人気ブログランキング |
<< 「創世記組曲」を聴く イーヴ・ナット Yves Na... >>

クルシェネク作品集 KRENEK conducts KRENEK

映画「ヘルタースケルター」で一番得したのは戸川純かも。ってか、おじさんは彼女の復活の兆しが素直にうれしい。




エルンスト・クルシェネクの自作自演集を聴いてみました。


  ①弦楽オーケストラの為のシンフォニエッタ「ブラジル風」 Op.131(1952/1953初演)
  ②2台ピアノとオーケストラの為の協奏曲 Op.127(1951/1953初演)
  ③オーケストラの為の11の透かし絵 Op.142(1954/?)
  ④小オーケストラの為の「クエスチオ・テンポリス」 Op.170(1959/1959初演)
  ⑤鎖・円・鏡 ― オーケストラの為の交響的素描 Op.160(1957/1958初演)

   クルシェネク指揮北ドイツ放送交響楽団
   ゲルティ・ヘルツォーク&ホルスト・ゲーベル(pf)
   ①②③1964.6.24-26④1960.9.29-30⑤1958.10.26-27録音
   CD:EMI 7243 5 62858 2 8 NDR10082

以前何度か、ストラヴィンスキーが1952年以降十二音技法を採用するにあたって、クルシェネクを導き手としたことに触れました。このクルシェネクErnst Krenekという人、私の世代が若かりし頃は(多作家であるにもかかわらず)せいぜい「ジョニーは弾き始める」ぐらいしか知られておらず、その所為でぼんやりとではあるが、ハンス・アイスラーやクルト・ヴァイルの亜流のようなイメージだけが先行し、甚だ輪郭のはっきりしない謎に満ちた作曲家ではありました。だいたい名前からしてクルシェネクと呼ばれたりクシェネックと呼ばれたり、あるいは英語読みでクレネックと表記されることもあり(どだいチェコ語のřをカタカナ表記すること自体無理がある、ドヴォルザークDvořákも耳で聴けばドゥヴォジャックみたいに聞こえるだろう)、もうそれだけで敷居の高い感じがしていたものです。
今回、まさにストラヴィンスキーが十二音技法を採用する前後、1950年代の作品を聴いて、初めてシェーンベルクの(良くも悪くも)正当な後継者としての姿を知ることになりました。ストラヴィンスキーの晩年の作品から推し量って、やや折衷的な作風を想像してましたが実際には全く違うものだった訳です。1900年に生れ、若い頃はジャズやら新古典主義やら、時代の最先端の潮流に乗って作曲活動を行い、やがてナチスから退廃芸術の烙印を押されて1938年にアメリカに亡命、以降十二音技法による作品を書き続けた、というのがwikipedia風の要約ということになりますが、このディスクに収められた1951年から59年の諸作を聴くと、この9年の間ですら顕著な作風の変化が感じられ、全貌を掴むのは極めて困難な作業だというように思います。

1952年の「シンフォニエッタ」は、リオデジャネイロで完成され、翌年シュトゥットガルト室内管弦楽団により初演されました。「ブラジル風」という副題が附いているけれども全くそんな感じがなくて、序奏附き急緩急の3楽章形式によるシェーンベルク流の極めて緻密に書かれた音楽。ここにはウェーベルンの抒情性や、ベルクの殆ど「大衆的」といってもよい取っつき易さは無く、息苦しいまでの濃密な表現主義的世界が展開されており、面白いと言えば面白いのだが、1952年当時としては些か古めかしい感じもします。
ミトロプーロスの委嘱により1951年に作曲され、53年ニューヨーク・フィルによって初演された「2台ピアノのための協奏曲」も実にシェーンベルク的。形式的には古典的な4楽章から成るものの、ここには協奏曲という呼び名に人が期待するような華やかなヴィルトゥオジテも無ければ、人を陶酔させる美しいカンティレーナも無く、ひたすら生真面目な音楽が続く。ピアノ・パートはかなりの技巧を要しそうで、ピアニストもそれなりのカタルシスを感じるだろうが、エクリチュールという点でシェーンベルクが開拓した世界を一歩も出ていない感じがする。亡命ユダヤ人たちが新大陸で、甘く人にすり寄るような映画音楽やミュージカルで成功するのを横目で見ながら、この人は一体どのような心境でこれらの作品を書いていたのだろうか。また、同じロサンゼルスに住んでいたストラヴィンスキーは、このような音楽から何を感じ取っていたのか。以前の投稿で、幾度か晩年のストラヴィンスキーのミザントロープの問題を提起しておいたが、それと関係があるのだろうか。
ルイスヴィル管弦楽団の委嘱により1954年に書かれた「11の透かし絵」も、無調時代のシェーンベルクを彷彿とさせるようなミニチュア形式による作品。各曲1~2分台の極めて短い時間にみっちりと音が、というより内実が詰まっている印象を受ける。Garrett H.Bowlesによるカタログには各曲に闇とか稲妻とか波といった表題が附いているそうだが、これはまぁ気にする必要もなかろうと思います。しかしこれも1954年という年代を考えれば、スタイルとしては古色蒼然という感じがします。
1959年に書かれ、ハンブルクで作曲者指揮北ドイツ放送交響楽団によって初演された「クエスチオ・テンポリス」は、このディスクでは最も面白い作品でしょう。先の3作品に見られたシェーンベルクの呪縛からようやく解放され、一気に戦後の自由な息吹に満ち溢れたダルムシュタットの世界に一歩近付いた感じがします。多彩な打楽器を含むオーケストラがたゆたうようにあちこちで明滅しながら、18分弱という長い時間を掛けて徐々にテンポをあげ、音の密度が増していく。過去の(というよりドイツ・オーストリアの)伝統から離れて、これぞ現代音楽の美というものが現われています。所謂トータル・セリエリズムとは一線を画した書法ながら、これは師匠のシェーンベルクも為し得なかった世界だ。
1957年パウル・ザッヒャーの委嘱によって書かれ、翌年バーゼル室内管弦楽団によって初演された「鎖・円・鏡」は、「クエスチオ・テンポリス」と作曲年代が逆転しているので、順番に聴いていくと少し様式的に後退しているように感じられるのが、ある意味実に愉快。タイトルから想像するに、スコアを分析すればさぞかし面白い知的企みが仕込まれているのでしょうが、耳で聴く限りやはり一時代ずれている、と思わざるを得ない。もっとも最初の3曲に比べれば遥かに自由度の増した書法ではある。

作曲者自身の指揮による北ドイツ放送交響楽団の演奏、比較の対象もなく上手いとか下手とか言うのは不可能ですが、緊張感のある良い演奏だと思います。録音も鮮明だが、協奏曲のソロは幾分オフに録られていて、ピアノ弾きとしては若干フラストレーションが溜まります。

随分長生きして、作品番号にして242という膨大な作品を残したクルシェネク。この一枚のディスクだけでああだこうだと分かった風なことは言えませんが、結論から言えば本当に面白いCDでした。残念ながらそれほどCDが沢山出ている訳でもないようですが、これから少しずつ他の作品も聴いてみたいと思います。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2012-08-27 21:50 | CD・DVD試聴記
<< 「創世記組曲」を聴く イーヴ・ナット Yves Na... >>