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シューベルト 「美しき水車小屋の娘」D795

取引先の合田(ごうだ)さんという方からメールが来るたびに、頭の中で「太陽光だゴーダ♪」というCMがエンドレスで鳴りだして困っています。それに、業務で団体積立保険の振込承認をするたびに、「純金積み立てコツコツ♪」というCMがこれまたエンドレスで鳴りだします。もういや。





久しぶりのカフェ・モンタージュで、シューベルトの「美しき水車小屋の娘」を聴きました。

 2017年4月2日@カフェ・モンタージュ
 シューベルト 「美しき水車小屋の娘」D795
  ペーター・シェーネ(Br)
  武田牧子・ヘルムス(Pf)

40人ほどのキャパのカフェでシューベルトを聴く。考えただけでわくわくするようなリサイタル。さぞかしインティメートな一時間だろうと予想していたのだが、ピアニストが野太い音で序奏を弾きだした瞬間「あれっ?」と思いました。数秒遅れてバリトンが歌いだした瞬間、ああ、この声も身振りも大柄な歌にはこの伴奏しかないのか、と納得するものがありました。物理的に声がデカいという訳ではないが、もう少し大きなホールのほうが聴き映えがするだろうと思わせる声。ドラマティックというより、演劇的と言ったほうがしっくりくる感じがしました。
シューベルトの作品の中でも最も抒情的と思われがちなこのツィクルスが本当に凄いのは、こういった演劇的な歌唱であっても何の違和感もないところでしょう。この作品の白眉は、第17曲「いやな色」と第18曲「しぼめる花」の落差にこそあったのだと気付かされる。この二曲の間にはほとんど深淵といってよいぐらいの虚無が広がっているようにも思います。それ以前にも、あちこちに現れる長調と短調の交代、あのシューベルトの音楽のトレードマークのように言われながらも、どちらかといえば垢抜けない、素人臭くさえ思われたメチエが、シェーネの歌唱では千々に乱れる心そのものの表現として聞こえるのにも驚きました。
ただ、この日の歌唱の全てを肯定するつもりはありません。本当に息もつかせない演奏ではありましたが、心を揺さぶられるような思いはありませんでした。CDなどで聴いてきて、下らない三文詩人の詩がどうしてここまで昇華されるのか、なぜ涙を禁じ得ないのか、と不思議に思う経験もしてきたのですが、この日の演奏にそこまで思わせるものはなかったという他ありません。では、何が足りなかったのか。
これは本当に言語化するのが困難ですが、一つは歌い過ぎ、ピアノも鳴らし過ぎ、会場が狭すぎ、といった身も蓋もない言い方になるのでしょう。だがもう一つは(私の信条としてあまり形而上学的な言説は弄したくないのだが)、なぜシューベルトがこのツィクルスにおいて、有節歌曲の形式と、より自由度の高い形式を対比させながら書いたのか、という考察の有る無しに関わるような気がします。心の欲するところに従い則を超えず、ではないが、最初の「さすらい」からして、歌手もピアニストも、どうもこの則を超えて奔放に走ってしまった感がある。有節歌曲の頸木とシューベルトのイマジネーションのせめぎあいがあればこそ、「しぼめる花」の後半、形式を大きく逸脱して、長調に転じてからの音楽の広がりが聴き手の涙を絞るのだろうと思うのですが、終にそのレベルには至らなかった、それどころか、最後の2曲が付け足しのように聞こえてしまった、ということでしょう。これは芸術家の円熟といったことではなくて、分析的アプローチの有無の問題という気がします。
だが、つらつら思うところはあっても本当に良い歌唱だったと思います。声質も容姿も気持ちよく、まだまだ伸び代のある歌手と思いました。
武田牧子・ヘルムスの伴奏、冒頭にも書いた通り野太く歌手に負けないピアノ。終了後のトークによれば、ずいぶんと久しぶりの合わせで、シェーネが前日に日本に着いたためリハもほとんど取れなかったようですが、歌にぴったりと寄り添ってどんなに劇的であっても破綻しないのはさすがです。ペダルが少な目なのは良いとして、もう少し余韻のようなものがあれば、というのは私の悪い癖の無い物ねだり。

