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Olivier Messiaen Complete Editionを聴く(その5)

最近の話だけどピアノのレッスンでブラームスの3番ソナタの第1楽章を弾いたら、最後の和音に対して先生に「ニャン、じゃなくてニャ~ン」と言われた。ニュアンスはビシバシ伝わるので、その時はなるほどと思ったが、あとで楽譜に赤鉛筆で「にゃーん」と書いてあるのを友人に見られてちょっと恥ずかしかった。





引き続き60年代の作品を中心に聴いていきます。

  CD11
  オルガンのための前奏曲(1930)
  献堂式のための唱句(1960)
  モノディ(1963)
  キリストの昇天(1933~34) 
  聖霊降臨祭のミサ(1949~50)

  オリヴィエ・ラトリー(org)
  2000年7月パリ・ノートルダムで録音


今回の一枚はオルガンのための作品集。
この5曲、最初期の「前奏曲」と「キリストの昇天」以外は、非常に晦渋な作風で、メシアンにとってのオルガンという楽器はピアノ以上に実験の場として機能していたのではないかという印象を持ちました。メシアンのピアノ作品がいずれも高度な技巧を駆使したものであるとしても、それはあくまでもイヴォンヌ・ロリオを想定して書いたからそうなったのであって、メシアン自身の腕前の程はどうだったのだろうか、という問いに対しては、2台ピアノのための「アーメンの幻影」の、初演でロリオが担当したプリモ(第1ピアノ)とメシアンが担当したセコンド(第2ピアノ)の、かなりはっきりとした技巧的水準の差を見ればある程度はっきりしていると思います。だが、オルガンの場合、どこまでもメシアン自身による演奏を想定して書かれており、そのために却ってピアノよりも自由な即興的要素や、容易に人を近づけない実験的精神に溢れた作品になりえたと考えることが出来そうです。

最初の「前奏曲」は1930年(ネットには28年という記載も)に作曲され1997年に遺稿の中から発見されたとのこと。初期作ながらも聴けばすぐメシアンと判る個性の強さ。ドビュシー直系の音楽だが、後半の巨大なゴシック建築のような和音群は宗教的法悦を感じさせるメシアン独自なもの。だが私はふとサティの「4つのオジーヴ」を思い出しました。フランスの音楽の底知れぬ魅力の源流をあれこれ想像する楽しみがここにもありました。

1960年の「献堂式のための唱句」については「聖堂奉献祭のための唱句」という訳も見かけます。先程、メシアンにとってオルガンという楽器はピアノ以上に実験の場であったと書きましたが、この作品もおよそ聞き手に媚びるということがない。だが静謐なモノディと鳥の歌に挟まれて何度か現れる色彩的な和声はまぎれもなくメシアンのものであって、峻嶮な音楽という感じはしません。もともとコンセルヴァトワールの学生の試験用として書かれたということと関係があるのかも知れません。

次に1963年の「モノディ」。メシアンには例えば「世の終わりのための四重奏」の中のクラリネットソロとか、以前このシリーズでも取り上げた「峡谷から星たちへ」のホルンソロのような不思議な楽曲があるが、このオルガンのための「モノディ」もその系列をなすものだろうか。実際に教会やコンサートホールで聴けばどう感じるか分らないが、CDで聴くだけではちょっと途方に暮れる感じがします。だがメシアンの全体像を知るには、こういった作品を知らずに済ますことはできないだろうと思います。

1933年に管弦楽のために書かれた「昇天」をオルガンに編曲する際、メシアンは第3楽章を別の楽曲に入れ替えています。宗教的な法悦、爆発的な歓喜、気の遠くなるほど長く引き伸ばされた甘い旋律、等々初期メシアンを代表する作品には違いありません。こういった楽曲にオルガンという楽器は実に相応しいと思いますが、私がひねくれているのか信仰心を持たないせいか、感動というよりも些か大仰に過ぎるところや通俗的な側面を感じます。

メシアンのオルガン作品の晦渋さや実験性という点で、とりわけ1950年の「精霊降臨祭のミサ」のそれは群を抜いているように思いました。全5楽章の内、最初の4つの楽章は、およそ音楽の快楽といったものと無縁な、ちょっとやそっと聴いただけでは山裾に近づくことすら困難な音楽が続きます(第4曲だけ少し甘い旋律が出てくるけれど)。最終楽章でようやく音楽的な爆発が聴かれますが、おそるべき不協和音のクラスターは、一瞬リゲティの「ヴォルーミナ」を思い出すほどの凄まじさで、メシアンが実際の降臨祭のミサでこれを弾いたのかどうか知りませんが、もしそうならミサに集まった信徒たちは呆気にとられたことと思います。
ちなみにタイトルの「精霊降臨祭」pentecôteはペンテコステあるいは五旬節とも言われ、一般の日本人にはなじみが薄いがカトリックでは復活祭の50日後(年により異なるが5月半ばから6月半ば)の重要な祝日であるらしい。

