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ヤナーチェク 「利口な女狐の物語」 ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(その2)

「あらびき団」打ち切り。一番残念がっているのは沼津みなと新鮮館のおにいさんだと思う。




このオペラ、まだまだ一般には知られていないと思うので、ごく簡単にあらすじも紹介しながら、音楽のディティールを見てみます。
スコアを一部引用していますが、EUや日本ではパブリックドメインですので問題ないでしょう。逆に英訳リブレットは入手できませんでしたので、CDの対訳が怪しいところはあまり検証できていません。

第1幕の前奏曲は調号なしの変イ短調のメランコリックなAndanteで始まります。
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感傷とは全く無縁な音楽であるにも関わらず、何かこう、ひしひしと孤独さが募るような音楽です。第1幕では、登場する動物も人間も、皆孤独を抱えた存在であるとでも言うのでしょうか。
全曲が調号なしで書かれていますが、転調が激しく全音音階が頻出するこの作品では調号なしで臨時記号で逃げたほうが記譜しやすいという事情があるのでしょうね。変イ短調は通常の記譜であればフラット7つ、実に譜読みしにくい調性です。めったにお目にかからない調性ですが、アルベニスの「イベリア」第1曲「エボカシオン」が変イ短調で書かれていますね。通常なら幾分譜読みしやすい嬰ト短調での記譜が一般的ですが、臨時記号で逃げるのならむしろ変イ短調を想定してフラット中心の記譜のほうが書きやすく読みやすいと思います。ですがここで重要なのは、曲想が嬰ト短調ではなく変イ短調として聴かれるべきものに思われることです。実はこの作品、これに続く殆どの場面がフラット系(変ホ、変イ、変ニ、変トの各調)で書かれており、独特の音楽の色彩感の源となっています。逆にシャープ系で印象に残る箇所としては、第1幕の鶏殺戮の大騒動(ホ長調)、第2幕で森番が銃を撃つが狐が逃げていく場面(イ長調)、終幕の森番の自然への賛歌(イ長調)を挙げることができます。楽譜を見る習慣のない方には実に退屈な議論でしょうし、楽譜が読める方の中にも、嬰ト短調と変イ短調の違いなど(少なくとも平均律に慣れてしまった現代人には)無意味であると仰る方がいるだろうと思います。しかし譜例に見る「ためいき」の下降音形には、どうしても変イ短調でしかありえないと感じるのは私だけではないと思います。これぐらいにしておきますが、私はここで、ヤナーチェクが調性の扱い方について実に鋭敏な感覚を持っていたに違いないことをどうしても述べておきたかったのです。

前奏に続いて蠅やとんぼのパントマイム。森番が登場、森の中で独り銃に語りかけながら居眠りをします。こおろぎ、きりぎりす、蚊、蛙が登場。森番の血を吸って千鳥足の蚊はワルツを踊ります。蛙に興味津々の子狐が登場、驚いた蛙が飛び跳ねると、森番の顔に落ちます。森番が飛び起きるとそこには親とはぐれた子狐。森番は子供達への土産に狐を捕まえます。
続く間奏曲はまたしても変イ短調。これも孤独感、いやむしろ悲劇性を湛えた特異な音楽、本当に類まれな音楽だと思います。題材が特殊ということもあって、この作品をオペラとして舞台にかけ、群衆の一人として観たり聴いたり、ということがどうもそぐわない感じがします。この旋律の最期の4つの音(B-Des-As-Es)がそのまま狐の哀れっぽい泣き声になります。
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森番が狐(ビストロウシュカ)を持ちかえると、妻は蚤がいるんじゃないかと嫌がります。おかしいのはその後、つい先ほどの場面で「ママ、ママ」と泣いていた子狐が、いきなり口の達者な女狐になっています。まぁ原作が漫画ですからね(笑)。
飼い犬のラパークと恋をめぐる会話。そこに森番の子供たちが現れ、棒で狐を突っついていじめると、狐の逆襲に遭います。妻は怒り狂い、森番は狐をひもで縛ってしまいます。
この後、夜から夜明けにかけての時間の経過を変ロ短調から変ロ長調を経て変ト長調に移りゆく間奏曲が表しますが、この部分の美しさは譬え様もありません。ここまで夜明けの微妙な色彩の変化を描いた音楽というのは、おそらくラヴェルの「ダフニスとクロエ」ぐらいしかないんじゃないかと思う程です。
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鶏たちがやってきて、卵を産まないビストロウシュカをからかいます。彼女は雌鶏たちに、雄鶏の支配から逃れて立ち上がれとアジテーションを行いますが、盲目的な雌鶏には雄鶏なしの生活が考え付きません。怒ったビストロウシュカは次々と鶏たちを噛み殺します。喚き散らす森番の妻、森番に棒でぶちのめされそうになったビストロウシュカはひもを噛み切って逃げていきます。スケルツォのようなこの場面、ホ長調が主であることは先に書いたとおりですが、最後は変ホ長調の大混乱で幕を閉じます。

第2幕、穴熊の住む巣穴が欲しくなったビストロウシュカは、森の獣達を味方につけて穴熊に言いがかりをつけ、最後は巣穴に放尿して穴熊を追い出してしまいます。まるで一昔前の地上げ屋のようなあくどさです。もうお気づきでしょうが、この物語では確かに動物は擬人化されていますが、人間の道徳律とはまるで無縁の存在です。とてもじゃないがメルヘンとは言えません。また、動物達は種を超えて自由に会話をしていますが、人間との意思の疎通は全くありません。
この場では全音音階がブリッジの役割をして、調性は変二長調からロ長調に至るまで自在に変化します。変イ長調に転じて、居酒屋の喧騒を表す場面転換のバーバリスティックな間奏曲。

次の居酒屋の場は、酔っ払ってぐだぐだの人間の男達ばかり登場します。狐の一件でくさっている森番は牧師や校長に執拗に絡みます。牧師はラテン語の警句を呟き、校長はある女のことが忘れられず湿っぽい酒を飲んでいます。まったくぱっとしない連中ですが、彼らに向けるヤナーチェクの眼差しは暖かく、音楽としては不思議に味わい深いものがあります。しかしこの音楽を語るにはもう少し繰り返し聴き、私自身ももっと年をとらねばならないという気がします。べろべろになった校長は道を踏み外してひまわり畑に落ち、ひまわり相手に口説き始める始末。牧師は昔手痛い目に遭った恋を思いだしモノローグを歌います。銃をもって現れた森番がビストロウシュカを見つけ発砲しますが、弾が逸れ、狐は逃げていきます。この後、突然音楽はイ長調になりますが、映画でいうならカメラがズームアウトして突然視界が開け、大草原が目の前に現れたかのような効果があります。ヤナーチェクの独特の調性感覚を感じるとともに、まるで映画かアニメーションを観ているような気分にもなります。実際、舞台で動物の着ぐるみを見せられるよりはアニメにしてみたい感じがします。ジブリさん、どうですか?(笑)。
CDはここまでが一枚目に収められています。第2幕の後半は次回に。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2011-10-12 19:46 | CD・DVD試聴記
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