最後にどうでもいい話。今回のチラシには「水車屋の娘」とあって、店主のトークによれば、彼女は粉屋の親方のお嬢さんであるので、水車「小屋」の娘ではなく「水車屋」という呼び名がよかろう、とのこと。私は以前ブリテンの「真夏の夜の夢」に関して書いた通り、作品の表題で逐語訳をしても仕方がないし、長く親しまれ、日本語としてのリズムが良い呼び名でいいと思っているので、断然「水車小屋の娘」派です。そんなに原義が大切なら「美しき製粉業者の娘」と呼んだらいいんじゃないか。ま、どうでもいいんですが(笑)。
(この項終り)

by nekomatalistener | 2017-04-07 01:01 | 演奏会レビュー | Comments(2)

シューベルト 高雅なワルツ

私らの世代って、たまに「嵐が丘」は手旗信号で人妻と話をする物語だとマジで思ってる人いるよね。




シューベルト舞曲集の第二夜。

  2016年3月24日@カフェ・モンタージュ
  「高雅なワルツ」
   ― シューベルト ピアノ作品全曲シリーズvol.6―

   3つのエコセーズ D816
   6つのドイツ舞曲 D820
   12のドイツ舞曲 D790(作品171)
   12の高雅なワルツ D969(作品77)

   (アンコール)
   プロコフィエフ シューベルトによるワルツ組曲

   ピアノ: 佐藤卓史

23日の感想にも少し書いたように、第一夜を聴いて、シューベルトってこんなもの、と思っていると第二夜を聴いてその豊かな熟成に驚くことになります。第一夜の作品は1816年~23年の作曲、第二夜は1823年から27年、そして作曲家の死は1828年。そんなに長い期間が経過したわけでもないのに何と言う変化がもたらされたことか。昨日の感想の中で、シューマンの世界までほんのひと跨ぎ、と書きましたが、第二夜はそのシューマンの世界に肉薄しています。いやそれどころか、シューマンの中でもとびきりの傑作である「ダヴィッド同盟舞曲集」に優るとも劣らぬ世界を知ることになりました。
演奏が始まる前に、例によって店主高田氏のトークがあるのですが、それによると「12のドイツ舞曲」D790の手稿はシューベルトの死後、シューマンの所蔵するところとなり、シューマンの死後ブラームスの手に亘ってようやく世間の知るところとなったと言います。このD790に限らず、シューベルトの多くの作品は作曲家の死後、兄フェルディナントやその他の音楽家の手によって草稿が守られたのですが、その多くは出版という形ではなく、ごく限られた人の秘蔵するところとなり、その全貌が広く知られるようになるのは殆ど20世紀に入ってから、ということのようです。だが明らかにシューマンはその天才を知っていたし、ブラームスやリストも知っていた。シューマンの「蝶々」「謝肉祭」「ダヴィッド同盟舞曲集」などは、シューベルトの舞曲、特にD790からの露骨なまでの影響を抜きにしては今後語ることができないだろうと思います。
演奏はまず「3つのエコセーズ」D816から始まりました。あっという間に終わってしまう小曲ですが、サロンが光で満たされるような気がするほど豊穣な音楽。次の「6つのドイツ舞曲」D820はウェーベルンがオーケストラに編曲していることで比較的有名な作品。ブーレーズが監修したウェーベルン全集の旧盤にはウェーベルン自身の指揮によるこの舞曲の歴史的演奏が収録されていました。これも、特段なにといって変わった和声が使われている訳ではないがとても面白い。佐藤氏のトークによればこのD816とD820は1824年、シューベルトがエステルハージ家の令嬢カロリーネのピアノ教師をしていた頃に作曲され、おそらくは彼女のピアノの教育的目的から書かれたものだろうといいます。
そしてD790。1823年に書かれたといいますが、12曲が調性や曲調などの緊密なプランの元に配列されているのは明らかです。先にも書いたように、この作品は今後シューマンの偉大な先駆的作品として甦るべきものだと思います。
最後に「12の高雅なワルツ」D969。1827年に出版されていますが、昨日の投稿でも書いたように、出版された作品については草稿が廃棄される習慣があったため、作曲の詳しい経緯はよく判らないようです。佐藤氏によればほぼ確実に、タイトルは出版社が勝手に付けたものであると言えるようです。それはともかく、先の3曲に比べると、ドイッチュ番号が遅いにも拘わらず、音楽としての成熟度は一歩後退している感じがなくもない。かなり以前に書かれた舞曲を後に出版したのかも知れません。
アンコールはプロコフィエフによるシューベルトの舞曲のコンピレーション。作曲者の個性は割と抑え気味だが、最後のほうにちょっとプロコフィエフっぽく和音を叩きつけて終わるのが微笑ましい。