奏者のオリヴィエ・ラトリーは1962年生まれのオルガニストで、ノートルダム寺院の正オルガニストとのこと。これまであまり近現代のオルガン曲を聴いてこなかった私にはその演奏の巧拙を語ることはできませんが、大変な集中力と知性を感じました。
(この項続く)

by nekomatalistener | 2016-08-26 23:15 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)

Olivier Messiaen Complete Editionを聴く(その4)

卵から孵化したと思ったらコラッタだったときの落胆たるや・・・




前回とりあげた「鳥のカタログ」に続く、黄金の60年代の作品を聴いていきます。

  CD23
  クロノクロミー(1959-1960)
  天より来たりし街(1987)
  我死者の復活を待ち望む(1964)
  ピエール・ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団
  1993年3月録音

「クロノクロミー」は1960年10月16日にドナウエッシンゲンでハンス・ロスバウトにより初演された大規模オーケストラの為の作品。
今年の初め、ブーレーズ死去に際して短い追悼記事を書いた際にも言及したことですが、1995年5月26日サントリーホールで聴いたブーレーズ指揮ロンドン交響楽団による「クロノクロミー」は本当に素晴らしいものでした。詳細は繰り返しませんが、当該記事で書かなかったことを少しだけ。
ブーレーズにとってメシアンはかつての恩師でもあり、当然その作品を得意としている、と思いがちなのですが、実は非常に限られた曲目しか取り上げていないように思います。例えば若き日のアンサンブル・ドメーヌ・ミュジカルを指揮ないし監修した10枚組CDの中で、メシアンはピアノソロを含めても「異国の鳥たち」「カンテヨージャーヤー」「七つの俳諧」のわずか3曲。そのいずれもがメシアンの作品のなかでも特に辛口で、甘さや官能性とは無縁の音楽だけを選んだ結果だと言えそうです。ブーレーズは「トゥーランガリラ」などは嫌っていて(ソースが不明なのだが)「売春宿の音楽」と評したという話を見聞きしたこともあります。ブーレーズのこのような非寛容ともいえる姿勢は、年齢とともに、また指揮者としての成功とともに和らいでいき、今回取り上げたCDの他、「ステンドグラスと鳥たち」「「天国の色彩」などを録音していますが、メシアンの多くの作品に現れる甘さ、官能性、あるいは若干の通俗性、といった要素は最後まで苦手であったように思います。
話を「クロノクロミー」に戻すと、この作品こそブーレーズの志向する甘くないメシアンの代表作にして最大の傑作という感じがします。これからメシアンのコンプリート盤を聴いていこうとする矢先にこんなことを書くのも気が引けるが、もしかするとこれはメシアンの膨大な作品のなかでも最も優れたものではないか、と思うのはブーレーズの影響を受け過ぎた結果なのかも知れません。あるいは私がカトリックの教義に疎いことの裏返しで、宗教的なテキストを持たないがゆえにアプローチしやすかったとも言えそう。それはともかく、極度に抽象的で、リズムと音色の多彩さだけで勝負したような(まさに時間χρόνοςと色彩χρώμα)音楽、鳥の歌さえここでは具象性を剥奪されています。しかし、終盤で18人のソリストが無秩序に鳥の歌を歌い始めると、そこには官能というのとは違うけれど法悦とか恩寵としか言いようのない不思議な感覚に満たされます。だが、日本語wikipediaにはこの作品が立項されていないということが、現在のこの作品に対する不当ともいえる人気の無さを物語っています。「トゥーランガリラ」の演奏会がごく日常的なイベントとして受容され、アマチュアのピアノ・コンペティションで「嬰児イエズス」を取り上げる猛者もいる昨今、あえて「クロノクロミー」のような作品に光を当てたいというのが今こうして私がブログで取り上げている理由です。

1987年に作曲された「天より来たりし都市」は、1992年に死去したメシアンのほぼ最後の大がかりな作品と言って良さそうです。初演は1989年11月17日ピエール・ブーレーズ指揮。
その創作の最初期から何度も何度も書いてきた宗教的法悦境というべき作風の、最後の開花といってよいのでしょう。メシアンなりに戦後の前衛音楽をあるいはリードし、あるいは少し距離を置きながら伴走してきた50年代・60年代を経て、再び40年代の、甘さと若干の通俗性を含む作風に回帰したようにも思えます。これを一種の退嬰と見ることもできそうですが、かのバッハがライプツィヒで書いた夥しいカンタータだって、どれをとってもバッハそのもの、ある意味進歩や進化といった概念を超越しているのと同じで、メシアンという人はことカトリシズムに関しては生涯を貫いて同じことを語り続けたと考えることもできそう。

