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ラヴェル 「スペインの時」 マゼール指揮フランス国立放送管弦楽団(その1)

当ブログのサービスサイトで、検索キーワードが見れるようになった。予想通り「ラ・ボエーム」で検索してこちらに迷いこまれた方が多かったが、中には「亀田のあられ」とか「裸」とかで検索してお越しいただいた方もおられた。裸って・・・。



3月の新国立劇場のオペラ研修所公演は、ラヴェル「スペインの時」とツェムリンスキー「フィレンツェの悲劇」の二本立てという珍しいプログラム。私は初めて聴く作品はたいていピンと来ないので、出来る限り予習してから聴きたいというタイプなんです。

  ラヴェル「スペインの時」
    コンセプシオン(トルケマダの妻):ジェーン・ベルビエ
    トルケマダ(時計屋):ジャン・ジロドー
    ラミーロ(騾馬曳き):ガブリエル・バキエ
    ドン・イニーゴ(銀行家):ホセ・ファン・ダム
    ゴンサルヴェ(学生):ミシェル・セネシャル
    ロリン・マゼール指揮フランス国立放送管弦楽団(1965年録音)

  (併録)リムスキー・コルサコフ「スペイン奇想曲」
    ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1959年録音)
    CD:DEUTCHE GRAMMOPHON449 769-2

この作品、ラヴェルが好きとか言いながらこの歳になるまで全く聴いたことがありませんでしたが、物語としてはいわゆる艶笑譚、それもかなりあけすけなお話。日本人からみればフランス人も相当スケベという気がするけれど、そのフランス人から見たスペイン人のイメージはもっとスケベな民族ということなんでしょう。まるでこれでは、スペイン人はシエスタにセックスばかりしているみたい(これがタイトルの由来)ですが、これこそフランス人がスペインに思い描く憧憬と差別意識の交じり合ったものなのかも知れません。

ベンジャミン・イヴリーの著書以降、ラヴェルが同性愛者であったことは常識と化しているようですが、そういった目でこの作品を見てみるとラヴェルのセクシュアル・オリエンテーションがはっきりと刻印されているような気がしてくるから不思議なものです。いや、それどころか、ブリテンの「ビリー・バッド」のようにある意味カミングアウト・オペラではないかとすら思えます。お話は実にばかばかしくて、時計屋の奥さんのコンセプシオンが、亭主の留守の間の浮気相手に、若いツバメでもなければ金満家の紳士でもなく、屈強な騾馬曳きを選ぶというもの。いわばこれ、「美女と野獣」のパターンです。しかも武骨なリズムの騾馬曳きの歌はここぞという時には官能の限りを尽くすこともあり、ラヴェル、もとい、コンセプシオンが、最初は下層階級故に視界にも入っていなかった騾馬曳きを次第に性の対象として認知していくようすが克明に描かれています。

お話はともかく、音楽としてはラヴェルの作品の中でも最高の部類、精緻かつ洗練の極みをゆく音楽。それもそのはず、1907年から09年に掛けて作曲されたといいますから、「優雅で感傷的な円舞曲」はまだですが「鏡」「夜のガスパール」は既に書かれていることになります。因みに私は「鏡」の第1曲「蛾」や「夜のガスパール」の中の「絞首台」、「優雅で感傷的な円舞曲」「マラルメの3つの詩」あたりが、ラヴェルの「耳」が最も冴え渡っていた時期だと考えています。特に「蛾」については人間の耳がここまで進化するものかと、聴くたびに恐怖にも似た感覚を覚えます。「スペインの時」の音楽はそこまで先鋭的ではないですが、怪物的な耳の持ち主にしか書けないという点では明らかに「鏡」以降の作品という感じがします。しかも少し後に書かれた「優雅で感傷的な円舞曲」とよく似た洒脱さも併せ持っており、今まで知らなかったことが悔やまれるほど。なぜこれほど人気がないのか不思議です。

