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プッチーニ 「西部の娘」 マゼール/ミラノ・スカラ座管弦楽団(その2)

ネットの拾いネタばかりですみません・・・

「今からこのトランプを消して、観客の誰かの胸ポケットに入れてみせましょう。」
「えぇー、さすがにそれは無理じゃないですか?」
「いいえ、ものの見事にやってのけますよ。」
「小野妹子に?」




前回の予告通り、幕を追いながら聴きどころを紹介しようと思いますが、このオペラに関しては中京大学文化科学研究所の玉崎紀子氏の論文「西部の娘―原作戯曲、オペラそしてミュージカル―」という示唆に富む論文がCiNiiのオープンアクセスで読むことができます。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004648944
私のような素人がこれに附け加えることなど実は殆どないのですが、以下の拙文は出来るだけこの論文の内容と被らないように配慮しながら、私のオリジナルな考察を少し書いてみたいと思っています。

第1幕は短い前奏曲から始まりますが、全音音階によって調性がぼかされた部分、烈しい情念のうねりのような部分(これは後でミニーとジョンソンの愛の二重唱の旋律となる)、古き良きアメリカを偲ばせるジャズ風の部分(ケークウォークのリズム、これはジョンソンのライトモチーフとして後の部分に何度も現れる)の3つの要素から成り立っています。ヴォーカルスコアでわずか2ページの簡潔さながら、この作品の要約として申し分ない出来栄えです。
次にいかにも西部開拓時代に相応しい6/8拍子ののんびりとしたリズムにのって、仕事を終えた鉱夫達(いわゆるフォーティナイナーズ)が酒場「ポルカ」に三々五々集まってきます。バーテンダーのニックは商売上手で、男達の幾人かに「女主人のミニーが、あんたに気があるみたいだぜ」と囁くと、男達は舞い上がって煙草やら酒やらを皆に振舞って散財します。
流しの歌手ジェイク・ウォーラスが望郷の歌を歌うと男達はしんみりと聴きほれ、その一人ジム・ラーケンスが故郷を想って泣きだします。一文無しのジムが故郷に帰れるようになけなしの金を与える男達の美しい場面にこちらも涙腺が緩んでしまいます。
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その後、賭けポーカーでいかさま騒ぎがあり、男達が大騒ぎをしていると保安官のジャック・ランスが現れ事態を収拾します。運送会社のウェルズ・ファーゴの代理人アシュビーは、ランスにメキシコから来た盗賊団の情報を入れます。ミニーに惚れているランスは、ソノーラという鉱夫達の兄貴格の男とミニーを巡って発砲沙汰の喧嘩となるが、そこにミニー登場、荒くれ共もミニーの前では少年のように大人しくなってしまいます。ミニーのモチーフは振幅の大きな旋律でこの後何度も現れます。
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ミニーは読み書きすら怪しい男達に聖書を読み聞かせます(鉱夫のハリーはダビデとサムソンがごっちゃになっていて皆の嘲笑の的になります)。男達にとってミニーは教師であり憧れの対象であり、いやむしろ聖母なのかも知れません。ここで彼女が読むのはダビデの詩篇51の第7節「汝ヒソブをもて我をきよめたまへ さらばわれ浄まらん 我を洗ひたまへ さらばわれ雪よりも白からん」。ミニーは男達に「愛による許し」を教えます。ミニーの歌はアリアとも呼べぬささやかなものですが、控え目なオーケストラに乗せて語りかけるミニーの優しさに、こちらも心が融けていくようです。
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郵便配達夫が現れ、アシュビーの下に盗賊団の首領ラメレスが酒場ポルカに現れるだろうという手紙が届く(この場面のペンタトニックは「トゥーランドット」のピン・パン・ポンの三重唱を連想させます)。ランスとアシュビーは、ラメレスの情婦ニーナの裏切りによる密告だろうと推測します。ランスはミニーに言い寄るがミニーに手厳しく撥ねつけられます。ランスは愛を知らぬこれまでの自分の人生を歌いますが、この部分は前回も書いたとおりこのオペラ唯一のアリアと言ってもよい、切なくも美しいもので、正にプッチーニの本領発揮という感じがします。このアリアのせいで私はミニーやジョンソンよりむしろランスの方に感情移入してしまうほど。
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少し長く譜面を引用したのは、4/8拍子のゆったりとした流れに2/8拍子の1小節が入っていることに注目してもらいたいから。プッチーニの数ある名アリアにしばしば見られるこの「字余り」あるいは「字足らず」のような小節、感情の昂りが頂点に達して、伝統的な拍節法をぶち破ってしまうのが「字余り」、歌が上り詰めていくその更に向こうに、真の感情の爆発が控えている際、そこに到達するのももどかしく階段を一段おきに駆けのぼるように切迫して現れるのが「字足らず」の変拍子の小節。ランスのアリアには「字余り」の2/8拍子が2回現れます。以前「外套」を取り上げた時にはこの独特の変拍子について舌足らずにしか書けませんでしたが、これはプッチーニが聴く者の心を鷲掴みにして引き摺り回すメチエの秘密の一つではないかと密かに考えています。あまり言及されませんが、この独特のアーティキュレーションは本当にプッチーニの魅力の源泉であろうと思います。ランスの求愛に対して、ミニーは自分の父母が如何に愛しあっていたかを歌い、本当に好きな人でなければ結婚出来ないと歌います。
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練習番号71から一気に3点ハまで盛り上がるミニーの歌は、前回「最短距離で人を泣かせるアリア」を書こうとして少し失敗している、と書いた部分に該当するような気がします。
ジョンソン(実は盗賊団の首領ラメレス)の登場からは次回に。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2012-04-14 17:36 | CD・DVD試聴記 | Comments(2)
Commented by rosemary7 at 2012-04-18 10:10 x
プッチーニのメチエの秘密、待ってました!!
「字余り」「字足らず」思わず納得です。

このブログ、独断でFacebookで友人に宣伝させてもらいました。
Commented by nekomatalistener at 2012-04-18 23:18
宣伝ありがとうございます。このランスのアリアの譜例で、2/8拍子の直前の2つの8分音符を試しに4分音符に変えて歌ってみると面白いですよ。そうすると字余りも字足らずもなく勘定が合いますが、すごく「ふつうの」音楽になります。凡人と天才の差はわずか一拍分の差なんやと思います。
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