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シューベルト 「美しき水車小屋の娘」D795

取引先の合田(ごうだ)さんという方からメールが来るたびに、頭の中で「太陽光だゴーダ♪」というCMがエンドレスで鳴りだして困っています。それに、業務で団体積立保険の振込承認をするたびに、「純金積み立てコツコツ♪」というCMがこれまたエンドレスで鳴りだします。もういや。





久しぶりのカフェ・モンタージュで、シューベルトの「美しき水車小屋の娘」を聴きました。

 2017年4月2日@カフェ・モンタージュ
 シューベルト 「美しき水車小屋の娘」D795
  ペーター・シェーネ(Br)
  武田牧子・ヘルムス(Pf)

40人ほどのキャパのカフェでシューベルトを聴く。考えただけでわくわくするようなリサイタル。さぞかしインティメートな一時間だろうと予想していたのだが、ピアニストが野太い音で序奏を弾きだした瞬間「あれっ?」と思いました。数秒遅れてバリトンが歌いだした瞬間、ああ、この声も身振りも大柄な歌にはこの伴奏しかないのか、と納得するものがありました。物理的に声がデカいという訳ではないが、もう少し大きなホールのほうが聴き映えがするだろうと思わせる声。ドラマティックというより、演劇的と言ったほうがしっくりくる感じがしました。
シューベルトの作品の中でも最も抒情的と思われがちなこのツィクルスが本当に凄いのは、こういった演劇的な歌唱であっても何の違和感もないところでしょう。この作品の白眉は、第17曲「いやな色」と第18曲「しぼめる花」の落差にこそあったのだと気付かされる。この二曲の間にはほとんど深淵といってよいぐらいの虚無が広がっているようにも思います。それ以前にも、あちこちに現れる長調と短調の交代、あのシューベルトの音楽のトレードマークのように言われながらも、どちらかといえば垢抜けない、素人臭くさえ思われたメチエが、シェーネの歌唱では千々に乱れる心そのものの表現として聞こえるのにも驚きました。
ただ、この日の歌唱の全てを肯定するつもりはありません。本当に息もつかせない演奏ではありましたが、心を揺さぶられるような思いはありませんでした。CDなどで聴いてきて、下らない三文詩人の詩がどうしてここまで昇華されるのか、なぜ涙を禁じ得ないのか、と不思議に思う経験もしてきたのですが、この日の演奏にそこまで思わせるものはなかったという他ありません。では、何が足りなかったのか。
これは本当に言語化するのが困難ですが、一つは歌い過ぎ、ピアノも鳴らし過ぎ、会場が狭すぎ、といった身も蓋もない言い方になるのでしょう。だがもう一つは(私の信条としてあまり形而上学的な言説は弄したくないのだが)、なぜシューベルトがこのツィクルスにおいて、有節歌曲の形式と、より自由度の高い形式を対比させながら書いたのか、という考察の有る無しに関わるような気がします。心の欲するところに従い則を超えず、ではないが、最初の「さすらい」からして、歌手もピアニストも、どうもこの則を超えて奔放に走ってしまった感がある。有節歌曲の頸木とシューベルトのイマジネーションのせめぎあいがあればこそ、「しぼめる花」の後半、形式を大きく逸脱して、長調に転じてからの音楽の広がりが聴き手の涙を絞るのだろうと思うのですが、終にそのレベルには至らなかった、それどころか、最後の2曲が付け足しのように聞こえてしまった、ということでしょう。これは芸術家の円熟といったことではなくて、分析的アプローチの有無の問題という気がします。
だが、つらつら思うところはあっても本当に良い歌唱だったと思います。声質も容姿も気持ちよく、まだまだ伸び代のある歌手と思いました。
武田牧子・ヘルムスの伴奏、冒頭にも書いた通り野太く歌手に負けないピアノ。終了後のトークによれば、ずいぶんと久しぶりの合わせで、シェーネが前日に日本に着いたためリハもほとんど取れなかったようですが、歌にぴったりと寄り添ってどんなに劇的であっても破綻しないのはさすがです。ペダルが少な目なのは良いとして、もう少し余韻のようなものがあれば、というのは私の悪い癖の無い物ねだり。

最後にどうでもいい話。今回のチラシには「水車屋の娘」とあって、店主のトークによれば、彼女は粉屋の親方のお嬢さんであるので、水車「小屋」の娘ではなく「水車屋」という呼び名がよかろう、とのこと。私は以前ブリテンの「真夏の夜の夢」に関して書いた通り、作品の表題で逐語訳をしても仕方がないし、長く親しまれ、日本語としてのリズムが良い呼び名でいいと思っているので、断然「水車小屋の娘」派です。そんなに原義が大切なら「美しき製粉業者の娘」と呼んだらいいんじゃないか。ま、どうでもいいんですが(笑)。
(この項終り)

by nekomatalistener | 2017-04-07 01:01 | 演奏会レビュー | Comments(2)

シェルシ 「山羊座の歌」を聴く

「オスマントルコ」でGoogle検索406,000件に対して、「雄マントルコ」240,000件って多すぎるやろ。





23日は昼にグルッペン、夜にシェルシの「山羊座の歌」というダブルヘッダー。もうお腹いっぱい。


 2016年12月23日@カフェ・モンタージュ
 ジャチント・シェルシ 独唱のための「山羊座の歌」(抜粋)
 (第1,2,3,8,13,14,16,17,18,20曲)

