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東京・春・音楽祭 ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

今までで一番泣けた本っていやぁ、やっぱり荒木経惟の『チロ愛死』かな(汗)。





「東京・春・音楽祭」の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(演奏会形式)に行って参りました。

  2012年4月7日
  楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
  ハンス・ザックス: アラン・ヘルド
  ポーグナー: ギュンター・グロイスベック
  べックメッサー: アドリアン・エレート
  コートナー: 甲斐栄次郎
  ヴァルター: クラウス・フロリアン・フォークト
  ダーヴィット: ヨルグ・シュナイダー
  エーヴァ: アンナ・ガブラー
  マグダレーネ: ステラ・グリゴリアン
  指揮: セバスティアン・ヴァイグレ
  管弦楽: NHK交響楽団
  合唱: 東京オペラシンガーズ
  合唱指揮: トーマス・ラング、宮松重紀
  於東京文化会館

これだけの長大な作品を演奏会形式でやるのって、どうなんだろうと、チケット買う時に少し迷ったものですが、歌手が粒ぞろいでしたので、大変感動しました。良かったところは枚挙にいとまがありませんが、中でも第3幕、ヴァルターの夢解きの歌、続くザックスの靴屋の歌からエーヴァの感謝の歌のところなど、そして第2場の、民衆がザックスを讃えて歌う場面等々、恥ずかしながらすっかり涙腺が壊れてしまいました。
今回何より興味があったのは、あのクラウス・フロリアン・フォークトがヴァルターをどう歌うか、ということ。昨年の「ローエングリン」の時、彼の声について私はどうにも好きになれず、「この声がヘルデン・テノール?ちょっと待てよ、と言いたくなる」と書きました(2012年6月14日投稿)。しかし今回のヴァルターに関しては、本当に素晴らしい声だと思いました。実のところ、昨年の「ローエングリン」の時よりも、心なしか声が太くなったようにも思う。それがフォークトの年齢の所為なのか、それとも演奏会形式で舞台よりも声が生々しく聞こえる所為なのか、はたまた得体の知れぬ聖杯の騎士と、同じ騎士でも喜劇に登場する生身の人間たる役柄の違いをフォークトなりに歌い分けた結果なのか、私には判りかねるのだが、たとえ「ローエングリン」の時の、あのビロードのようなピアニッシモが今回聴けなかったとは云え、他に類を見ない美しい声であるのは確かだ。もっとも、彼のヴァルターが完璧無比であった訳ではなくて、「夢解きの歌」などさらさらと流れ過ぎて、もう少したっぷりと歌ってほしいと思わなくもない。思うに、フォークトの声というのは、あまりにも低音から高音まで、どこをとっても輝かしく、ある意味むらが無さ過ぎる結果、ことさらメリハリのない表現に聞こえてしまうのかも知れない。このことは、今後彼の声が更に太くなって行った時、大きな問題となりうる所だろうが、今日のところは瑕というレベルではない。他にも小さな事故がニ、三あったけれど、それらをあげつらうつもりは毛頭ありません。それにしても彼の声を「ヘルデン」と呼ぶのはどうしても納得が行きません。今のところ、舞台では賢明にもリリックな役柄を中心に歌っているようだが、このままもう少し声が太くなればいずれジークムントなども歌うようになると思います。その時まで「ヘルデン」という称号はお預けにしたほうが良いと思うのだが・・・。
フォークトもさることながら、べックメッサーを歌ったアドリアン・エレートには本当に驚かされました。一昨年の新国立劇場の「コジ・ファン・トゥッテ」のグリエルモ、同じく「こうもり」でアイゼンシュタインを歌っていた人ですが、聴く度によくなっているように思います。この滑稽な役回りがこれほど音楽的に歌われることも珍しかろうと思うが、ワーグナー自身はべックメッサーをオペラ・ブッファのように歌うことに強く反対していたというから、これは本当に役柄の本質に迫る素晴らしい歌唱と言ってよいと思います。
ザックスを歌ったアラン・ヘルドは、声もちょっと強面の見た目も役柄に良く合っていますが、音程がややぶれたり、オーケストラと縦の線が合わなかったり、と事故が多かったように思います。もっとも、全体の出来からすれば小さな瑕にしか過ぎないと思います。
エーヴァを歌ったアンナ・ガブラーも一昨年の「こうもり」でロザリンデを歌っていましたが、その時は今一つという感想でした。ですが今回はとても良かったと思います。もっとも、エーヴァ役はどうしても出番が少なくて割を食った感じがします。
ポーグナーと夜警の二役を歌ったギュンター・グロイスベックは素晴らしい美声のバス。プロフォンドでしかも色気のある声。夜警の歌の2回目はどういう訳か精彩を欠いていましたが。
その他脇役ながら、おっちょこちょいの徒弟ダーヴィット役のヨルグ・シュナイダー、パン屋の親方コートナーを歌った甲斐栄次郎も、役柄に寄り添った素晴らしい歌唱。マグダレーネのステラ・グリゴリアンや、その他大勢のマイスター達も過不足なし。
合唱の東京オペラシンガーズについても賛辞を贈りたい。今回の公演、本当にソロ、アンサンブル、合唱といずれも穴がなく、まさに声の饗宴という風に私は聴きました。
指揮のセバスティアン・ヴァイグレについては、そつがないと言うか、あまり特筆すべきところは無かったように思います。N響については、最初の二幕はどうも弱音になると精密だけれど音が痩せてしまうのが難点。第2幕の「ニワトコのモノローグ」の序奏、花の香りが夜のしじまにむせかえるような、密度の濃い弱音を期待していたのだが、弦のトレモロがなんだかきたない音で興醒め。しかし第3幕に至ってようやく完全燃焼といった感じがしました。なんせ長丁場ですから、これは意識的に前半は抑えていたということでしょうか。終わりよければ全てよし、で全体としては大いに満足した訳ですが。
字幕で気になったのは、「ニワトコのモノローグ」で「リラの香り」と訳していたこと。ここでいうニワトコはセイヨウニワトコのことであって、日本のニワトコは似て非なる、というかあまり匂いがよろしくない、ということで敢えて「リラ」と訳したのか?と思って調べてみると、こんな記事が・・・1928年オーストリアで流行った「白いニワトコの花がふたたび咲く頃」という歌が、パリでは「白いリラの花の咲く頃」と歌詞を置き換えて流行し、それが1930年に日本にもたらされてあの宝塚の「スミレの花咲く頃」になったそうな。翻訳はそのあたりの事情も踏まえて訳しているということでしょうか。
演奏会形式ということで、舞台で観るより物足りないかなと思っておりましたが、歌手達が歌いながらちょっとした所作をする、それは目配せ一つ、という場合もあるのだが、それだけで十分にお話の面白さが伝わりました。意外なほど見やすく、退屈する暇もない優れた演奏会であったと思います。以上、興奮醒めやらぬままに備忘を書き記した次第。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2013-04-08 01:14 | 演奏会レビュー | Comments(6)