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ヤナーチェク 「利口な女狐の物語」 ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(その3)

サザエさんに出てくるタイコーバさんってどこの国から出稼ぎにきた人なの?って某ブログを見て吹いたが、実は私もこの歳(49歳)になるまで「妙子おばさん」だと思ってました。正しくは「タイ子おばさん」なんですね~。よく考えたら一人だけ海と関係ないってのもヘンな話だわなぁ。知らんかった。





第2幕、次の場面は夏の夜。なんという自由な、何物にも囚われない音楽でしょうか。癖のある拍節とペンタトニックなヴォカリーズによる森の動物達の合唱。突拍子もない連想ですが、物心付いた頃、テレビの前で「ジャングル大帝」が始まるのをわくわくして待っていたことをふと思い出しました。大人の為の童心の音楽という感じがします。
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ビストロウシュカの様子を一匹の雄狐(ズラトフシュビーテク)が伺っています。女狐の気を惹こうと雄狐の語る「あなたは理想的な現代女性だ。煙草はお吸いになるのですか」とか、「僕はあなたのことを小説やオペラに書くからね」といったセリフが笑わせてくれます。雄狐は彼女のご機嫌を取るため兎を採りに駆けていくと、ビストロウシュカは「あたしってそんなにきれいかしら」とつぶやき、兎を捕まえて戻ってきたズラトフシュビーテクとの二重唱が始まります。
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ほとんど語りだけで出来ているようなこの作品の中で、この場面はいわゆる「愛の二重唱」というべきもの。ここぞとばかり狐たちは大きなアーチを描く旋律を歌いあげ、オーケストラは官能的な音楽を奏でます。官能的というと何とかの一つ覚えみたいに「トリスタンとイゾルデ」を引合いに出すのは気が引けますが、本当にトリスタンや、いやむしろ、この場面に相応しいのは「ヴァルキューレ」のジークムントとジークリンデの二重唱の方かも知れませんが、それらに匹敵する狂おしいばかりの濃密な音楽です。色彩的な変二長調を中心とするフラット系の調性が支配している所為で、ふとプッチーニの一節が頭をよぎったりもしますが、もちろん他のどんな音楽にも似ていないのは再三申し上げてきた通りです。次の譜例は二重唱のクライマックス、ロ長調に転調してしばらくすると同じ旋律が変ハ長調の記譜になります。ロ長調も変ハ長調も一緒じゃないのか、と言うなかれ。可能な限りヤナーチェクの耳にはそう聞こえていたであろう調性で、我々も耳を研ぎ澄ませて聴かねばなりません。
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巣穴にもぐり込んだニ匹を覗き見したお堅いふくろうが、「私達のあのビストロウシュカが、あんなにお行儀の悪いことを!」と嘆きますが、リス達やハリネズミは大喜びで哄笑します。なんともおおらかな性の賛歌。
きつつきの司祭が二匹の結婚式を執り行い、森の動物たちのアポテーズが始まります。この部分もちょっと他に例を見ない独特の音楽です。凶暴なリズムでいやが上にも聴き手の興奮を誘うところは、ストラヴィンスキーの「結婚」を連想させなくもありませんが、実は私はストラヴィンスキーの春の祭典や結婚をバーバリズムの音楽とは考えておりません。あれはプーレーズが喝破した通り、「制御された混乱」なのであって、実態は極めて知的な音楽だと思っています。それと比べると、この森の動物達のほうがよほどバーバリックな音楽だと思います。(ストラヴィンスキーについてはいずれ項を改めて書きまくりたいと思っています)。

第3幕は変二短調(嬰ハ短調ではなく)の前奏曲で始まります。変ニ短調の平行調は変ヘ長調となり、理論的にはあり得ない調性なのですが、ヤナーチェクはEの音がほしい時はわざわざFのフラットで記譜しています。行商人ハラシュタが現れ民謡調の歌を歌いますが、ここはシャープだらけの嬰ハ短調の記譜になっており、どんなにヤナーチェクが調性に対する感覚を重視しているかがここでも見て取れます。
続いて森番が登場し、ハラシュタを密猟者ではないかと疑います。ハラシュタは言い逃れをしますが、森番が死んだ野兎を餌に狐の罠を仕掛けると、先回りして狐を捉え恋人に贈るマフにしようと思い立ちます。
狐の夫婦と沢山の子狐たちが登場、子狐の合唱はバルトークが採集したルーマニアやハンガリーの農村の民謡を思わせます。ころころとじゃれている犬や猫の子を見ていると、どこからこんなエネルギーが湧いて出てくるのか、と思う時がありますが、この合唱は正にそんな感じの活気に溢れたものです。
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狐の夫婦は、また来年の5月になったら子供を作ろうと、幸せに溢れた二重唱を歌います。ホ長調でハラシュタが機嫌よく現れますが、罠に気付いたビストロウシュカはハラシュタを翻弄し、その隙に雄狐と子狐達は野兎をまんまと食べてしまいます。きりきり舞いのハラシュタ(3/4拍子と1/2拍子!が激しく交替します)が、よろめいて鼻の頭に怪我をすると、音楽は変イ短調に転じて、いよいよ悲劇が始まる、ただならぬ様相を呈し始めます。三連譜と四連譜のぶつかり合い、5小節単位のフレージング、森の中に突如深淵が現れたかのような恐るべき音楽。逆上したハラシュタが発砲し、ビストロウシュカは死んでしまいます。ここは敢えてミクロな分析は止めておきますが、発砲と狐の死のくだり、天才の筆致としか言いようがありません。万感の思いを込めたゲネラルパウゼの後に続く、わずか18小節のポストリュード。これ見よがしの悲しみは一切無いのに胸に迫ってくる素晴らしい挽歌であると思います。