 Sp:太田真紀


例によって店主高田氏のプレトークにほっこりさせられる。店主曰く、今日のお客さんはお昼のみやこめっせから流れてきた方が多いと思う。どうすれば昼公演に対抗できるか考えてきて、シェルシをやることにした。多分東京からもたくさん関係者が集まっているはずなので夜にこういうのをやれば皆さんくるだろう・・・(笑)。
カフェのいつもの観客席に30脚ほどの椅子、そしてそれに相対するように8脚の椅子が並べられている。観客席に向き合うように楽譜スタンドが立てられ、そのすぐ後ろに8脚の椅子に向き合うようにもうひとつスタンド、8脚の後ろにもスタンド、客席の真後ろの階段の上に更に一台のスタンド、つまり合わせ鏡のように四面舞台が設えられていて、8脚並びの椅子にもお客さんがすわる(当日はキャパ40人ほどのカフェは店主の読み通り満員御礼であった)。店主の「3つのオーケストラに対抗して四面舞台にしたら、ケージは五面舞台でした」というトークに皆大笑い。
ジャチント・シェルシについては何の予備知識も持たずに聴いた。「山羊座の歌」は夫人である平山美智子氏の存在がなければ生れ得なかった作品であること、1962年に原型が出来てから長い時間を掛けて作曲されたこと、ジェラール・グリゼーやトリスタン・ミュライユに影響を与えたこと、アシスタントに採譜させるスタイルが多少物議を醸すことがあったらしいこと、等々は後で知ったことである。
店主が照明を少し落とすと、お辞儀も拍手もなく控室からゆっくりとブリキの太鼓のようなものを鳴らしながら歌手が登場し、階段を上って歌い始める。歌、には違いないが、テキストらしきものは聴き取れない。微分音やグリッサンドの多用、舌打ちや喉を緊張させて絞り出すような声、それこそ山羊のべぇぇぇぇという鳴き声に似た声、叫び声、カップを口にあててこもらせた声、等々なんとも呪術的な世界が立ちのぼる。歌手は四面舞台を行ったり来たりしながら歌う。知らない人がこの光景を見たら、変な宗教の教祖様と信者の秘儀だと思うに違いない。
語法的にはべリオの「セクエンツァⅢ」(1965)やケージの「アリア」(1958)、リゲティの「アヴァンチュール」(1962)「ヌーヴェル・アヴァンチュール」(1966)、シュトックハウゼンの「私は空を散歩する・・・」(1972)なんかを聴いてきた人間にとっては腰を抜かすようなことはないのだけれど、ここで引合いに出した諸作と比べてもその音そのものへの執着というのは際立っているように思う。反面、洗練とか繊細さへはあまり関心が無さそう。およそ聴き手を楽しませようとするサービス精神も欠如している感じ。とはいえ、途中2回ほど現われる民謡風、あるいは日本の童歌(「かごめかごめ」のような)を思わせる単純な歌があったり、エコーマイクを通してグリッサンドの上端の音を響かせたり、終曲はリコーダーを吹きながら短3度の音程で発声したり、とあれこれしている内に45分ほどの時間があっという間に経ってしまったのも事実。音楽に感動や癒しを求める人には決してお薦めしないけれど私は実に面白く聴いた(深入りしたいかと問われたら微妙ではあるが・・・)。
歌い手の太田真紀にはお疲れ様の一言。この曲の演奏でこの人をどうのこうの評するというのは私には不可能である。べリオ、ブゾッティ、シャリーノなどを得意としているということなので機会があれば聴いてみたい。
(この項終り)

by nekomatalistener | 2016-12-25 11:16 | 演奏会レビュー | Comments(0)

ブゾーニ ヴァイオリンソナタ第2番ホ短調BV.244

アンネ・ゾフィー・フォン・カワウソさん。





今年はブゾーニ生誕150周年。名前だけはそこそこ知られているのに、メモリアル・イヤーなのに、なんか盛り上がらないですね。

 2016年10月8日@カフェ・モンタージュ
 ブゾーニ ヴァイオリンソナタ第2番ホ短調BV244(1900)

 ヴァイオリン: 谷本華子
 ピアノ: 奈良田朋子


ブゾーニの作品で最もよく知られているものと言えば、ロマンティックというか、やたら大仰なバッハのシャコンヌのピアノ独奏用編曲くらいなものでしょうか。だがこの一作でブゾーニについて云々するのはあまりにも気の毒というもの。えらく難しそうなピアノ曲、例えば「対位法的幻想曲」を聴くと、ヒンデミットに通じる様な面白さは感じるけれど、なかなか真面目に聴いてみようとはならないのが辛いところ。この人について何か語るならせめて「アルレッキーノ」「トゥーランドット」「ファウスト博士」の3つのオペラぐらいは聴き込んでからにしたいと思いながらも、あまりの人気のなさに少しはブゾーニ擁護論を書いてみたいという思いを禁じ得ません。
と言う訳で、まったく予備知識なしで聴いたリサイタルでしたが、想像以上に面白く聴きました。カフェ・モンタージュの店主の高田氏の、思い入れのある作品ということで、恒例のトークもいつも以上に長いものでしたが、ちょっと個人的な思いが強すぎるような気がするので、ここに備忘として内容を挙げるのは止めておきましょう。興味のある方は高田さんのツイッターにあれこれ書かれているのでご参考まで。

店主のトークを聴かずとも、この19世紀最後の年に書かれたソナタで、ブゾーニがバッハ以降の200年の音楽的蓄積を総括しようとしたことは明らか。一回聴いただけではなかなか理解できたとは言えないけれど、典型的な動機労作的書法という感じがします。簡潔な提示部というべき第一楽章、嵐のように過ぎ去るプレストの第2楽章、動機があの手この手で展開される長大な第3楽章がattaccaで演奏されます。高田氏も触れていたように、確かにセザール・フランクの影響は顕著だと思いましたが、こういった書法、建築史でいうならネオ・ゴシック様式と時代的にも重なる、ごてごてと暑苦しく書き込まれた書法というのは、リストの1850年代から60年代のある種の作品からの影響が大きいのではないかと思いました。例えば「バッハの『泣き、嘆き、憂い、慄き』による変奏曲」とか「B-A-C-Hの名による幻想曲とフーガ」などがそうですが、中でもリストがマイアベーアのオペラ「預言者」のコラール主題に基いてオルガンのために書いた「『アド・ノス・アド・サルタレム・ウンダム』による幻想曲とフーガ」という作品の長大さ、音楽的な多彩さがふと思い出されたのでした。ブゾーニはこのオルガンのための作品をピアノ独奏用に編曲しており、まさに彼のヴァイオリン・ソナタの源流として相応しい作品であると思います。ちなみにこのリスト=ブゾーニの「アド・ノス・・・」は若き日のモギレフスキーが演奏した素晴らしい録音がありますので、興味のある方は是非お聴きになることをお勧めします。

