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Olivier Messiaen Complete Editionを聴く(その11)

ネットニュースで、フィリピン沖に生息するエントツガイという不思議な貝の生態を知ったが、画像検索するとコテカみたいだった。殻の中身が、これがまた・・・(お察し下さい)。





これまで60年代の作品を一通り聴いてきたので、あとは時代を少しずつ遡ったり進んだり、気ままに聴いていこうと思います。という訳で、今回は「鳥のカタログ」の少し前に書かれた「異国の鳥たち」を含むディスクを聴きます。


 CD28
 ①おお聖なる饗宴よ(1937)
 ②世の終りのための四重奏曲(1940)
 ③ピアノと弦楽四重奏のための小品(1991)
 ④異国の鳥たち(1956)

 ①ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジcho.
 ②ルーベン・ヨルダノフ(vn)、アルベール・テタール(vc)、クロード・デズルモン(cl)、ダニエル・バレンボイム(pf)
 ③イヴォンヌ・ロリオ(pf)、ロズモンドSQ
 ④ジャン=イヴ・ティボーデ(pf)、リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
 ①1969.11②1978.4③1999.1.3~4④1995.9.9録音


まずは「異国の鳥たち」から。1956年、ピエール・ブーレーズの委嘱によって書かれた作品で、タイトルの通りインド、中国、マレーシア、南北アメリカ大陸の鳥たちの鳴き声が素材となっています。これは私には文句なしの傑作だと思われます。弦楽器を含まないオーケストラとピアノ、パーカッションのギラギラとした響きは、さながら南国の原色の鳥たちの姿を彷彿とさせますが、その音色としてのまとまりと、ピアノとオーケストラの交替の妙、様々な鳥たちが啼き交わすカオスと切迫したリズム、その全てが堅牢な知的構造物として統御されているのは、後にも先にもない、この時期だけのメシアンの特色と言ってもよさそうです。このすぐ後に書かれ始めた「鳥のカタログ」では、音楽の時間の流れは自然を模したかのようにもっとゆっくりと流れ、一つ一つの作品の演奏時間は時に途方もなく引き伸ばされ、自然の中を散策したり、散文を読んだりする体験に近いものとなりますが、「異国の鳥たち」では韻文で書かれた上質な詩を読む体験に近いという感じもします。ブーレーズがドメーヌ・ミュジカルを率いていた頃から繰り返し演奏しているのも、単に自分が委嘱したからというのではなく、この作品が彼の美意識にぴったりと合致するからに違いないと思います。そのブーレーズの演奏も良いけれど、このディスクのシャイーの演奏も愉悦に満ちた素晴らしいもので、辛口と思われがちなこの作品がこんなに楽しく聴けるというもの珍しかろうと思います。

「世の終りのための四重奏曲」は恐らくメシアンの中でも最も有名な作品だと思いますので、戦時下の一種の極限状況で書かれたといった情報については改めて書くまでもないでしょう。私は大昔にピーター・ゼルキンが結成したアンサンブル、タッシの演奏で初めてこの作品を知った世代なので、なんとなく(メシアンには何の関係もないのだが)70年代初頭のヒッピー文化を連想させるというか、LSDでラリってるようなイメージがついてまわるという時期があったのですが、改めて聴くとやはり凄い音楽だと思いました。初期のメシアンを代表する傑作でしょう。薄いガラス片を踏みしだくような独特の和声(例えば2曲目中ほどの下記譜例など)には陶酔感というか、一種の幻覚効果があって、そういう意味では「ラリっている」というのもあながち間違いではないのだけれど・・・。バレンボイムらによる演奏は気魄のこもった演奏で聴きごたえがあります。解説書には作曲者自身がレコーディングに立ち会い、お墨付きauthorizationを与えたと書かれています。

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1937年に書かれた初期の無伴奏合唱(オルガン伴奏は任意)のためのモテット「おお聖なる饗宴よ」は、ドビュッシーの影響もさることながら既にメシアン独特の和声が現われる大変美しい小品。ネットでスコアが拾えたので少しだけ下に掲げますが、この言葉の抑揚に則した自由なリズムを見ると、メシアンの重要な語法の一つである附加リズムの起源を見る思いがします。セント・ジョンズ・カレッジ合唱団の演奏はクオリティが高く、こうした初期の落ち穂拾いのような録音でも手を抜かないのがグラモフォンらしい感じがしました。

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メシアン最晩年の「ピアノと弦楽四重奏のための小品」は、メシアンには珍しいクラシックな編成ですが、実はウィーンの楽譜出版社ウニフェルザール社の経営者であるアルフレート・シュレーの90歳の誕生日のために委嘱されたもので、もともとの注文は弦楽四重奏のための小品であったところ、メシアンがピアノを加えて作曲したというものでした。思わせぶりなG-A-Gis-Dのモットーは動機労作風の展開はなく、ピアノと弦が緊密に絡み合うこともなく並置、交替するのみ。しかも途中からピアノによるニワムシクイの声となります(相の手のように挿まれる弦のパッセージがこのモットーの4音から始まるのが御愛敬)。お世辞にも面白いとは言えないこの作品、メシアンはあまり感興の湧かないまま作曲したのではないだろうか。
(この項続く)

by nekomatalistener | 2017-05-03 23:58 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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