変二長調の前奏に続いて、例の居酒屋の場面。まだ時刻は早く、愛想のない女将と校長、そして森番のみの寂しい光景です。前の場面からどれだけの時が経過したのかはっきりしませんが、森番は飼い犬のラパークが歳を取って動けないことを校長に話し、同時に自らの老いを感じています。悲劇の後の、しみじみとするような場面です。

深いブラス合奏の間奏曲の後、全曲の白眉というべき森番のモノローグが始まります。森番は明るい森の中で、妻との若かった日々を思い出しながらうとうとします。森の美しさを讃えながら感動的なモデラートA přece su rádを歌います。
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森番の夢の中で、これまで登場した全ての動物達が現れます。その中に女狐を見つけた彼は、今度は大切にしてやるから、と捕まえようとしますが、夢から目覚めるとそれは一匹の蛙でした。かつての狐との出会いを思いだし、森番は蛙に語りかけますが、蛙は「あれは僕じゃなくておじいさんだよ」と話します(森番が蛙のセリフを理解したのかどうかは不明ですが)。繋がっていく生命に感動した彼は銃を地面に落します。森番らしく、何と言って深遠なことを言う訳ではないのに、自然を越えた超越的な存在すら感じさせる深いモノローグです。森番の歌の最後はイ長調に転じて、あたかも自然への賛歌のように滔々と流れていきます。もうここで終わっても十分に感動的だと思うのですが、ここからブラスの咆哮に続いて奇跡のような変二長調のフィナーレが置かれています。例のシンフォニエッタに似た、荒削りでおおらかな音楽。気の利いた言い回しが浮かびませんが、ヤナーチェク以外の誰にも書けない素晴らしい音楽です。ここでも、小さな生き物たちとの親密な情景からいきなりカメラがズームアウトして広大な森や草原の映像に切り替わるような、一種の視覚的な喜び、軽い目眩すら覚えるような快楽を感じます。一体、ヤナーチェクは本気でこのオペラを舞台にかけるつもりがあったのでしょうか?もしかすると彼の頭の中にはアニメ映画のようなものがあったのではないか、と思われます。この作品が作曲されたのは1922年から翌23年に掛けてですから、既に映画は人々の娯楽としての地位を確立し始めた頃です。ただ、アニメーションが登場するのはあと20年ほど後のことですが、あながち無理な想像とは言えないと考えています。ちょっと真剣にスタジオ・ジブリさんにお願いしてみようかな、と(笑)。全曲通しても1時間35分、尺としても手頃ですし。あるいは、どうしても舞台で、ということであれば、あの「ライオン・キング」を演出した天才ジュリー・テイモアに演出してもらいたいですね。きっと今まで誰も見たことのない、大人も子供もわくわくするような舞台を作ってくれそうな気がします。

音源のCDで森番を歌っているリハルト・ノヴァークが素晴らしいと思いました。ちょっと癖というのか、時々皮肉な、あるいは意地悪そうな歌い方になる時もありますが、粗野でいて実は限りない優しさを持ち、同時に孤独な魂を抱えた森番のキャラクターを見事に演じています。女狐、雄狐、校長、ハラシュタ、いずれも優れた歌手達ですし、小さな動物や虫達を歌う子役も含めて誰ひとりとして穴のないキャスティングでした。「ルサルカ」で「はじけない指揮ぶり」と悪口を書いたノイマンも(比較の対象がないのでちょっとアレですが)、この演奏に関しては何の不満もありません。基本的には中庸を旨とする人なのでしょうが、ヤナーチェクを世に紹介したいという熱意と使命感が底に感じられる名演だと思いました。
私は基本的にはあまり自分の趣味を人に押し付けようと思わないほうですが、この作品に関しては本当に音楽を愛する全ての人に聴いてほしいと、声を大にして言いたいと思います。絶対に損はしませんよ。
(この項終わり)
by nekomatalistener | 2011-10-20 22:50 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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