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新国立劇場公演 R.シュトラウス 「サロメ」

会社の人が関西芸人のプラスマイナスの兼光に似ているのだが、職場が関東なので誰もしらない。



新国立劇場今シーズンの2作目は「サロメ」。関東で暮らし始めて2年半、このわずかな間に新国立で「影のない女」「アラベラ」「ばらの騎士」と観てきて、この「サロメ」でR.シュトラウスは4作目です。「影のない女」はゲルギエフ率いるマリインスキー劇場の引越公演でも観ましたし、私は行かなかったけれど二期会の「カプリッチョ」、バイエルン国立歌劇場の「ナクソス島のアリアドネ」なんてのもありました。独墺圏を別にすれば、R.シュトラウスのオペラの上演頻度に関しては、いつの間にか東京は世界有数の都市になったかのようです。シュトラウス好きな私にとっては本当にありがたい(お財布にはありがたくない)ことです。

  2011年10月22日
  指揮  ラルフ・ヴァイケルト
  演出  アウグスト・エファーディング
  サロメ エリカ・ズンネガルド
  ヘロデ スコット・マックアリスター
  ヘロディアス  ハンナ・シュヴァルツ
  ヨハナーン  ジョン・ヴェーグナー
  ナラボート  望月哲也
  東京フィルハーモニー交響楽団

今回の公演、またしても新国立劇場の底力の凄さを見せつけられました。サロメ役のエリカ・ズンネガルト、スタミナ不足を云々する向きもおられるかも知れませんが、前半は文句なしの歌唱。「7つのヴェールの踊り」の終盤はけっこう激しく踊りまくって、どこまで脱ぐのかなぁとちょっと下世話な興味もあって観ていたら最後は本当におっぱいまで晒して、根性が据わっているというか、びっくりしましたね(歌手というお仕事も大変)。さすがに踊った後しばらくは声量をセーブしていたせいか、少しもどかしい所もありましたが、ヨカナーンの首を得てから再び調子が出てきて立派に歌いきったという感じ。私は、サロメはあくまでも年端も行かぬ少女だと思うので、あまり妖艶すぎたり、ブリュンヒルデみたいな歌い方をするのはちょっとどうかと思います。その点彼女は、幾分線は細いのだけれど私の好みに合う歌手でした。実際、これだけ歌って踊れる歌手も少ないと思います。踊りだけバレエ・ダンサーが吹替えというのも興醒めですし、いくら声量があっても四股踏んでんのか、みたいな踊り見せられたら困ってしまいますから(笑)。
他の歌手でとにかく凄い、の一言だったのはヘロディアス役のハンナ・シュヴァルツ。声量・貫禄ともに群を抜いています。バーンスタイン、アバド、シノーポリらとも共演してきた百戦錬磨の大ベテランですが、ネットで調べてみたら1943年生まれ・・・って本当ですか?ちょっと信じられません。どんなに音量を上げてもヒステリックになったり吼えたりせず、余裕さえ感じられました。化け物としか言いようがない。
ヘロデ役のスコット・マックアリスターも適役。好色(というか、殆ど変態)、幼稚、わがまま、ヘタレ、落ち着きがない、男としてのありとあらゆるマイナス要素を凝縮したようなキャラクターで、しかも歌うには至難の役柄ですが、優れた歌唱で文句なしの出来栄え。実は少し前に、コヴェントガーデン王立歌劇場公演のDVD(フィリップ・ジョルダン指揮・デイヴィッド・マクヴィカー演出)を観て、ヘロデを歌ったトマス・モーザーが憎たらしいぐらい上手かったので、ついつい比較してがっかりするんじゃないかと心配していたのですが、杞憂に終わりました。
ヨカナーン役のジョン・ヴェーグナーも悪くはないのですが、預言者としての威厳という点で少し物足りないと思いました。地下牢から歌う時はPAのおかげで良い感じなのに、地上に出てきたらしょぼく聞こえるのはちょっと痛いですが、まぁそれだけ周りの歌手が凄いということで・・・。
ナラボート役の望月哲也も立派でした。取り返しのつかぬことをして絶望のあまり自殺する役ですが、粗雑に歌うと何だかよく判らないうちに唐突に死んでしまう感じがする、意外に難しい役だと思います。ただ甘い声というのではなく、追い詰められていく悲痛な感じがよく判り、自殺のくだりに納得感がありました。
その他、小姓、兵士、ユダヤの律法学者たち、いずれも不満なく聴けました。
肝心のオーケストラは、うねるような官能が感じられず若干の不満が残ります。チェレスタの一音がぴーんと耳に届くような室内楽的な部分は本当に美しいのですが、音が分厚くなると精密だけれどそれ以上でもそれ以下でもないという風に聞こえます。R.シュトラウスのオペラに対する楽団員の経験の少なさもあるでしょうが、やはり指揮者が少し淡白なんだろうか、と思います。聴きながら「もっとエロく!もっとえぐく!18禁で弾いてくれ!」と言いたくなりました。

舞台はどの地域の、どの時代を想定しているのかよく判りませんが、韃靼風というのか中央アジア風というのか、不思議な形の天幕のセット。衣裳もユダヤというより古代シリアと言われた方が納得がいくような感じ。その天幕の前に地下牢の巨大な蓋。少し錆の浮いたような鈍色(にびいろ)に光る蓋と、乾いた赤土のような色の天幕の対比が、荒涼たる旧約聖書の世界を彷彿とさせて、これはこれで違和感がない(もちろんサロメのお話自体は新約聖書のほうですが)。昔のパゾリーニの映画に通じるような荒廃の美を感じました。
近衛兵たちの幾何学的な動きや、奴隷頭のあれこれ指図する動きにも目を瞠るものがありました。ただユダヤ人達の、明治維新の頃の和装めいた衣裳にはちょっと苦笑しましたが。
それにしても、なんと陰惨極まりない物語なんでしょう。結末は判っていても、いざ目の当たりにするとやりきれない思いがします。音楽自体はうわべの不協和音ほどには病んでいなくて、その後のいわゆるユーゲントシュティルな作品と比べると、R.シュトラウスとしては例外的なぐらい対位法的書法が少なく、つる草のようにどこまでも旋律が続くというのでもなくて歌の旋律の各々はすっきりとしたプロポーションで書かれています。やはりオスカー・ワイルドの原作があまりにも病的なせいで、却って音楽が直線的な(健康的といってもいいくらいの)表現に留まってしまったとみることも出来そうです。その病的な物語と、官能的ではあるが世間で言われているほどには病的でない音楽との微妙なバランスが「サロメ」の醍醐味なのだと聴いていて気付きましたが、やはり観終わったあとの後味の悪さは格別でした。
by nekomatalistener | 2011-10-23 16:27 | 演奏会レビュー | Comments(2)
Commented by rosemary7 at 2011-10-27 13:42 x
サロメとえば、今から二十数年前にパリOpera座で、真っ白い砂漠に真っ白な廃車という演出のケント・ナガノ指揮のを、主人と観ましたが、やっぱり見終わった後の「後味の悪さは格別でした」。最近、彼はどうやNekomatalistnerさんのおかげでOperaにはまり始めているようですが・・・、当時は、あれでOperaがいやになったかも・・。
Commented by nekomatalistener at 2011-10-27 18:32
rosemary7さんようこそ。パリでサロメとは羨ましいかぎりです。どなたの演出か知りませんが、なんかデイヴィッド・マクヴィカーの、ナチスのSSみたいなのが出てきたり、首切役人が全裸になったりするサロメなんかまともな部類なのかも知れませんね。
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