いかにも馴染みのないオペラですから、少し物語も追いながら登場人物ごとの音楽的特質を記述してみたいと思います。譜例はIMSLPからダウンロードしたボーカルスコアです。ちょっと長くなるかも知れませんがご容赦を。
導入Introduction
トレドの昼下がり、時計屋の店先。5/4拍子ホ短調の前奏。途中で変ニ長調になり、店の時計の時を告げる機械仕掛けの人形の音楽や雄鶏の声が一斉に鳴り出す。「マ・メール・ロア」の「パゴダの女王レドロネット」を思わせる天才的な音楽で、私はもうこの前奏だけでメロメロ(笑)。因みに前奏の旋律は時計屋トルケマダのモチーフですが、ワーグナー風のライトモチーフよりは柔軟な扱いがなされています。この後、登場人物それぞれのモチーフはいずれも専らオーケストラに現れ、歌唱部分はほとんどがレシ風に歌われます。
第1場
騾馬曳きのラミーロがやってきて、トルケマダに伯父の形見の時計の修理を依頼する。ラミーロのモチーフは7/8拍子のもそもそしたリズム。
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第2場
女房のコンセプシオンが店先に来て、亭主のトルケマダに早く街の時計の時刻合わせに行くよう促す。実は亭主の留守に若いツバメを引き込んで浮気をしようという算段。ラミーロは店に取り残される。
コンセプシオンが登場すると音楽が俄然色っぽくなります。彼女がトルケマダの非力を詰るところでは、腰をくねらすみたいな音形が出てくる。この奥さんの人物造形はミストレス好きなM男系の殿方には堪らんのじゃないかな、と(笑)。
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第3場
コンセプシオンはラミーロが店先にいると邪魔なので、巨大な時計を二階に運ぶよう命じる。力自慢のラミーロは嬉々として重い時計を運ぶ。
ここであらわれる長7度が特徴的な音形がコンセプシオンのモチーフ。
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ラミーロのモチーフはここでは9/4拍子(3+2+4拍子)となって、もっさりした動作が目に見えるよう。
第4場
浮気相手のゴンサルヴェ、アルボラーダを歌いながら登場。すぐにハバネラのリズム。ゴンサルヴェのモチーフはこのハバネラのリズムそのものと言ってよいと思います。時間のないコンセプシオンはすぐに情事をせがむけれどゴンサルヴェは今で言う草食系なのか、詩作に耽ってばかりで彼女をいらいらさせる。
始めのアルボラーダは「鏡」の中の「道化師の朝の歌」を連想させます。ピアノ弾きの人気は今一つの曲だと思うけれど、たいていのピアニストは中間部をどう弾いたらよいか判らないのだろう。ヒントはこのオペラにあったという訳。
第5場
ラミーロが戻ってくるが、コンセプシオンは別の時計を運ぶよう命じる。ゴンサルヴェは馬鹿みたいに時計を運んで昇り降りしているラミーロに軽蔑の眼を向ける。3人のモチーフがくるくると入れ替わり立ち替わり現れる。
第6場
コンセプシオンはゴンサルヴェを巨大な時計の中に隠し、ラミーロに時計ごと寝室に運んでもらおうと思いつく。ゴンサルヴェは時計の中に入りながら「愛は死を超える」と歌うとコンセプシオンは「大袈裟だわ」。とにかくこの奥さん、ドライで即物的。
第7場
そこに銀行家のドン・イニーゴがやってくる。彼もコンセプシオンを狙っている。尊大で慇懃な口説き。コンセプシオンは「時計には耳があるわ」というが、イニーゴは口説きを止めない。ラミーロが降りてくるので奥さん慌てて「引越し屋が来てるの」と言う。
特徴のある附点付きの音形がイニーゴのモチーフ。威厳のある旋律だが、口説きの場の音楽は滅法エロい。
ラヴェル 「スペインの時」 マゼール指揮フランス国立放送管弦楽団(その1)_a0240098_2332315.png

さてようやく登場人物が出揃いました。続きはまた後日。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2012-02-22 20:41 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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