの委嘱による「ダンス・コンチェルタント」は、42年に管弦楽曲として初演された後、44年にはジョージ・バランシンのコレオグラフィによってバレエ化もされています。まさに手練れの作、こういった作品はお手の物だったのでしょう。例によって手癖で書き進めたようなところもあるが、全体としては清新さと躍動感に溢れた楽しいディヴェルティメントです。クラフトの指揮もなかなか良い。この乾いた抒情の表現はさぞ御大を喜ばせたことだろうと思う。 フルート、クラリネット、ハープの為の「墓碑銘」はドナウエッシンゲン音楽祭のスポンサーであったフュルステンベルク公マックス・エゴンが1959年に亡くなったのを追悼して書いた作品。たった7小節、時間にして1分ほどの短さの中でハープ、フルート、クラリネットがポツポツと音を鳴らすだけ。前回とりあげた「イントロイトゥス(T.S.エリオット追悼)」と同じく、聴く者の安直なアプローチを拒絶する厳しい音楽。それにしてもこの録音、各楽器がオンに録られているせいもあるが、生の素材がむき出しに置かれているといった趣。ブーレーズがアンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバーで入れた録音は、これと比べると3つの楽器が絶妙に溶け合って、繊細かつ大変美しい録音だが、ではどちらがストラヴィンスキーの頭の中で鳴っていたであろう姿に近いかと問われれば何とも微妙。クラフトの演奏ははっきり言って美しいといった評は下せないのだが、案外ストラヴィンスキーは満足していたのではないか。 「二重カノン」は1953年に亡くなったフランスの画家ラウール・デュフィの追悼の音楽だが、この画家と作曲者は会ったことがなかったらしい。しかもその死から6年も経ってから追悼作品を書いたというのも謎です。それはともかく、先の「墓碑銘」と同じく、わずか1分余りの短い音楽の中に、ほとんどむき出しといってもいいくらい生の素材(=音列)が放り出されている感じがする。音色という点でも、弦楽四重奏によるモノクロームな効果を狙っていると思われ、デュフィのあの、南仏風の明るい作品を偲ぶというには如何なものか、と思います。これは追悼といいながら、実は作曲者自身の心象の表白であったとしかいいようがない。このシリーズで何度も言及した通り、それは晩年の作曲者のミザントロープです。 バリトンと小オーケストラの為の「アブラハムとイサク」のスコアの扉には「イスラエルの人々に捧げる」と書かれています。1964年8月23日、ロバート・クラフト指揮イスラエル祝祭管弦楽団によってエルサレムで初演されています。テキストは創世記22:1-19のヘブライ語訳。この、アブラハムが神の命令によって一人息子を生贄に捧げようとする話はよく知られていると思うが、無信仰者から見ればヨブ記と並んでこれほど不条理な話もあるまい。気まぐれで疑い深く、ここまでして人を試さずにはその信仰心さえ信じられない神とはいったい何なのか。それはともかく、これは大変な力作、素晴らしい音楽で、1964年から1966年、いよいよ創作の最終期を迎えるストラヴィンスキーの遺言とも言えるもの。小編成のオーケストラは例によってトゥッティで奏される部分は殆どなく、まるで室内楽のように扱われているが、一つの音列が複数の楽器によって次々と受け渡されていくのが印象的。また、5連符や7連符を多用した複雑なリズムも特徴的だが、ブーレーズの「マルトー・サン・メートル」に出てくる複雑さ(拍子記号が繁分数で書かれていたりする)などと比べれば穏健な部類だろう。だからといって演奏の至難さが減る訳ではないが・・・。バリトンの歌いだしのところは、譜例のように神経質な前打音が沢山附いているが、これはヘブライの歌の「こぶし」のようなものの模倣だろうか。 このようなメリスマティックな部分と、シラビックな部分が交替しながら進んでいく。全体に殊更対位法が強調されるところは少ないが、それでも次のような厳格なカノンが時折現われて強く耳を打ちます(譜例は197小節目から。上からバリトン、ホルン、チューバ)。 音楽に快楽とか慰撫だけを求める人からすればこれほど縁遠い音楽もないでしょうが、知的な理解とエモーショナルな体験を共に追い求めたいという人には強くお勧めしたいと思う。クラフトの指揮はアタックやアーティキュレーションがスコアに忠実で、その精密さは録音年代を考えれば驚異的なほど。ストラヴィンスキーの音楽は指揮者が下手にいじらずとも、スコアに忠実に演奏すれば最大の効果が得られるという好例でしょう。薄いテキスチュアなのに音が貧しくならないのが素晴らしい。 「変奏曲」も傑作。1963年11月22日、J.F.ケネディが暗殺されたその日、ストラヴィンスキーと親交の深かった作家オルダス・ハクスリーが亡くなっています。ストラヴィンスキーは前者の追悼に「JFKのためのエレジー」を書き、後者の為に作曲の途中にあったこの「変奏曲」を捧げたという次第。1965年4月17日、ロバート・クラフト指揮シカゴ交響楽団によって初演されています。