佐藤卓史のピアノについてはほぼ昨日書いた感想通りですが、作品のレベルが上がると自ずから演奏も高揚していく感じ。今回のように、「曲を知る」という意味では何の不満もありませんが、ピアノの演奏を楽しむ、というのであればもう少しメカニックを磨く余地はありそう。
by nekomatalistener | 2016-03-26 17:50 | 演奏会レビュー | Comments(0)

シューベルト 感傷的なワルツ

3月14日投稿の枕の続きとしてぴったりなツイートが話題に。

つきしろ ‏@tsukishiron · 3月18日
インドア派の技術者を引き留めるために、なぜか部署のみんなで休日にハイキングという天下り老害が提唱する「仲間との一体感」を作り上げる施策を実施した結果、めでたく引き留め対象が全員退職したことが





カフェ・モンタージュで二夜連続シューベルト舞曲集リサイタル。まずは第一夜の備忘です。

  2016年3月23日@カフェ・モンタージュ
  「感傷的なワルツ」
  ― シューベルト ピアノ作品全曲シリーズvol.6―

   8つのレントラー 変ロ長調 D378
   3つのメヌエット D380(未完・佐藤卓史による補筆完成版)
   34の感傷的なワルツ D779(作品50)

   (アンコール)
   リスト 「ウィーンの夜会」より 第6曲

   ピアノ: 佐藤卓史


よほどのシューベルトマニアは別として、普段CDでこのような舞曲を立て続けに聴くということはどなたも殆どないと思います。その意味では大変貴重な機会でした。また、今回のリサイタルほど、この小さなカフェ&サロンに相応しいものもないと思います。大きなホールでは採算上の問題以上に、音楽の在り方として失われるものが多かろうと思います。
現代では忘却の彼方に沈んでいるようなシューベルトの舞曲ですが、店主高田さんのトークによると、1920年代あたりはけっこう人気があり、コルトーを初めとする名だたるピアニストがSPレコードに録音していたとのこと。とにかく一曲一曲が短いのでSPというフォーマットにはぴったりだと思いますが、店主が第一次大戦後のこの流行をビーダーマイヤー様式に関連付けていたのは面白い視点だと思います。もっとも19世紀前半のビーダーマイヤー様式が、ユーゲントシュティルのいわば反動として復権するのは1900年あたりと、20年代よりはやや早い時期のような気もしますが、いずれにしろそのころの中産階級のシンプルな居間で聴くには実に相応しい音楽であったことは理解できます。
店主に負けず劣らず奏者の佐藤氏もトークが上手い方でしたが、それによると歌曲王といわれるシューベルトだが歌曲の多くは作曲家がリスクを負う自費出版という形で後世に残され、資金回収が出来たものもあれば出来なかったものもある。その他の大規模な音楽はピアノソナタにしろ交響曲にしろ、ほとんど出版のあてもなかったのだが、舞曲だけは当時はとても人気があり、次々と出版されてシューベルトの数少ない収入源のひとつであったということです。