演奏者の谷本華子、奈良田朋子の両氏についても私は何の予備知識もなく聴いたのですが、素晴らしい演奏であったと思います。30代前半のブゾーニが気負いこんで書いた書法はヴァイオリンもピアノも相当技巧的に困難なはずですが、お二人とも実に危なげのないテクニックで胸のすくような演奏をされていました。また早いパッセージだけでなく、ゆっくりとした部分でのくぐもったような中音域の音色と、輝かしい高音域の対比も魅力的で、決して短くはない作品なのにあっという間に終わってしまったという印象。小さなサロン故、聴衆は30人といったところでしたが、ブゾーニの生誕150周年を祝うに相応しい一夜でした。
(この項終り)

by nekomatalistener | 2016-10-10 15:16 | 演奏会レビュー | Comments(0)

メシアン 「ハラウィ」を聴く

ことしの花粉症は楽だったが、ひょっとして加齢による知覚鈍化ではないかという気もする。





メシアン「ハラウィ」の全曲公演という、カフェ・モンタージュならではの一夜。


 2016年4月16日@カフェ・モンタージュ
 メシアン 歌曲集「ハラウィ ~愛と死の歌」 全曲
 (アンコール)
 メシアン 「3つの歌」より 第2曲「ほほえみ」
 林千恵子(Ms) 稲垣聡(Pf)


林千恵子という方、プロフィールを調べてみると桐朋学園大学音楽学部を卒業の後、84年からパリに留学とあるので年代的には私とほぼ同世代の方のようです。メシアンの他にジョルジュ・アペルギスやリュック・フェラーリなどの現代音楽を得意とする、との記述も。
「ハラウィ」に関しても随分昔からレパートリーとしていて、何度も歌ってきたようです。だが、当日の歌唱は残念ながら瑕の多いもので、高い音の音程が定まらなかったり声がかすれたり、かなり聴いていて辛いものでした。またもう少し声質に透明感があれば、という思いもあります。
もともと「ハラウィ」自体、メゾが歌うには音域が広すぎ、技術的にも過酷な要素を含んでいると思いますが、比較的低い音域ではそれなりの様式感が感じられ、長年歌い込んできただけのものはあると思いました。たとえば第4曲「ドゥンドゥ・チル」や第11曲「星のカチカチ」の呪術的な禍々しさ等。できれば10年ほど早く聴きたかったというのが正直な感想。
ピアノパートは「嬰児イエズスに注ぐ二十のまなざし」のレトリックにとても近いものがあり、かなりの技巧が求められます。稲垣聡の演奏は何ヶ所か右手が泳ぐ事故があったけれど、落ちずに一時間弾き切っただけでも賞賛モノといってよいのかも知れません。この方、コンテンポラリー音楽に興味がある人にはアンサンブル・ノマドのピアニストと言ったほうが通りがよいと思いますが、硬質で濁りの無い強音には聴くべきものが多いと感じました。ただ歌手との音量のバランスなどはもう少し改善の余地はありそうです。
アンコールは「3つの歌」の中でも最も短い第2曲。フランス歌曲の良き伝統を受け継いで、一瞬のうちに余韻を残して消えるのがなんとも粋(個人的にはドビュッシー風に始まって終盤にめくるめくようなメシアン独自の和音が出てくる第1曲のほうが好きだが)。演奏は本編のあとでいい具合に力が抜けて良かったと思います。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2016-04-18 23:02 | 演奏会レビュー | Comments(0)

シューベルト 高雅なワルツ

私らの世代って、たまに「嵐が丘」は手旗信号で人妻と話をする物語だとマジで思ってる人いるよね。




シューベルト舞曲集の第二夜。

  2016年3月24日@カフェ・モンタージュ
  「高雅なワルツ」
   ― シューベルト ピアノ作品全曲シリーズvol.6―

   3つのエコセーズ D816
   6つのドイツ舞曲 D820
   12のドイツ舞曲 D790(作品171)
   12の高雅なワルツ D969(作品77)