「我死者の復活を待ち望む」は1963年に当時の文化相であったアンドレ・マルローより、先の世界大戦の犠牲者の追悼のために委嘱され、1965年5月7日セルジュ・ボドの指揮で初演されています。
メシアンのカトリシズムへの思いというのは、私のような宗教心の欠片もない人間には理解不能としか言いようがないのですが、それが全面的に表に現れたこのような作品を前にすると本当に途方にくれてしまいます。これまでメシアンをあれこれ聴いてきて、時に分かった風な小賢しい言説を垂れ流してきた私のような人間に対して、まさに鉄槌を下すような難解な音楽という気がします。拡大され曖昧だとはいえ調性感がない訳でもなく、第4楽章のようにガムラン音楽のあからさまな影響が聴かれたり、チューブラーベルやタムタムなど多彩な打楽器が使われていたり、メシアンとしては決して人を寄せ付けぬ音楽を書いたつもりはないのかも知れませんが、結果的には随分取っつきの悪い音楽になってしまったという印象。だが、これとほぼ同じ時期、1965年にストラヴィンスキーが書いた「イントロイトゥス」の、あのミザントロープを想起するほどの峻嶮な音楽と比べれば、何度も繰り返し聴くことで作品に近づくことは出来そうな気がする。

ブーレーズの演奏について一言。どの曲も、冒頭に記した私の記憶の中にある「クロノクロミー」の演奏と比べると、些か整理されすぎという感なきにしもあらず。しかしオーケストラから引き出す音の色彩感が尋常でない感じがします。本当に耳の良い指揮者であったと改めて感服しました。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2016-08-19 23:12 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)

ヤナーチェク 「草陰の小径」

先だっての参院選で落選とはいえ26万票近くとった某候補者。ホメオパシーとか地震兵器とか寝言ほざくまえに「自分らしくあれる」とかいうヘンな日本語をなんとかしたほうがいいと思う。ちなみに髭は気にならない。





久しぶりに京都のカフェ・モンタージュに行ってきました。ヤナーチェクの「草陰の小径」のみで一夜のプログラムというのも、このサロンならではでしょう。


  2016年8月10日@カフェ・モンタージュ
  ヤナーチェク 「草陰の小径」全曲
  (アンコール)
  パデレフスキー メヌエット
  エドゥアルド・シュット J.シュトラウス「美しき青きドナウ」によるパラフレーズ

  Pf:マルティン・カルリーチェク



ヤナーチェクの「草陰の小径」については以前にこのブログで取り上げたことがあります。

http://nekolisten.exblog.jp/16944241/

そこで「本質的にオペラ作曲家であったムソルグスキーの「展覧会の絵」がまるでオーケストラのスケッチのように思えるのとよく似て、ピアノ曲としての評価にとても困るところがある。」と書いたのですが、今回改めて聴いてみた感想もほぼ同じものでした。およそピアニスティックという概念の正反対の音楽。とはいえ、素人臭いというのとも少し違って、実に不思議な書法という他ありません。カフェ・モンタージュの店主の高田氏のトークでも触れられていた通り、曲のあちこちにドビュッシーを思わせる響きがでてきますが、この作品の原型ができた1901年にはドビュッシーは「版画」すらまだ書いていなかったというのは実に驚くべきことだと思います。同じく店主のトークで、以前あるピアニストにヤナーチェク作品によるリサイタルを提案したところ拒否されたという話がありましたが、この「草陰の小径」に限らず、「霧の中で」にしろ「ピアノソナタ1.X.1905」にしろ、ピアニストにとってはフラストレーションの溜まる作品だろうと思います。

今回演奏したマルティン・カルリーチェクはチェコ在住のヴァイオリニスト白石茉奈の夫君とのこと。太く良く伸びる音の持ち主で、弱音のパレットの多さも十分だと思いましたが、技巧の切れの良さは今一つといったところ。もちろんヤナーチェクはロマン派風の複雑な技巧を要する曲ではないのだが、どうも大味な感じがして、ヤナーチェクの音楽のもつとてつもない悲劇性とか、行間から滲み出るような死の気配といったものはあまり感じられません。本当にピアニストにとっては一筋縄ではいかない作品だろうと思いますが、もう少し聴かせ様があったのではとちょっと残念。

アンコールでパデレフスキーのメヌエットを弾いて、コーダで少し事故があったせいか、もう一曲サービス。エドゥアルド・シュットEduard Schüttは私も初めて聴くものでしたが、1856年にロシアのサンクトペテルブルグで生れ、1933年に没したコンポーザー・ピアニストで、IMSLPに沢山のピアノ曲が登録されていました。このパラフレーズは、ゴドフスキーのそれほどは手が込んでなくて、ほどほどの技巧で最大限の演奏効果を出すことのみを眼目としているように思えました。毒にも薬にもならないサロン音楽と言ってしまえばそれまでですが、アマチュアがちょっと余興で弾けば拍手喝采間違いないといったところ。おかげでヤナーチェクの世界がぶち壊しになったのですが、最後に店主が「いったい皆さん何を聴きにいらしたんですかね」と皮肉とも嫌味とも取れる発言で聴衆の笑いを取ったのも、小さなサロンでのインティメートなリサイタルならではで、それもまた良し。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2016-08-13 17:26 | 演奏会レビュー | Comments(0)