音楽について少々。最初のレントラーとメヌエットは1816年、シューベルト18歳の作品。レントラーは何の屈託もなくひたすら明るい音楽。和声もほとんどⅠ・Ⅳ・Ⅴの三和音だけで出来ているような感じ。傑作でもなんでもないが、普段着のシューベルトの姿がよく分かります。同時期のメヌエットはそれぞれ2つのトリオを持っていて、レントラーよりはやや規模も大きく仰々しい感じ(3曲目はトリオⅠの途中で未完)。だがこれも基本は家庭で演奏して楽しむための音楽だったのだろうと思います。
これがプログラム後半、1825年の出版、1823年に書かれたとされる「34の感傷的なワルツ」になると、音楽がやや陰影を帯びてくる感じ。もちろん基本は家庭音楽ですから単純な左手の刻みのうえで右手が旋律を弾くだけなのだが、右手は三度で重ねてあるところが多く、アマチュアにはすこし難しそう。クロマティックという程ではないのだが、ところどころ美しく移ろいゆく和声進行があったり、ヘミオラが現れたり、シューマンの「蝶々」を思わせるような音楽が続きます。中でも印象的な第13曲(譜例)は後にリストが「ウィーンの夜会」に編曲しているロマンティックな音楽。ここからシューマンの「謝肉祭」まではほんの一跨ぎという感じがします。
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ちなみに、佐藤氏のトークによると、当時は出版されると原稿(自筆譜)は廃棄されていたらしく、この34のワルツについても自筆譜がない。よって34曲の配列が作曲家の意図によるのか、出版社が適当にセレクトしただけなのかは分からないといいます。また、シューベルトにおいては「レントラー」も「ドイツ舞曲」も「ワルツ」も音楽的には特に差異はないのだけれど、自筆で「ワルツ」と書かれている作品は一つしかなく、他は「レントラー」か「ドイツ舞曲」あるいはタイトル無しであるそうだ。「感傷的なワルツ」というタイトルはどうも出版社のキャッチコピーであったようです。
リストの「ウィーンの夜会」をアンコールに持ってきたのは当然の流れ。これもマイナーな作品だが、そこそこ華やかな音楽が演奏家受けするのか、春秋社のリスト選集に楽譜が載っているからか、元ネタよりははるかに聴く機会が多い。シューベルトと並べて聴くことでより親しみの湧くものになりました。

佐藤卓史の演奏はいずれも活気にあふれていて、ムジツィーレンの愉しみがよく伝わってきます。曲が曲だけにこまかい瑕疵をあげつらうのも野暮というものでしょう。だがアンコールのリストとなると、ちょっとメカニックが追い付かない箇所があって心から楽しむという訳にはいきませんでした。起承転結の殆どないシューベルトを暗譜で弾いていたのにリストの方は楽譜を置いて視奏というのも解せないところ。準備期間が少し足りなかったのでしょうか、本当はもうすこし弾ける人だと思います。




さて、本稿を書き終えた時点で私は24日の第二夜を既に聴いている訳だが、第一夜に上記のような感想を抱いて第二夜を聴くとちょっとした衝撃を覚えることになりました。その時の感想は稿を改めて書きます。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2016-03-25 15:14 | 演奏会レビュー | Comments(0)

イーヴ・ナット Yves Nat Ses Enregistrements 1930-1956(その10)

これはピアノ弾きには痛い指摘(笑)。
  クラオタの毒舌な妹bot‏@claotas_bot8月5日
  お兄ちゃん。そんなにクラシック好きなのにどうしてハ音記号も読めないの?





シリーズ10回目。シューベルト、ショパン、ブラームス、ナットのレパートリーとしては周辺的であったであろう作品を集めた一枚。

  CD9
  シューベルト
    楽興の時 D.780 [1952.5.6以前の録音]
  ショパン
    ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調Op.35「葬送」 [19533.6.録音]
    幻想曲ヘ短調Op.49 [1953.3.6.録音]
    舟歌嬰へ長調Op.60 [1953.3.6.録音]
    ワルツ第14番ホ短調(遺作) [1930年録音]
  ブラームス
    2つのラプソディOp.79 [1956年録音]

