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ストラヴィンスキー 歌曲集 ブーレーズ/Ens.アンテルコンタンポラン

拾いGIFシリーズ。
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以前ストラヴィンスキー自作自演集のCD15歌曲集を取り上げた際、その内容のあまりの素晴らしさに、何とかこれ多くの人に聴いてもらいたい、と思いながらも、CD22枚組買うって余程の物好きだよなぁと思わざるを得ないのでした。そこで、ブーレーズのストラヴィンスキー作品集6枚組の中の一枚を代わりに紹介しようと思った次第。何せ22枚組より6枚組の方が手を出しやすいだろうというのが一つ(笑)、それと、この中にストラヴィンスキーの最晩年の作品であるフーゴー・ヴォルフの「スペイン歌曲集」からの編曲が含まれていて、それが作品、演奏とも素晴らしいものであるから。
まずは曲目の紹介からいきましょう。

①パストラール(1907/1908初演、室内楽伴奏版1923)
②ヴェルレーヌの2つの詩Op.9(1910,室内楽伴奏版1951)
 第1曲「白い月影は」 第2曲「大いなる憂鬱な眠り」
③バーリモントの2つの詩(1911/1954改訂)
 第1曲「忘れな草、愛のささやき 第2曲「鳩」
④日本の3つの抒情詩(1912~13/1914初演/1943改定)
 第1曲「赤人」 第2曲「当澄」 第3曲「貫之」
⑤3つの小さな歌「わが幼き頃の思い出」(1906頃/1913改訂/1929~30編曲)
 第1曲「小さなかささぎ」 第2曲「からす」 第3曲「チーチェル・ヤーチェル」
⑥プリバウトキ(戯れ歌)(1914/1918初演)
 第1曲「コルニーロおじさん」 第2曲「ナターシュカ」 第3曲「連隊長」 第4曲「お爺さんとうさぎ」
⑦ねこの子守歌(1915~16)
 第1曲「暖炉の上で」 第2曲「部屋の中」 第3曲「ねんね」 第4曲「猫の飼い主」
⑧4つの歌(1953~54)
 第1曲「雄がもの歌」 第2曲「異端派の歌」 第3曲「鵞鳥と白鳥」 第4曲「チーリンボン」
⑨「子供のための3つのお話」から「チリンボン」(1923編曲)
⑩パラーシャの歌(1922~23、歌劇「マヴラ」より)
⑪シェイクスピアの3つの歌曲(1953/1954初演)
 第1曲「汝妙なる調べよ」 第2曲「汝の父は五尋の水底に」 第3曲「まだらのひなぎく」
⑫ディラン・トーマスの思い出に(1954/1954初演)
⑬J.F.ケネディのためのエレジー(1964/1964初演)
⑭ヴォルフ「スペイン歌曲集」より2つの宗教歌曲の編曲(1968)

  ①③④⑤⑧⑨⑩フィリス・ブリン=ジュルソン(Sp) ⑦⑪⑭アン・マレー(Ms) 
  ⑫ロバート・ティアー(T) ②⑥⑬ジョン・シャーリー=カーク(Bs)
  ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン 
  1980年IRCAMオータム・フェスティヴァルでの録音
  CD:DG00289 477 8730

自作自演盤の歌曲集と比べると、まずそちらにあってブーレーズ盤にないのが、「牧神と羊飼いの娘」「4つのロシア農民の歌」「ふくろうと猫」、逆に自作自演盤になくてブーレーズ盤に含まれているのが初期の「パストラール」、「パラーシャの歌」とヴォルフの編曲。他にも自作自演盤でフランス語で歌われていた②がロシア語で歌われていたり、「プリバウトキ」と「J.F.ケネディのエレジー」がバスによって歌われていたり、と細かな違いが幾つかあります。私はまだ学生の頃、このディスクがLPで発売されてすぐに買い、しばらく夢中になって聴いていました。演奏も非常に優れたものですが、その後ながらく廃盤になっていて、つい最近CDで聴けるようになったものと思います。大半の曲目については先般詳述したので、今回は特にヴォルフの編曲について書いてみたいと思います。

実は私はヴォルフの作品をよく知りません。若い頃「メーリケ歌曲集」は一時よく聴いてましたが、どういう訳か本格的に深追いしようとはどうしても思えないのでした。それ以来、ヴォルフを聴くのはもう少し歳をとってからにしようと思いながら、敢えて遠ざけてきたきらい無きにしもあらず。しかし私ももうすぐ50の大台、そろそろ色々と聴いてみようと思っているのですが、私にとってこの「スペイン歌曲集」からの2曲の編曲はヴォルフ探索への格好の入口となるかも知れません。
それにしてもこの2曲の素晴らしさをどう表現したらよいものか。私のこれからの人生に、私にとって殆ど未開の沃野とも言うべきヴォルフの世界を知る楽しみが残されていると思うと、もう愉しみで堪らないほどだ。
ストラヴィンスキーが取り上げたのはスペイン歌曲集の第9曲”Herr, was trägt der Boden hier”と、第10曲”Wunden trägst du mein Geliebter”の2曲。いずれもスペインの古い宗教詩をパウル・ハイゼとエマヌエル・フォン・ガイベルがドイツ語に訳したものをテキストとしています。邦訳については「梅丘歌曲会館」というサイト
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs.htm
を運用しておられる藤井宏行氏、および翻訳をされた甲斐貴也氏のお許しを得てここに掲載します。ちなみにこの「梅丘歌曲会館」というサイトは本当に素晴らしい業績です。これだけ膨大な歌曲作品の邦訳と解題を地道に続けてこられたことに心から敬意を表します。甲斐氏のHP「フィヒテとリンデ」
http://homepage2.nifty.com/182494/Fichte/index.html
と並んで、リートの世界を知ろうとする者にとって掛替えのない道標だと思います。

