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ラヴェル 「子供と魔法」 マゼール指揮フランス国立放送管弦楽団(その2)

ファブリーズのCMのお父さんがピエール瀧から松岡修造に替ってそうとう経つが、いまだに違和感あり。





前回の続きです。
羊飼い達が消え去ると、今度は子供が引き裂いた童話の本からお姫様が現れ、子供のせいで童話の結末が分からなくなったと嘆く。子供は姫を救う王子になろうとするが剣もなく為すすべがない。お姫様は消えてしまう。お姫様の歌う部分はオーケストラが沈黙し、たった一本のフルートのみの伴奏。2本の線が絡み合う美しさは、ラヴェルの高度な作曲技法の賜物。今まで恐怖に慄いていた子供はようやく姫への淡い恋心を歌う。子供が歌い出すと音楽は木管やハープの急速なアルペジオやグリッサンドで彩られ、夢幻のような恍惚とした響きが立ちこめる。お姫様が消えてからの子供の歌は、まるでフォーレのように切なく美しい。
子供はびりびりに敗れた童話の結末のページを探すが、破いた教科書からせむしで鉤鼻の小人の老人が現れる。小人の服には数字が書いてある。教科書から飛び出した沢山の数字たちと、4たす4は18とか、7掛ける9は33とか、無茶苦茶な歌を歌いながら踊り、その輪舞に巻き込まれた子供は目を回してしまう。ここもポピュラー音楽みたいな軽い音楽で始まりますが、最後は狂騒のカタストロフの内に終わる。
子供が何とか起き上がると、黒い雄猫が毛糸玉をおもちゃにして遊んでいる。雄猫は子供の頭を毛糸のように弄ぶが、白い雌猫が庭に現れると雄猫は求愛する。いつの間にか場面は月に照らされた庭になっている。猫の二重唱Duo miauléの歌詞は「みゃ~お」「おわ~お」といった鳴き声のみ。やがて発情した猫たちは喧しく騒ぎまくったあげく突然姿を消す。雄猫は最初チェロの悩ましいポルタメントに合わせてあくびしたり伸びをしたり。それが最後には金管のグリッサンドで大騒ぎになる。猫好きな私はもうニャハ~と脱力してしまいます。
音楽が一瞬静まると高弦のトレモロとおもちゃの笛を伴う神秘的な弦の音楽に合わせて、虫や蛙、蟇蛙、ふくろう、風、夜うぐいす達がざわめき始める。ベルクの「ヴォッツェック」の、蛙の鳴く沼地の場面の、遥かに遠いこだまを聴くような気がする(因みにラヴェルはアルバン・ベルクをかなり高く評価していたふしがある)。子供に傷を付けられ、樹液を血のように流した樹木が恐ろしい呻き声をあげて子供を非難する。
とんぼが妻を探して子供の回りを飛び回る。雌のとんぼをピンで壁に突き刺してしまった子供はとんぼに問いかけられても答えられない。こうもりも片言で子供に妻の行方を尋ねるが、雌こうもりを殺した子供は罪に慄くのみ。とんぼの歌はサティの「ジュ・トゥ・ヴー」のような瀟洒なワルツ。これに夜うぐいすのコロラトゥーラが絡む。こうもりの歌はごく短いが、はじけるような才気煥発な音楽。続く蛙たちのワルツも軽妙洒脱。
リスが現れて、かごに気を付けるよう蛙に話しかけるが、蛙がかごというものを理解できないのでリスは「馬鹿、僕みたいになるよ」と言う。吃の蛙はかごcageが上手く言えず、Que-que-que-que-dis-tu?Je ne connais pas la ca-ca-ca-cage.と歌うが、イヴリーの著書によればこれは「うんちの籠」と聞こえるそうな。子供はリスに向かって、「君の素早い動き、小さな手足やきれいな眼をみたくてかごに閉じ込めたんだ」と弁解するが、リスは自由な大空や風、自由な兄弟の素晴らしさを子供に語る。他のリス達が大勢集まって来る。仲のよいリス達や、じゃれ合う猫を目にして、自分が一人ぼっちであることに気付いた子供は思わず「ママ…」と呟く。リスの歌は大きなアーチを描いて盛り上がり、猫の二重唱の旋律が一瞬現れて途絶える。
動物達が「悪い子供、誰からも愛されない子供」と歌う。「子供に罰を与えよう。僕には爪が、僕には牙がある」と凶暴な合唱が続く。動物たちは子供を小突きまわし、押したり引っ張ったり、やがて子供そっちのけで大乱闘になる。さっきのリスが怪我をして叫び声をあげる。動物達は凍りついて何も出来ないが、子供は自分のリボンを包帯にしてリスの怪我の手当てをしてやり、気を失ってしまう。
初めて子供の優しさを知った動物達は、自分達も傷ついた子供を介抱しようとするがどうすることも出来ない。そこでみんなで子供のママを呼ぶことにする。最初はおずおずと、やがて「ママ、ママ」の大合唱。動物達は「この子は良い子です。とても賢い子です」と歌う。子供が腕を伸ばして「ママ」と呟いたところで幕。音楽は「マ・メール・ロワ」の終曲「妖精の園」のような感動的な大団円。通俗的と言えば通俗的だが、お約束の大きな盛り上がりの果てにふっと消えるように終わるのが何とも不思議な余韻を残す。これは子供が聴いてももちろん大喜びでしょうが、本当は大人の為の、それも知的でソフィスティケーションを知る大人の為の音楽だろうと思います。

このオペラ、舞台に寄せる期待の最も大きな要素は何と言っても演出。恐らく、心の底から感嘆するか、子供騙しの演出に失笑するか、そのどちらかでしょう。演出家が如何に自由な想像力を持っているかに公演の成否の全てが掛っている。何とも恐ろしい作品です。

マゼールの演奏について一言。これはもう完璧な演奏ではないでしょうか。かなり大きな編成のオーケストラを自在に操り、一瞬の内にさっと空気が変わってしまうような瞬間があちこちに出てきます。弦・管・その他の楽器の混合のバランスが実に素晴らしいと思う。これは偏にマゼールの耳の良さに起因するものでしょう。歌手の素晴らしさについてはこれ以上望むことは何一つない。

併録のストラヴィンスキーの交響詩「夜うぐいすの歌」は、自作自演の(交響詩の元になった)オペラ全曲盤やブーレーズ版と比べると、面白いことに、ギトギトした極彩色の表現が抑えられていて、譬えて言えばフランス語の鼻母音のような中間色のニュアンスに富む音響。こと音色という点においては寧ろエキセントリックな感じがします。が、これはこれで実に魅力的なストラヴィンスキー。ラヴェルの音楽との相性の良さも、作曲者の資質を考えると当然ではあるが、この馴染みの良さはマゼールならではという気もする。
(この項終わり)
by nekomatalistener | 2012-05-17 00:00 | CD・DVD試聴記
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