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ストラヴィンスキー自作自演集WORKS OF STRAVINSKY (その13)

あんず酒ソーダの発音の難しさは新春シャンソンショー並み。




CD13枚目はChamber Music&Historical Recordings Vol.2のタイトル。

  ①デュオ・コンチェルタント(1931~32/1932放送初演) [1945.10.11-13録音]
  ②イ調のセレナード(1925) [1934.7.5-13録音]
  ③2台のピアノのための協奏曲(1931,34~35/1935初演) [1938.2.16録音]
  ④ピアノ・ラグ・ミュージック(1919/1919初演) [1934.7.5-13録音]
  ⑤2台のピアノのためのソナタ(1943~44/1944初演) [1961.11.30録音]
  ⑥ピアノ・ソナタ(1924/1925初演) [1960.12.28-30録音]

  ①ヨーゼフ・シゲティ(vn)、①②③④ストラヴィンスキー(pf) ③スーリマ・ストラヴィンスキー(pf)
  ⑤アーサー・ゴールド、ロバート・フィツデイル(pf) ⑥チャールズ・ローゼン(pf)


この一枚も、ストラヴィンスキーに今一つシンパシーを感じていない方々からすれば、なんとも取っつきにくい作品ばかり並んでいるように思われるかもしれません。ピアノやヴァイオリンの独奏曲の愉しみと言えば、通常ならば豪快な、あるいは軽妙な名人芸を聴くことであったり、美しく抒情的なメロディーの愉悦であったりする訳ですが、およそそれらとは程遠い不思議な音楽。また、2台ピアノの作品であれば、室内楽的な、あるいはハウスムジークとしての愉しみ、聴くよりは気の合う仲間と弾いてみたいと思わせるところが魅力でしょうが、ソナタの方はともかく、協奏曲の方は相当毛色が違う。斯く言う私だって、少し前なら駄作集で済ませたかも知れませんが、この数ヶ月浴びるようにストラヴィンスキーを聴いてきたおかげで、これはこれで風変わりだが面白い音楽だと思えるようになりました。
そもそもストラヴィンスキーにとってピアノとは如何なる楽器だったのか?最初期のピアノのエチュードなど、いかにもスクリャービンの亜流といった書法で書かれていて、ちょっと微笑ましいのですが、彼がこの路線を追求しなかったことは、ピアノ好きには大いなる損失であり、ストラヴィンスキーの好きな人間にとっては誠に幸いなことでした。あの素晴らしい「ペトルーシュカからの3つの楽章」は(さすがに本人にも上手く弾けなかったのか)収められておらず、このCDの諸作品の演奏では彼の腕前の本当のところは判らないとしか言いようがありません。「ペトルーシュカ」にしても、実際のところはあのポリーニの演奏が凄過ぎるものだから、20世紀を代表するピアノ曲みたいに思われているけれど、作曲家本人としてはもしかしたらオーケストラの不完全な代用品でしかなかったのかも知れません。以前の投稿で「結婚」や「ピアノ協奏曲」を取り上げた際に、ストラヴィンスキーのピアノ書法の素晴らしさを力説した訳ですが、ストラヴィンスキー自身は恐らくアンサンブルの中で他の楽器と溶け合うのでなく、鋭く対立する要素としてのピアノ、あるいは打楽器の一種としてのピアノを愛していたのであって、ラフマニノフやスクリャービンの延長線上にあるピアニズムに関しては若い頃は別として、基本的に興味がなかったのだろうと思わざるを得ません。