   (アンコール)
   プロコフィエフ シューベルトによるワルツ組曲

   ピアノ: 佐藤卓史

23日の感想にも少し書いたように、第一夜を聴いて、シューベルトってこんなもの、と思っていると第二夜を聴いてその豊かな熟成に驚くことになります。第一夜の作品は1816年~23年の作曲、第二夜は1823年から27年、そして作曲家の死は1828年。そんなに長い期間が経過したわけでもないのに何と言う変化がもたらされたことか。昨日の感想の中で、シューマンの世界までほんのひと跨ぎ、と書きましたが、第二夜はそのシューマンの世界に肉薄しています。いやそれどころか、シューマンの中でもとびきりの傑作である「ダヴィッド同盟舞曲集」に優るとも劣らぬ世界を知ることになりました。
演奏が始まる前に、例によって店主高田氏のトークがあるのですが、それによると「12のドイツ舞曲」D790の手稿はシューベルトの死後、シューマンの所蔵するところとなり、シューマンの死後ブラームスの手に亘ってようやく世間の知るところとなったと言います。このD790に限らず、シューベルトの多くの作品は作曲家の死後、兄フェルディナントやその他の音楽家の手によって草稿が守られたのですが、その多くは出版という形ではなく、ごく限られた人の秘蔵するところとなり、その全貌が広く知られるようになるのは殆ど20世紀に入ってから、ということのようです。だが明らかにシューマンはその天才を知っていたし、ブラームスやリストも知っていた。シューマンの「蝶々」「謝肉祭」「ダヴィッド同盟舞曲集」などは、シューベルトの舞曲、特にD790からの露骨なまでの影響を抜きにしては今後語ることができないだろうと思います。
演奏はまず「3つのエコセーズ」D816から始まりました。あっという間に終わってしまう小曲ですが、サロンが光で満たされるような気がするほど豊穣な音楽。次の「6つのドイツ舞曲」D820はウェーベルンがオーケストラに編曲していることで比較的有名な作品。ブーレーズが監修したウェーベルン全集の旧盤にはウェーベルン自身の指揮によるこの舞曲の歴史的演奏が収録されていました。これも、特段なにといって変わった和声が使われている訳ではないがとても面白い。佐藤氏のトークによればこのD816とD820は1824年、シューベルトがエステルハージ家の令嬢カロリーネのピアノ教師をしていた頃に作曲され、おそらくは彼女のピアノの教育的目的から書かれたものだろうといいます。
そしてD790。1823年に書かれたといいますが、12曲が調性や曲調などの緊密なプランの元に配列されているのは明らかです。先にも書いたように、この作品は今後シューマンの偉大な先駆的作品として甦るべきものだと思います。
最後に「12の高雅なワルツ」D969。1827年に出版されていますが、昨日の投稿でも書いたように、出版された作品については草稿が廃棄される習慣があったため、作曲の詳しい経緯はよく判らないようです。佐藤氏によればほぼ確実に、タイトルは出版社が勝手に付けたものであると言えるようです。それはともかく、先の3曲に比べると、ドイッチュ番号が遅いにも拘わらず、音楽としての成熟度は一歩後退している感じがなくもない。かなり以前に書かれた舞曲を後に出版したのかも知れません。
アンコールはプロコフィエフによるシューベルトの舞曲のコンピレーション。作曲者の個性は割と抑え気味だが、最後のほうにちょっとプロコフィエフっぽく和音を叩きつけて終わるのが微笑ましい。

佐藤卓史のピアノについてはほぼ昨日書いた感想通りですが、作品のレベルが上がると自ずから演奏も高揚していく感じ。今回のように、「曲を知る」という意味では何の不満もありませんが、ピアノの演奏を楽しむ、というのであればもう少しメカニックを磨く余地はありそう。
by nekomatalistener | 2016-03-26 17:50 | 演奏会レビュー | Comments(0)

シューベルト 感傷的なワルツ

3月14日投稿の枕の続きとしてぴったりなツイートが話題に。

つきしろ ‏@tsukishiron · 3月18日
インドア派の技術者を引き留めるために、なぜか部署のみんなで休日にハイキングという天下り老害が提唱する「仲間との一体感」を作り上げる施策を実施した結果、めでたく引き留め対象が全員退職したことが





カフェ・モンタージュで二夜連続シューベルト舞曲集リサイタル。まずは第一夜の備忘です。

  2016年3月23日@カフェ・モンタージュ
  「感傷的なワルツ」
  ― シューベルト ピアノ作品全曲シリーズvol.6―

   8つのレントラー 変ロ長調 D378
   3つのメヌエット D380(未完・佐藤卓史による補筆完成版)
   34の感傷的なワルツ D779(作品50)

   (アンコール)
   リスト 「ウィーンの夜会」より 第6曲

   ピアノ: 佐藤卓史


よほどのシューベルトマニアは別として、普段CDでこのような舞曲を立て続けに聴くということはどなたも殆どないと思います。その意味では大変貴重な機会でした。また、今回のリサイタルほど、この小さなカフェ&サロンに相応しいものもないと思います。大きなホールでは採算上の問題以上に、音楽の在り方として失われるものが多かろうと思います。
現代では忘却の彼方に沈んでいるようなシューベルトの舞曲ですが、店主高田さんのトークによると、1920年代あたりはけっこう人気があり、コルトーを初めとする名だたるピアニストがSPレコードに録音していたとのこと。とにかく一曲一曲が短いのでSPというフォーマットにはぴったりだと思いますが、店主が第一次大戦後のこの流行をビーダーマイヤー様式に関連付けていたのは面白い視点だと思います。もっとも19世紀前半のビーダーマイヤー様式が、ユーゲントシュティルのいわば反動として復権するのは1900年あたりと、20年代よりはやや早い時期のような気もしますが、いずれにしろそのころの中産階級のシンプルな居間で聴くには実に相応しい音楽であったことは理解できます。
店主に負けず劣らず奏者の佐藤氏もトークが上手い方でしたが、それによると歌曲王といわれるシューベルトだが歌曲の多くは作曲家がリスクを負う自費出版という形で後世に残され、資金回収が出来たものもあれば出来なかったものもある。その他の大規模な音楽はピアノソナタにしろ交響曲にしろ、ほとんど出版のあてもなかったのだが、舞曲だけは当時はとても人気があり、次々と出版されてシューベルトの数少ない収入源のひとつであったということです。