シューベルトのピアノ・ソナタのような大曲はごく僅かしか彼の生前に出版されなかったと言いますが、「楽興の時」D.780は1823年とその翌年に第3曲と第6曲がそれぞれザウアー&ライデスドルフから出版された『音楽アルバム』に掲載され、1828年の彼の死の直前に6曲まとめて作品94として出版されました。第3曲が突出して有名ですが、シューベルトは一体誰を対象に、あるいはどのような機会を想定してこれらの作品を書いたのかが気になるところ。技巧的には平易な作品なので、おそらくプロがサロンのリサイタルで弾くためではなく、アマチュアが家庭で演奏することを想定しているのでしょう。子供の頃に即興曲集と一緒にレッスンで学んだ方も多いはず。それだけにプロが弾いて人に耳を傾けさせるのは意外に難しいという気がします。また、現代の我々が聴くと、そこに単なるハウスムジークの愉楽にとどまらないある種の瞑さや晦渋さのようなものが感じられ、ベートーヴェンのバガテル集と並んでブラームス晩年の小品集Op.116~119の先駆としての性格も認められます。
ナットの慈しむような演奏はこういった作品の性格にとてもよく合っている感じがします。終曲の無垢なる深遠さに静かに焔が宿るさまはハウスムジークの領域を遥かに飛び越えています。ひとつ気になったのは第2曲が調律の所為でところどころ耳触りな音が鳴ること。単に調律が拙いのか、それとも昔のフランスではこういう調律法もあって、変イ長調の属和音だと濁るのか。お詳しいかたの御教示をお待ちしております。

ショパンはいずれも超が附く位の有名曲ですので、作品そのものについて私があれこれ蘊蓄めいた事を記す必要はないでしょう。
ナットの演奏だが、2番ソナタは技巧が追い付かずに破綻しているところが多く、ピアニストのお仕事として弾かざるを得なかったにしても少々痛々しい感じがします。しかしその瑕に耳が慣れてくると、剛毅な表現がそれなりに味わい深く、彼が表現したかったことが見えてきて瑕が気にならなくなるのが不思議。特に最初の二つの楽章はミスタッチをものともせず、あるべきフレージングに徹して弾いているのが感じられ、思わず居住まいを正してしまう程。第3楽章の葬送行進曲はラフマニノフ盤に倣い、前半はpからffへ、後半はffからppへ、という外連味たっぷりの演奏だがナットのアプローチには合わない。それより何より、この改変はラフマニノフだから許されることであって少々頂けない。
「幻想曲」も惜しむらくは細部の磨きあげと響きの純度が不足しているものの、骨格は素晴らしいプロポーションで私は大いに気に入りました。技巧面で彼に数倍優る演奏家が、細部の精巧さに淫して崩れそうな演奏をするケースと比べれば遥かに好ましく思います。
「舟歌」は、私にとって「幻想ポロネーズ」と並んで大好きな作品ですが、「幻想曲」と同様のアプローチで謹聴に値する演奏でした。もちろんホロヴィッツのような不健康さというか、病的な陰りはナットには望むべくもないが、嬰ヘ短調poco più mossoからの中間部はショパンの深淵に迫るものを感じました。
遺作のホ短調ワルツはおまけみたいなものだが、SP時代のナットは颯爽としたテンポとテクニックでそれなりに聴かせます。

ブラームスの「2つのラプソディ」。少し前のアマチュアコンクールの定番曲というイメージがあるが、最近は流行らないのか、あまり聴かない気がします。少し手の大きな人であればアマチュアでもそれなりに勢いで弾けてしまうのだが、実はプロにしてもなかなか良い演奏は難しい(弾いている本人だけはけっこうカタルシスを感じているのが困ったものww)。ブラームスにしては作品そのものの出来も今一つという気がして、いずれにしても難物でしょう。
ナットの演奏も悪くはないのですが、作品の評価を塗り替えるほどのものは感じられませんでした。以前取り上げたヘンデル・ヴァリエーションやOp.117が素晴らしい演奏だったので、どうせなら晩年のその他の作品、例えばOp.119あたりを録音しておいてくれたら良かったのに、とまぁこれは無い物ねだり。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2013-08-08 02:07 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)

内田光子ピアノ・リサイタル

リサイタルでソリストがミスタッチするたびに頭を振る前の客(かなりウザイ。しかも頭でかい)。
マレー熊のツヨシ君だと思えばちょっとは可愛く思えるかな~と試してみるが無理。




内田光子のリサイタルに行ってきました。

 2011年11月7日(月) サントリーホール 大ホール
 シューベルト ピアノ・ソナタ ハ短調  D958
          ピアノ・ソナタ イ長調  D959
          ≪休憩≫
          ピアノ・ソナタ 変ロ長調 D960