①「デュオ・コンチェルタント」はアメリカのヴァイオリニスト、サミュエル・ドゥシュキンと自らのリサイタルツアー(1932~34年)の演目として書かれたもので、他にも「妖精の口づけ」や「プルチネッラ」などのヴァイオリン・デュオの編曲が数多く書かれています。それ以前にヴァイオリンとピアノのデュオに興味を示した形跡はなく、同じ時期のピアティゴルスキーの為のチェロ編曲同様、祖国ロシアからの印税収入の無くなった時期の、糊口をしのぐ為のお仕事という以上のものではなかったと思われます。それならそれで、もう少しリサイタルで受けそうな曲を書けばいいものを、なんとも無愛想で乾いた曲想というのが一筋縄では行かない。第3曲Eglogue(牧歌)Ⅱと第5曲Dithyramb(デュオニュソス神への賛歌)は抒情の勝った美しいものですが、それとて万人受けはしないだろう。曲はともかくシゲティのソロが素晴らしい。普通なら禁欲的過ぎて色香に乏しいというイメージがあるのに、この作品では却って彼の音色が艶っぽく聞こえるのが実に面白く、不思議な味わい。第5曲は気高く、ちょっと神々しいほどだ。こんなシゲティの魅力をどれだけの人が知っているだろうか?もうこれはこのCDを所有している者だけが知る密かな悦びです。

②イ調のセレナード、リサイタルのプログラムに載せられるぎりぎりの体裁を備えている、という点で数少ないピアノ独奏曲の一つだけれど、これを聴いてかっこいい、とか俺も弾いてみたい、と思うピアノ弾きは少ないんじゃないかな。私もまぁ駄作の一つかな、と正直思います。擬古典的な音の選び方がなされていて、「プルチネッラ」(1919~20年)と「ミューズを率いるアポロ」(1927~28年)の橋渡しという意味合いはあると思いますが、あまりにもピアニスティックな要素がなくて、オーケストラの出来の悪いスケッチのように聞こえます。ちなみにyoutubeにソヴィエトのピアニスト、マリア・ユーディナの1962年の演奏なるものがアップされていて、音は良くないが演奏は自演盤よりなんぼか面白い。
http://www.youtube.com/watch?v=bCR_1bMC-qk

③息子スーリマとの共演を念頭に置いて書かれたコンチェルト。ストラヴィンスキーはこの作品の第1楽章を書いた後、通常の2台ピアノの響きが気に入らずプレイエル社に「ダブル・ピアノ」を特注したらしい(作曲年代が飛んでいるのはそのせい)。ダブル・ピアノ、ご存じでした?
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そんなトリヴィアはどうでもいいんだが、第3楽章の4つの変奏曲や、終楽章のフーガなど、2台ピアノならではのマッシヴな響きと意匠を凝らした作曲技法がそれなりに聴かせる。ただそれが好んで聴きたくなるか、と言えばちょっと別。どうしても私がピアノに求めるものとストラヴィンスキーのそれとが合わない感じですね。

④「ピアノ・ラグ・ミュージック」は以前にこのシリーズで少し取り上げたことがあります(2011-12-10のシリーズその7)が、小品ながらも前衛的で、非常に重要な作品だと思います。前年に書かれた「11楽器の為のラグタイム」とごく近い音楽ながら、より実験的で、まるで一般的なリサイタルを前提としていないように聞こえます。拍節が無茶苦茶な感じなのに、作曲家自身の演奏はそれでもちゃんとラグタイムのリズムになっているところがさすが。

⑤と⑥は自作自演ではないのでちょっと看板に偽りありの録音ですが、作品も演奏も上々の2作。⑤の2台ピアノのためのソナタは、フォーレの「ドリー組曲」やミヨーのピアノ曲を連想させるような平明な作品。ソナタというよりソナチネと呼びたくなるような小品ながら、その対位法的書法や、シンプルな主旋律と洒落た和声の組合せがストラヴィンスキーの円熟を示しています。これは広くピアノ好きの方々にも受け入れられるのではないでしょうか。⑥のソロ・ピアノのソナタは、ピアノ協奏曲の直後に書かれていますが、曲想はまったく異なっており擬パロック的な音楽。第2楽章はバッハの緩徐楽章によくあるような、オーボエが歌うみたいな旋律。第3楽章はまるでインヴェンションを聴いているかのような知性の勝った音楽。ローゼンのピアノは実によく合っております。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2012-02-08 23:26 | CD・DVD試聴記
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