音楽について少々。最初のレントラーとメヌエットは1816年、シューベルト18歳の作品。レントラーは何の屈託もなくひたすら明るい音楽。和声もほとんどⅠ・Ⅳ・Ⅴの三和音だけで出来ているような感じ。傑作でもなんでもないが、普段着のシューベルトの姿がよく分かります。同時期のメヌエットはそれぞれ2つのトリオを持っていて、レントラーよりはやや規模も大きく仰々しい感じ(3曲目はトリオⅠの途中で未完)。だがこれも基本は家庭で演奏して楽しむための音楽だったのだろうと思います。
これがプログラム後半、1825年の出版、1823年に書かれたとされる「34の感傷的なワルツ」になると、音楽がやや陰影を帯びてくる感じ。もちろん基本は家庭音楽ですから単純な左手の刻みのうえで右手が旋律を弾くだけなのだが、右手は三度で重ねてあるところが多く、アマチュアにはすこし難しそう。クロマティックという程ではないのだが、ところどころ美しく移ろいゆく和声進行があったり、ヘミオラが現れたり、シューマンの「蝶々」を思わせるような音楽が続きます。中でも印象的な第13曲(譜例)は後にリストが「ウィーンの夜会」に編曲しているロマンティックな音楽。ここからシューマンの「謝肉祭」まではほんの一跨ぎという感じがします。
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ちなみに、佐藤氏のトークによると、当時は出版されると原稿(自筆譜)は廃棄されていたらしく、この34のワルツについても自筆譜がない。よって34曲の配列が作曲家の意図によるのか、出版社が適当にセレクトしただけなのかは分からないといいます。また、シューベルトにおいては「レントラー」も「ドイツ舞曲」も「ワルツ」も音楽的には特に差異はないのだけれど、自筆で「ワルツ」と書かれている作品は一つしかなく、他は「レントラー」か「ドイツ舞曲」あるいはタイトル無しであるそうだ。「感傷的なワルツ」というタイトルはどうも出版社のキャッチコピーであったようです。
リストの「ウィーンの夜会」をアンコールに持ってきたのは当然の流れ。これもマイナーな作品だが、そこそこ華やかな音楽が演奏家受けするのか、春秋社のリスト選集に楽譜が載っているからか、元ネタよりははるかに聴く機会が多い。シューベルトと並べて聴くことでより親しみの湧くものになりました。

佐藤卓史の演奏はいずれも活気にあふれていて、ムジツィーレンの愉しみがよく伝わってきます。曲が曲だけにこまかい瑕疵をあげつらうのも野暮というものでしょう。だがアンコールのリストとなると、ちょっとメカニックが追い付かない箇所があって心から楽しむという訳にはいきませんでした。起承転結の殆どないシューベルトを暗譜で弾いていたのにリストの方は楽譜を置いて視奏というのも解せないところ。準備期間が少し足りなかったのでしょうか、本当はもうすこし弾ける人だと思います。




さて、本稿を書き終えた時点で私は24日の第二夜を既に聴いている訳だが、第一夜に上記のような感想を抱いて第二夜を聴くとちょっとした衝撃を覚えることになりました。その時の感想は稿を改めて書きます。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2016-03-25 15:14 | 演奏会レビュー | Comments(0)

ヴォーン・ウィリアムズ 「旅の歌」 ~ 藤木大地リサイタル

前回の枕の続き。岸和田の局地的ヒット食品で「からやき」というのをやってたけど、私が幼少期のころ(だいたい大阪万博の前後)、ほぼ同じモノを「洋食焼き」と称して食ってた記憶が・・・あれはなんだったんだろ、と思ってwikipediaをみると、アレはどうも「一銭洋食」とか言われたお好み焼きのルーツみたいなことが書いてある。なんか歳感じるなぁ。ってかあの頃の食生活はふつーに貧しかったのかも。




昨年の11月に京都のバロックザールで藤木大地のリサイタルを聴いたばかりだが、またしても京都で彼の歌を聴く機会を得ました。といっても今回は小さなサロンでピアニストとのジョイント、時間的にもややコンパクトなプログラムであったにも関わらず大変聴き応えのある内容でした。

 2016年1月22日@カフェ・モンタージュ

  加藤昌則 旅のこころ(1998)

  ベートーヴェン ピアノソナタ第17番ニ短調Op.31-2

  ヴォーン・ウィリアムズ 旅の歌(全9曲)

  (アンコール)
  西村朗 木立をめぐる不思議(2015)

  加藤昌則 こもりうた(2005)

  福井文彦 かんぴょう


  カウンターテナー: 藤木大地
  ピアノ: 松本和将

藤木大地の声と表現力の素晴らしさについては昨年11月のリサイタルの時にも書いたので繰り返しませんが、今回は40人も入ればいっぱいになってしまうカフェでのリサイタルなので、よりインティメートな雰囲気を感じることができました。私は2013年のライマン「リア王」で、日生劇場の大ホールを満たす彼の声を聴き、昨年はやや小ぶりなバロックザール、そして今回のカフェと、様々な大きさの箱で聴いてきたわけですが、いずれの場合も声量や表現力にやり過ぎたり足りなかったりということがない。知的なコントロールの賜物ということだと思います。

リサイタルの最初に置かれた加藤昌則の「旅のこころ」、ポップスみたいな感じで軽く聴いていたら、途中から愛する恋人を失った人の歌だということが分かり、ぐっと来る。小手調べどころか、この一曲でこの日のリサイタルが構築しようとしていた世界にいきなり引き込まれてしまいました。こりゃやられたなぁという感じ。
藤木さんが一旦退場してピアノ演奏。カフェの店主が言うには、この日のプログラムのテーマは旅ということでしたが、ベートーヴェンのテンペストと旅の関係については触れずじまい。プロスペローらの旅ということかも知れないがベートーヴェンにはあまり関係のない話。それはともかく、松本和将の演奏、パッションがあふれ出すような気魄のこもった演奏、しかも技巧は確か。些か手垢の附いた感のあるこのソナタに対し、こういうアプローチがあるのか、と目を見開かされた思いがします。私は以前このブログで、イーヴ・ナットの弾くテンペストを聴いて、遊戯性とイタリアオペラの影響という観点からこのソナタを評したことがありました。それは今でも間違っていないと思いますが、この日の演奏はもっと重く、聴き手を解放するというよりも、ぎりぎりと息苦しいまでに追いつめるような演奏。ベートーヴェンの中期の始まりに位置する作品であるということを再認識させられました。正直なところ、藤木大地がメインでピアノは刺身のツマぐらいに思っていたらとんでもなかったということ。蛇足ながら、少しピアノのアクションの整備が足らなかったせいか、ペダルを離す時などに音が軽くビビることが多く耳障りなのが残念でした。