内田光子については、最近すごいらしい、という話は聞いていましたが何となく食わず嫌いで熱心に聴こうとしないまま時が過ぎておりました。いや、正確にいうとジェフリー・テイトとのモーツァルトのシリーズのCDは、少しは聴いたがあまり感心しなかった。どんなフレーズも指のメカニックな運動にしてなるものか、という意思は良しと思うが、なんだか表情がいちいちうるさくてね。そんな訳でモーツァルトのコンチェルトはゲザ・アンダの全集があれば充分と思ってました(それとミケランジェリがジュリーニと協演した放送録音の幾つかがあればもうそれ以上何も望まない、と)。
今回たまたま学生時代の畏友からお誘いがあって行ったわけですが、結論から言えば本当に素晴らしいリサイタル、それも一生に何度あるか、というぐらいの充実したものでした。内田氏も既に還暦を少し過ぎて、恐らく今、ピアニストとしての絶頂期を迎えているような気がしました。メカニックと言う意味では僅かなほころびはありましたが、音楽的にはもう凡百のピアニストがよってたかっても足元にも及ばないような近寄りがたい域に達していると思います。

プロアマ問わず、シューベルトの遺作のピアノソナタを少しでも自分でさらったことがある人は、ハ短調・イ長調・変ロ長調を一晩で弾く事が、肉体的にも精神的にもどれだけ過酷なことかお判りだと思います。これらのソナタは耳で聞いて受ける印象、あるいは楽譜づらを目で見た印象よりは遥かに技巧的に難しいですが、だからといってリストばりの殊更なヴィルトゥオジテが要求されているという訳ではありません。ですが、この孤独な魂と語り合うような3作品は表面的な技巧以上に、張り詰めた精神の緊張が、それに伴う激しい気力の消耗を招くような気がします。もちろん弾き手だけでなく聴き手に要求される極度の緊張もただならぬものがあります。一言で言うなら「ありえない」プログラムだろうと思います。

なんといっても今回最も聞き応えがあったのはイ長調。豊穣な歌と幸福感に満ちた第一楽章のあと、精神の深淵を覗き込むような第二楽章の素晴らしさをどう表現したらよいでしょうか。彼女が忘我の境地で第二楽章を弾いている間、確かに二千人近い聴衆が周りを取り巻いていた訳だが、私は独りシューベルトの孤独に向き合う内田氏の、ひりつくような彼女自身の孤独の痛みを感じながら、自分の孤独が照り返されるのをただひたすら見守っていた、というべきでしょうか。この絶対的な孤独こそが晩年のシューベルト(31歳で死んだシューベルトに晩年という言い方が相応しいかどうかはともかく)の特徴、これをここまで表現しきった演奏というのはちょっと他に思いつかない。殆ど聴衆を拒絶するかのような深淵の表現の後だからこそ、軽快な第三楽章、リートの主題を借用したと思しい第四楽章の晴朗さが引き立ちます。私はこのイ長調に関してはクラウディオ・アラウのフィリップス盤が空前絶後だと思っていましたが、第一楽章の艶やかに花が咲くような主題の歌わせ方こそアラウには及ばないものの、第二楽章の深い解釈については内田氏がむしろ勝っていました。私自身もようやくアラウ盤の呪縛から解けそうです。それにしても最後の最後に第一楽章冒頭が回帰するところ、聴いていて胸が熱くなります。いつの日か、この世を早く去った懐かしい人達との再開の喜び、幸福感はかくもあろうか、という思いがしました。

リサイタル冒頭のハ短調も優れた演奏。聴き手の耳が慣れないせいか、それとも楽器そのものの鳴りのせいか、最初の曲目だけに大ホールではピアノの音が拡散してしまいがち、それでも終盤には気にならなくなってしまいます。第二楽章、ここでも聴衆を拒絶するかのような忘我の境地を見せる。ふと、彼女のシューベルトの演奏には、この巨大なホールではなく、小さいが良いピアノのあるホールでせいぜい数十名程度の聴衆に聞かせるのが正しい姿ではないか、と思う。彼女の人気、ステイタス、プロモーション戦略あらゆる面から不可能なのは分かっていても、そう思う。基本的に彼女のシューベルトは、群集に語りかける類のものではない。そもそもシューべルトの遺作三作自体が、本当に判ってくれるごく少数の人間に向けて書かれた音楽なんでしょうが、これを彼女は自分のための祈りのように弾く。そこには芸術家の正しい姿として、ショウマンシップの片鱗もない。それなのに、長大なリサイタルの最初だから、という計算があってのことでしょうが第一楽章提示部の繰返しなし。どうせ一晩のリサイタルとしては破格もいいとこなのだから遠慮せず繰り返してほしいと思う。第二主題変ホ長調から変二長調への和音の移ろいがあまりに美しくて、もう一度と熱望してしまいます。