聖歌曲第9番「主よ、この地には何が生えるのでしょう」

Herr, was trägt der Boden hier,
Den du tränkst so bitterlich?
»Dornen, liebes Herz, für mich,
Und für dich der Blumen Zier.«

Ach, wo solche Bäche rinnen,
Wird ein Garten da gedeihn?
»Ja, und wisse! Kränzelein,
Gar verschiedne, flicht man drinnen.«

O mein Herr, zu wessen Zier
Windet man die Kränze? sprich!
»Die von Dornen sind für mich,
Die von Blumen reich ich dir.«

主よ、あなたが苦い涙をそそがれたこの地には
何が生えるのでしょうか
「わたしのために茨が生えます、愛する者よ。
そしてあなたのためには飾りになる花が咲きます。」

ああ、涙が小川となって流れる所に
花咲く園など出来るのでしょうか
「出来ます。そして覚えておきなさい!
そこで人々がとりどりの冠を編むのです。」

おお、わたしの主よ、誰を飾るために
人々は冠を編むのでしょうか、教えてください!
「茨の冠はわたしのために、
花の冠はわたしがあなたに授けるために。」


聖歌曲第10番「あなたは傷ついています、愛する方よ」

Wunden trägst du mein Geliebter,
Und sie schmerzen dich;
Trüg' ich sie statt deiner, ich!

Herr, wer wagt' es so zu färben
Deine Stirn mit Blut und Schweiß?
"Diese Male sind der Preis,
Dich, o Seele, zu erwerben.
An den Wunden muß ich sterben,
Weil ich dich geliebt so heiß."

Könnt' ich, Herr, für dich sie tragen,
Da es Todeswunden sind.
"Wenn dies Leid dich rührt, mein Kind,
Magst du Lebenswunden sagen:
Ihrer keine ward geschlagen,
Draus für dich nicht Leben rinnt."

Ach, wie mir in Herz und Sinnen
Deine Qual so wehe tut!
"Härtres noch mit treuem Mut
Trüg' ich froh, dich zu gewinnen;
Denn nur der weiß recht zu minnen,
Der da stirbt vor Liebesglut."

Wunden trägst du mein Geliebter,
Und sie schmerzen dich;
Trüg' ich sie statt deiner, ich!

あなたは傷ついています、愛する方よ
そしてその傷に苦しんでいます
できることならかわりにその傷を担いたい、わたしが!

主よ、あなたの額を血と汗にまみれさせたのは誰なのでしょうか

「魂よ、この汚れはおまえの魂を得るための代価
 その傷のためにわたしは死のう
 それほど深くわたしはおまえを愛しているのだ」

主よ、死をも与えるその傷をわたしが担えればよいのですが

「この苦しみがおまえの心を動かすなら、我が子よ
 それを命を与える傷と呼びなさい
 わたしのこの傷がなければ、おまえの内に命が流れることもないのだから」

ああ、あなたの苦しみはなんとわたしの胸を痛めることか!

「おまえの心を得るためなら、さらに辛いことでも
 真の勇気を持ち喜んで耐えよう
 愛の炎に包まれて死ぬものだけが、真実の愛を知るのだから」

あなたは傷ついています、愛する方よ
そしてその傷に苦しんでいます
できることならかわりにその傷を担いたい、わたしが!


1966年の「ふくろうと猫」以降、殆ど筆を折ったかの如く創作意欲も落ちてしまった最晩年のストラヴィンスキーが、どうしてこの歌に心惹かれたのか、いずれ「スペイン歌曲集」のオリジナルを聴いて考えてみたい。さしあたって私は、訳者の甲斐さんがストラヴィンスキーの編曲に触れて、特に2曲目について「小受難曲」のよう、と書いておられる以上に的確な評価はないと思います。ヴォルフの原曲の楽譜を見ると、第9曲の調性記号はシャープが1つ書かれているけれども、ついに最後まで明確なホ短調もしくはト長調は現れず、最後はホ長調に終わります。同じく第10曲はシャープが2つ記されているが、ロ短調の近くをうろうろはするものの最後は嬰ヘ長調で終わります。謎に満ちた書き方、転調の仕方もどこか異常な感じがしますが、それがヴォルフの魅力だと言いきるだけの力は私にはありません。それはともかく、第10曲の最後の6小節、万感の思い溢れるコーダには胸を打たれます。以前に1966年の「ふくろうと猫」について、晩年のストラヴィンスキーのミザントロープの表明のようだ、と記しましたが、このヴォルフの編曲にも同じような傾向を感じて、心がしんと静まり返る思いがします。それは恐らくヴォルフその人にも顕著であった傾向でしょう。ストラヴィンスキーがなぜこの編曲を手掛けたのか、答えはすぐにも見つかりそうですが、もう少しヴォルフを聴きこむまで結論は保留しておきます。

このディクスを録音した頃、すなわちアンサンブル・アンテルコンタンポランとの活動を中心としていた頃のブーレーズには本当に素晴らしい録音がありますが、これはその中でも最も優れた業績の一つだろうと思います。ブーレーズのストラヴィンスキーについては何度もこのブログで言及してきて、良いものもあれば今一つなものもある、という評価をしてきましたが、この録音についても、1910年代から20年代の作品ではどうしても作曲者の生気漲るリズム感の前ではやや分が悪い。しかし「シェイクスピアの3つの歌曲」以降の作品の緻密な表現と作品の本質の幸福な合致については本当に譬えるものがないほど素晴らしい。機会があれば是非聴いてみてほしい一枚。
(この項終わり)
by nekomatalistener | 2012-04-28 23:38 | CD・DVD試聴記
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