メインは全9曲からなるヴォーン・ウィリアムズの「旅の歌」。20代の終わりから30代の初め頃に書かれたこのRVW版「さすらう若人の歌」、おそらく作曲者の表現したい内容とメチエと年齢が奇跡の様にぴったりと重なった結果だと思うのだが、しみじみと良い曲だと思います。実は私、RVWについては交響曲を幾つか聞いた程度で、エルガーやホルストと並んで私の興味の外にある音楽なのだが、この歌曲集は折に触れて聴きたいと思っています。それにしても藤木の歌は声そのものも表現力も、素晴らしいと思いました。彼の声について、以前にカウンターテナーを聴いて感じる性差の混乱が無いと評したが、あんなに高い声で歌われていながらVagabondの声に相応しく聞こえるというのが不思議です。

ここまでが前もって発表されていた曲目で、ちょっとしたトークを挟んでアンコール。
まず西村朗の「木立をめぐる不思議」は2015年東京オペラシティのB→Cシリーズに藤木が出演した際に委嘱・初演されたものの再演。アンコールといっても12分ぐらい掛かるし、しかも物凄い緊張感に溢れた作品。その作風を一言で言うなら「新・表現主義」といったところでしょうか。歌もピアノも入魂の演奏で、これがプログラムのメインでも不思議でないほど。途中でピアニストがペダルを踏んだまま沈黙すると藤木の声が内部の弦と共鳴し、ざわざわとした響きが立ち昇る。なんという声の威力!私はまるで恐怖を感じたときの様に寒気がしました。
次に加藤昌則の「こもりうた」。これはうってかわって優しく慰撫するような歌。これで終わりかなと思ったらもう一曲。ユーモラスな「かんぴょう」。これが無ければ時間の割にへヴィなこの日のプログラムは閉じられなかったのだろう。前回も感じたことだが、アンコールも含めたプログラムビルディングに工夫の跡があってそれがまた楽しい。
ついでながら、ピアノは前回の中村圭介といい今回の松本和将といい、所謂伴奏ピアニストを遥かに超えたレベルにあります。同世代の彼らの存在は藤木にとっても大きな武器になるだろうと思います。どちらかといえばコンテンポラリー系は中村圭介の方が音の純度が高くて向いているような気がしましたが、RVWには松本和将の骨太さが合っていそう。たまたまなのかプログラムでピアニストを替えているのか分からないけれど、もし歌手が意識的に考えてピアニストを選択しているのなら、それに勝る贅沢はないだろうと思います。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2016-01-26 23:29 | 演奏会レビュー | Comments(0)

バルトーク 弦楽四重奏曲連続演奏会vol.3

電車の中で幼稚園くらいの女の子と親戚のおばちゃん風の女性の会話が聞こえてくる。おばちゃんが女の子にすきな食べ物を尋ねると、女の子が元気に「近大マグロッ!」と答えてはりました。





泉原隆志率いる弦楽四重奏団によるバルトーク連続演奏会の最終回は第2番と第6番。伸び盛りの若い演奏家が回を追うごとに成長していく様子は観ていて(聴いていて)素晴らしいと思いました。

 2015年4月24日@カフェ・モンタージュ
  バルトーク
   弦楽四重奏曲第2番Sz.67(1917)
   弦楽四重奏曲第6番Sz.114(1939)

  泉原隆志(vn)、長谷川真弓(vn)、金本洋子(va)、城甲実子(vc)


わずか半年ほど前に、第1回目(3番&5番)を聴いたときは、そのアンサンブルの瑕の多さに少しハラハラしたものですが、その分バルトークの音楽のフォークロア的な側面が際立ち、それはそれで実に面白いものでした。その後、第2回目(1番&4番)では格段にアンサンブルの精度がよくなり、今回は満を持しての最終回という感じがしました。
以前にも書いた通り、バルトークの弦楽四重奏曲については、ジュリアードSQの旧盤に代表されるような先鋭極まりない演奏、4本の鋼鉄製の針金がきりきりと絡み合うような演奏と、私がその昔愛聴していたノヴァークSQのような、肌理の粗い手触りと濃密なマジャールの血を感じさせるような演奏の二つのタイプがあるように思いますが、彼らの演奏はもちろん後者のタイプに近い。それはアンサンブルの精度の問題もあるけれど、むしろそれより峻嶮な山々に挑む彼らの気負いと愚直なアプローチの所為だろうと思います。その結果、第2番の特異な面白さが際立っていた反面、第6番の晦渋さを改めて認識することにもなりました。

第2番は1915年から1917年にかけて書かれたということだが、その少し前に大規模なバレエ音楽「かかし王子」が、そのあとにパントマイム「中国の不思議な役人」が書かれているところを見ると、この時代にバルトークの作風が伝統を踏み越えて大きく変化したのは間違いないところ。したがってこの第2番には、ストラヴィンスキーのオペラ「うぐいすの歌」やシェーンベルクの「グレの歌」と同じく、一つの作品中に様式の大きな変化が刻まれていると言えます。ラプソディックな第1楽章、仏領アルジェリアで採集したサハラの民族音楽の影響を受けた第2楽章に比べると、急進的な第3楽章の特異さが突出しています。一般には弦楽四重奏曲第4番(1928)あたりがバルトークがもっとも「前衛的」であったとされているようですが、私はむしろ1918年あたり、「中国の不思議な役人」もそうだが、「ピアノのための3つのエチュード」なんかのほうがはるかに無調的で演奏も至難、若きバルトークが内なる天才の命ずるままに自由奔放に書いている感じがします。というわけで、弦楽四重奏曲第2番というのは一般に思われているよりもはるかに重要な作品ではないか、と改めて思いました。今回の演奏では第1、第2楽章と第3楽章との落差が巧まずして強調されていた結果、この作品の特異さ、様式の切断のようなものを理解できたような気がします。