休憩後の変ロ長調、まるで霧の向こうから現れたような茫漠とした第一主題、またしても作曲者と演奏者と聴き手の三つの孤独な魂の交感を感じます。内田氏は鎮魂の儀式を司る巫女のように思えてくる。桁違いに長い第一楽章が終わって深く息をつく暇も無く、再び深淵に沈んでいくような二楽章。私がもしプロのピアニストだったとして、このソナタを人前で弾く勇気はない。この孤独には耐えられそうにないから。彼女の強靭な精神力、孤独に耐える凄まじい力に満腔の敬意を表して、私も正直にその時感じていた真情を吐露しよう。このソナタを親しみ易い、とか暖かい歌心、とかいった感覚でしか聴けない者たち、語れない者たちは立ち去ってほしいと思う。シューベルトの心の闇に気づかぬ鈍感な人間はこの神殿に立ち入るべからずと思う。彼女の演奏をメカニックの瑕疵が以前より増えたとかなんとか、そんな基準でしか語れないものも去れ。確かに一曲一曲長いけれど、たかだか4,50分のソナタの楽章の合間の咳すら我慢出来ない者も去れ、と。私はオペラの帰りなど、不特定多数の聴衆との見えない紐帯を感じて、連帯感に満ちた暖かい気持ちを抱いて帰るのが常なのに、このシューベルトのリサイタルではそれは全く感じられなかったのです。自分とごく少数の聴衆だけが選ばれし者であるという幻想を抱いてしまう。もっと正直に言おう。この千数百人の聴衆の中で、本当にシューベルトの遺作のソナタの意義を正しく理解し、内田氏の演奏のよって立つところを理解しているのは俺と畏友と、あとせいぜい10人ぐらいじゃねえか、と(笑)。いや馬鹿な考えだというのは良く分かっています。これは限りなく大衆というものに対する悪意、いや憎悪といってもいいくらいの感情ですが、この感情はシューベルトの音楽そのものに根ざしているような気がしてなりません。シューベルトの本質が、大衆ではなく孤独な私のためにだけ語りかけるその音楽の本質が、私にそう思わせるのではないか。とくに晩年のシューベルトの解読にはこの悪意が重要な意味を持つような気がしています。心優しい友達想いのシューベルト、といった幻想はそろそろ止めませんか、と。子供の情操教育にシューベルト・・・やめといた方がいいですよ奥さん(笑)。
鬼火がちろちろと燃えるような冷たい火のような第三楽章のあとの最後のロンド、もうあと数分で終わりというところでちょっとした事故がおこり、一小節弾き直し。あちこちに無限ループに落ち込む罠が仕掛けられたこの楽章で、おそらく疲労の極致でふと魔が差したのでしょうか。全体からいえば本当に些細な瑕ですが心臓が停まりそうになりました。それでも本当に素晴らしい演奏でした。全曲を弾き終えた後、もう拍手拍手、私は普段スタンディングオベイションというやつが嫌いなんだが、今日は自然にそうしたくなった。今までごく僅かなモーツァルトの録音以外知らずに残念だって?それがそうでもない。この日こうして一生に数度限りというほど素晴らしい演奏を聞かせてもらって、もうそれだけで充分という気持ちです。
ちなみにイ長調のアラウは凄いが、ハ短調と変ロ長調はそれほどでもない。この二曲は私も決定盤を知りません。いずれ内田盤を聴いてみましょう。
by nekomatalistener | 2011-11-08 21:14 | 演奏会レビュー | Comments(12)