「変奏曲」とはいうものの、どこまでが主題でどこから変奏なのか、判然としませんが、3つの極めて独創的、天才的な部分をサンドウィッチ状に挿む7部構成と見ることもできそうです。その3つの部分の一番目は23小節目から33小節目、12人のヴァイオリン奏者が12声のソリスティックなパートを弾く部分。各奏者はスル・ポンティチェロで複雑なリズムのパート(しばしば小節線を跨ぐ連符が現われる)を弾く。そのテクスチュアは音楽を聴きながらスコアを目で追うことすら不可能なほど錯綜しているが、耳で聴くとまるで薄いガラスの破片がきらきらと天から落ちてくるかのように美しい。二つ目は47小節目から57小節、今度は10挺のヴィオラと2台のコントラバスが、先程と同様、スル・ポンティチェロで錯綜した音楽を奏でる。3つ目は118小節目から128小節目、2本のフルートと1本のアルト・フルート、2本のオーボエと1本のイングリッシュホルン、2本のクラリネットと1本のバスクラリネット、ホルンに2本のファゴット、計12本の管楽器によって同様の音楽が繰り広げられる。それらを挿む4つの部分は非常にエネルギッシュな音楽であり、十二音技法を採用してからこの変奏曲までの諸作に特徴的な室内楽的手法はやや遠ざけられ、オーケストラのマッシヴな響きを活かす書き方がなされている。作曲者が80歳を超えて、最後の最後にめらめらと烈しい創作の炎を燃え上がらせたかのようだ。クラフトの鋭利な演奏も素晴らしい。 1965年から66年にかけて書かれた「レクイエム・カンティクルス」はストラヴィンスキー最後の傑作といってよいと思います。1966年10月8日、ロバート・クラフトの指揮によりプリンストン大学で初演されています。この後書かれたものとしては、ピアノと歌のための「ふくろうと猫」にフーゴー・ヴォルフとバッハの編曲くらいなもの。作品はヘレン・ブキャナン・シーガーの追悼のために書かれています。この人のことは良く分かりませんが、プリンストン大学のHPの中のヘレニズム研究という頁にその名が出てきます。作曲者自身はこの作品を「ポケット・レクイエム」と呼んでいたそうだが、レクイエムとはいうものの、入祭唱(Requiem aeternam)の前半がなく、キリエもサンクトゥスも無い等、テキストは短く切り詰められています。オーケストラ、合唱とも先程の「変奏曲」に見られたような極端な複雑さは排除されており、ある種の平明感、透明感がもたらされています。全体は9つの部分に分かれていますが、第1曲プレリュード、第5曲インターリュード、第9曲ポストリュードで二つの合唱曲とひとつのソロ曲のセットをシンメトリカルに挿む構造。 1.プレリュード 弦5部。弦の同音反復の刻みと、ソロの弦楽器が不安な歌を歌う部分が、各々非対照に拡大しながら交替する。 2.EXAUDI フルート群とハープ、弦を中心とするオーケストラは極めて簡潔な書法。合唱も簡素で大変美しい。 3.DIES IRAE 弦・ピアノ・ティンパニの烈しい導入に続いて、金管群と合唱。このセットが何度か繰り返された後、フルート群、木琴とピアノ、2トロンボーンに合わせて合唱がパルランドで語る。最後に冒頭のセットが現われる。 4.TUBA MIRUM 2トランペットとトロンボーンとバスのソロ。終わりに2ファゴット。これも簡潔な楽章。 5.インターリュード アルト・フルートを含む4本のフルートと4本のホルン、ティンパニの美しい和音の繰り返しが、「管楽器のためのサンフォニー」を思い起こさせる。4本のフルートによる四重奏の中間部を経て再び和音のテーマ。 6.REX TREMENDAE 簡素な四部合唱。対位法的な書法と同音反復的な要素との対比。 7.LACRIMOSA 動的・メリスマティックなアルト・ソロと、簡素でスタティックなオーケストラとの対比。 8.LIBERA ME これは衝撃的な音楽だ。4人のソリストと、パルランドで語る合唱、そして4本のホルン。この不穏な響きはそれまでの音楽に無かったもの。同音反復を主とするシンプルな音楽だが、その伝統に対する破壊力は凄まじい。 9.ポストリュード 最後は天上の音楽。ホルンのオルゲルプンクトの上に、楔をうちこむような4フルート、ピアノ、ハープの和音。それにつづくチェレスタ・鐘・ヴィブラフォンによる天上的な音楽。このセットが3たび繰り返され、最後は楔が3度打ちこまれて終わる。 上記のとおり、音楽のテクスチュアのみならず、形式的にも簡素なものを志向しているのは明らかですが、しかしそこから得られる感動は並々ならぬものがあります。演奏も素晴らしい。クラフトの指揮、グレッグ・スミスの指導による合唱団のレベルの高さには舌を巻く思いがする。 さて、全部で22枚を聴き終えて、もう少しだけ書きたい事があるが稿を改めて次回に回したい。
by nekomatalistener
| 2012-10-07 19:40
| CD・DVD試聴記
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