アメリカ移住の直前に書かれた第6番は、私にはなかなか腹に入らない難物。カフェ・モンタージュの店主が、バルトークという人は真顔で冗談を言うので、周りの者はどこまでが冗談でどこから本気なのかわからなかった、同様にこの第6番もよく分からない云々と仰っていたのはまさにその通り。楽章を追うごとにMesto(悲しげに)の部分が増殖していくような構造、第1楽章のベートーヴェンの第16番や「大フーガ」を思わせるようなモットーの扱いと、同じくベートーヴェンの後期ピアノソナタのパロディのようなMarcia、冗談のかけらもない苦い味わいのBurlettaに続いてMesto一色に塗りつぶされた救いのない第4楽章。とてつもなく深刻そうなのにどこか飄々としており、真面目かと思えばどこか投げやり、しかもある種の人生に対する悪意のようなものが垣間見えて、一筋縄でいかないとはまさにこのこと。この後にアメリカで書かれた晩年の作品にみられる澄みきった境地のようなものは全く見られません。恐るべき音楽だとは思うけれど、そんなにしょっちゅうは聴きたいと思わないし、今回の演奏を聴いてもその思いは変わりません。今回の演奏は大変な熱演だったと思いますが、残念ながらその晦渋さを超えて、聴き手の腹に落ちるような演奏には至っていないと思いました。ある作品に対して、演奏者が若いということがネックになることなど本当はあまりないと思いたいのだが、この6番ばかりは彼らも歯が立たなかったという他ありません。

この名無しのカルテット、この後の予定はまったく無いそうだ。泉原さんのコンマスとしての活動も忙しいに違いなく、長期に亘ってアンサンブルを練り上げていくのは大変なのかもしれませんが、今回のバルトークシリーズは大成功だったと思うので、なんとかこれからも弦楽四重奏団としての活動をしてほしいものです。ショスタコーヴィチの15曲、シェーンベルクの4曲、ウェーベルンの3曲(Op.5,9,28)にベルクの2曲etc、彼らの演奏で聴いてみたい作品はたくさんあります。どうか息長く取り組んでほしいと思うのですが。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2015-04-30 23:10 | 演奏会レビュー | Comments(0)

The People United will NEVER be defeated!

「アリとキリギリス」のwikipediaの記述すごいな。
「この寓話には二つの寓意がある。一つは、キリギリスのように将来の危機への備えを怠ると、その将来が訪れた時に非常に困ることになるので、アリのように将来の危機の事を常に考え、行動し、準備をしておくのが良いというもの。 二つ目は、アリのように夏にせこせことためこんでいる者というのは、餓死寸前の困窮者にさえ助けの手を差し伸べないほど冷酷で独善的なけちであるのが常だ、というものである。」





なんとなくサヨク嫌いだと思っていた大井さんが、よりによってこんなプログラム。4月1日(エイプリルフール)というのと相俟って、これは何か悪い冗談なのか、と最後まで気が抜けない(笑)。


 2015年4月1日@カフェ・モンタージュ
  
  高橋悠治: 毛沢東詞三首 (1975)
  ジェフスキ: 「不屈の民」変奏曲 (1975)(カデンツァは池田拓実(2015)※)
  (アンコール)
  坂本龍一: エナジーフロー (1999)
  吉松隆: 左寄りの舞曲Op.35-2 (1988)

  ※カデンツァで引用された曲: 
  高橋悠治《管制塔のうた》(1978)〔成田空港入場検問廃止記念〕
  セルヒオ・オルテガ《ベンセレーモス》(1971)
  《サリール・アル=サワリム》(2014)

  ピアノ: 大井浩明


思うに大井浩明というピアニストは、自分の好む作品をリサイタルで提示するだけでは飽き足らず、その作品の生まれたコンテクストの全体像を示そうとする志向が強いのだと思います。この人が本当に好んでいる作品は、たぶんどこかで本人が話していたとおりシュトックハウゼン、クセナキス、ブーレーズあたりなのだとおもうが、それらの作品を繰り返し繰り返し取り上げるだけでは飽き足らず、その同時代の、あるいはそれに先行する、または影響を受けた人たちの膨大な作品のアーカイヴを提示せずにはいられないのだろう。
同様の志向は多かれ少なかれ、現代音楽(あまり好きな言葉=切り分け方ではないが、便宜的に1945年以降の音楽をこう呼んでおく)を得意とする演奏家に共通するものだろうと思います。ブーレーズもポリーニも、自身のプログラムビルディングによる大規模な現代音楽の連続演奏会を行っています。しかし、ブーレーズが一連の20世紀音楽の回顧展を行った際のインタビューで、ショスタコーヴィチがひとつも入っていないことを訝しんだインタビュアーに対し、「私はショスタコーヴィチが重要な作曲家だとは思いません。それに下品ですし・・・」と答えたように、ブーレーズにしてもポリーニにしても、そのプログラムは彼らの厳しい審美眼に耐える作品のみが選ばれており、彼らの「趣味に合わない」作品は厳しく排除されていたように思う。しかし、大井浩明はこれまで膨大な作品を取り上げているが、それは彼自身が好む作品だけではなく、そのコンテクストを構成するものであれば例え自分の趣味でなく、共鳴もしない、あるいは駄作であっても敢えて取り上げるという点で、他に比べるもののないピアニストという気がします。
そういった意味で戦後のある時期、60~70年代の音楽を取り上げようとすれば、このコンテクストを提示するには政治的メッセージ(それももっぱら左寄りの)の強い一連の作品をオミットするわけには絶対にいかないと考えたのだろう。誰がどう考えたって、思想的な意味で大井浩明とジェフスキーや高橋悠治が共鳴することはありえないにも関わらず、大井浩明は敢えて彼らの作品だけでリサイタルを行う、そういう人なのだ。しかも4月1日(四月馬鹿)に悪意を込めたアンコール曲と並べて。
大井浩明の「政治思想」がいかなるものなのか、彼のツイッターに溢れるネトウヨ風の露悪的なディスクールをどこまで真に受けたものかよく分かりませんが、今回のアンコールも含めた「サヨク的なるものに対するあからさまな悪意」は筋金入りという気がします。カフェモンタージュに集まった聴衆が実のところどう思ったか知らないが(案外、坂本龍一すてき!とか思ったかもしれないが)、もし坂本龍一や吉松隆がこの場に居合わせたなら、その微妙なおちょくり方に憤慨して席を蹴って帰ってもおかしくないとおもいます。

以上は演奏家の思考を忖度しながらの考察だが、一方で聴くものの立場からすれば、こういった演奏会に接して、「音楽は思想(政治)を語りうるか」という根源的な問いを改めて考えないわけにはいかない。私は再三再四書いてきたように、音楽というのは本質的にシニフィアンの連鎖であって、一切の意味作用を剥奪されていると考えるものであるが、反対に音楽というものは本質的に政治的なものであって、人はあらゆるところにそのメッセージ性を感じ取るべきであるという立場があるのは当然だろうと思います。特に革命歌の引用を聞いて人は何を思うべきか、というのはなかなか面白い設問であろう。例えばこれがベルクのヴァイオリン協奏曲であれば、バッハのコラールの引用から「われ満ち足れり」という章句に思いを致さずに音だけを聞くというのは困難だろう。音楽がシニフィアンの連鎖だとしても、いわば不純物の形で介入してくる言葉や意味というものを抜きにしてその音楽を評価できるのか、というのは意外に困難な問いだと思います。

大井浩明の演奏はここ最近いつも思うことだけれど、ディティールが粗っぽくて、長時間聞き続けるのは正直つらいところもある(初めて「不屈の民」を聴いたのがアムラン盤、なんて人は尚更だろう)。しかし今回はそのような演奏スタイルが案外合ってなくもない。学生運動華やかなりしころの集会で奏でられる音楽はこのような粗い手触りのものこそ相応しいだろう。そのような音楽はコンサートホールなんかじゃなくて、昔であれば京大の西部講堂なんかが相応しかったのだと思うが、この日のカフェモンタージュはある意味そのような特殊な空間のオールタナティブとして機能していたように思う。ひさびさにアングラという言葉をふと思いだす実に不思議な感覚。客の入りが少なくて20人ほどしかいなかったが、それもまた良し。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2015-04-02 22:58 | 演奏会レビュー | Comments(0)

バルトーク 弦楽四重奏曲連続演奏会vol.2

検索画面で「常岡」とうっただけで「常岡浩介 猫」とか「常岡浩介 にゃーにゃ」とか出てきてなごむわー。





泉原隆志率いる弦楽四重奏団のバルトーク連続演奏会の第2回を聴きました。

  2015年2月9日@カフェ・モンタージュ
  バルトーク
   弦楽四重奏曲第1番Sz.40 (1909)
   弦楽四重奏曲第4番Sz.91 (1927)

  泉原隆志(vn)、長谷川真弓(vn)、金本洋子(va)、城甲実子(vc)


同じメンバーによる第1回の様子は以前このブログに書きましたが、

http://nekolisten.exblog.jp/20248537/

今回の演奏もバルトークのフォークロア的な側面を際立たせる演奏という印象は変わりません。しかし、前回よりも技巧のほつれが少なく、音楽への踏込み方も深くなっており、完成度が格段に上がっていました。上り坂にある若い人達らしく、わずか数ヶ月の間に驚くほど巧くなっているように思いました。
私個人のバルトークの弦楽四重奏曲との出会いについては前回書きましたので繰り返しませんが、第1番についてはどうしても後の諸作に比べて、内容の割に長すぎるのではないか、といった感想を持たざるを得ませんでした。しかし、今回彼らの闘志がみなぎるような気負い立つ演奏を聴いて、初めてこの作品を飽きずに最後まで面白く聴きとおせたような気がします。このことは本当に凄いことだと思います。バルトークの、ベートーヴェン以降の弦楽四重奏曲の歴史に連なろうとする気負いが、彼らの今現在の演奏スタイルにぴたりと合致したことでこのような演奏になったのでしょう。そしてその気負いを正しく表現すれば、フォークロア的側面は体臭のように自ずと現れ出るのだと思います。もしかするとこのような表現は、技巧にも優れ、場数を踏んだベテランではなくて、彼らのような伸び盛りの若い四重奏団にしかできないものがあるのかも知れず、今回の演奏を聴けたことは実に貴重な体験であったのかも知れません。

第4番について、カフェ・モンタージュの店主がベルクの「抒情組曲」と並んで20世紀の弦楽四重奏曲の双璧といったことを口にされていましたが、これに異を唱える向きは少ないだろうと思います。もちろんショスタコーヴィチ、シェーンベルク、ウェーベルン、ブリテンはどうなるんだ、という声もあろうかと思いますが、彼らの作品がどれか一つというよりは全体として重要であるのに比べて、抒情組曲とバルトーク4番はずばり1曲対1曲のガチンコ勝負という感じがします。それだけどちらも多彩で密度の濃い作品ということでしょう。
それはともかく第4番も実に面白い演奏。彼らの演奏は、前回よりはるかに技巧的な難点が克服されているものの、精緻といった感じではなく、かなり粗削りなところも残しているのは確かだろうと思います。しかし粗削りだからこそ、この作品のもつマジャールの血の刻印がはっきりと読み取れるような気がしました。前回、私は第3番を評して「バルトークのラジカルな要素とフォークロア的要素がぎりぎりの地点で奇跡のように両立している」と書きましたが、今回の演奏を聴くと、やはりこの言葉は第4番にこそ相応しいと思います。そういった意味で、作品の本質をとらえた優れた演奏であったと思います。

このシリーズ、来る4月24日、第2番と第6番が最終回。今回も満員御礼だったそうなので、興味のある方はどうぞお早めに。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2015-02-12 22:34 | 演奏会レビュー | Comments(0)