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佐渡裕のトゥーランガリラ交響曲

「バーニラ、バニラ、バーニラ求人、バーニラバニラで高収入~♪」って大音量で流してるフーゾク系アドトラック、ふとしたはずみに頭の中でエンドレスで鳴り出すのでやめてほしい。





随分日が経過したので備忘のみ簡単に。


 兵庫芸術文化センター管弦楽団 第99回定期演奏会
 2017年9月17日@兵庫県立芸術文化センター
  メシアン トゥーランガリラ交響曲
  (アンコール)
  ピアノとオンド・マルトノのための未刊の4つの小品より 第1曲

  指揮: 佐渡裕
  ピアノ: ロジェ・ムラロ
  オンド・マルトノ: 原田節
  管弦楽: 兵庫芸術文化センター管弦楽団


昨年の京響に引き続いて今年もトゥーランガリラを聴くことができました。
佐渡裕の指揮というのは、意外に先入観を覆すような読めないところがあって、どういった演奏になるのか楽しみでしたが、今回の演奏は一言でいえばエンタメ志向の強いとても分かりやすい演奏。それがこの人の強みであり、また弱みでもあるといったところ。
昨年聴いた高関健氏の指揮を思い出すと、その違いは歴然としています。高関の演奏は(どこがどうと具体的に言葉にするのは難しいが)分析志向といっていいものでしたが、佐渡のほうは早い楽章は異様なほど早く、遅い楽章もあまり粘らない。退屈しがちな聴き手にはちょうど頃合いなのかも知れません。「星の血の喜び」など、猛烈なテンポで金管が派手に雄叫びをあげるのが刺激的で、これをかっこよく感じる聴き手も多いのでしょうが、私は本当はこの作品、オーケストラの技量自慢のダシではなくて、もっとスコラ哲学がめんどくさいという意味合いで「めんどくさい」作品だと思うので、なんだかメシアンの「レスピーギ化」といった感じがしました。「愛の眠りの園」はとてもきれいで、素晴らしい弱音が聴けたのだが、やはり緩徐楽章全体の印象はあっさりしてる、というもの。昨年のブリテンの舞台、ボトムとタイターニアの濡れ場でねっとりとエロい音楽をやった人にしてはちょっとなぁ、という感じ。
現実問題として、関西(京都はちょっと違うが)でトゥーランガリラをやろうと思えば、こういうエンタメ路線しかないのかも知れません。実際、今回の演奏でも(でさえ)途中で辛抱堪らず席を外す客がかなりいたので、仕方ないのかなとも思います。でもそれではこぼれ落ちていく要素がこの曲にはたくさんあって、それをこそ実演で聴きたいという客もいるはず。例えばオンド・マルトノと木管の絡み合いはCDで聴くだけでは絶対に分からない面白さがあると思うのですが、それを味わう環境ではなかったということ。関西(しつこいようだが京都を除く)で20世紀作品をやる意義は大きいはずだが、結果は残念という他ない。
良し悪し、好き嫌いは別として、ちょっと面白かったのは、ガムラン隊(ピアノ、オンド・マルトノ、チェレスタ、ジュ・ドゥ・タンブル、ビブラフォン)と、金管とそれ以外の楽器が、マッスとしても溶け合わずにバラバラに聞こえたこと。猛烈なテンポでも、3群の各々の縦の線はよく合っていて、技量の高さが分かるのだが、3群がそれ以上溶け合わないのは不思議。たぶん、メシアンのスコア自体にそう聞こえがちな要素があって、あまりテンポを煽るとそれが露わになるということでしょうか。主役ともいうべきムラロのピアノは見事だが、本当はもっと表現したいことがあるだろうに、と気の毒に思える瞬間もありました。アンコールの初期の小品のほうが寧ろ表現者としてはカタルシスがあったのでは、と思ったほど、これは意外な聴きものでした。
(この項終り)

by nekomatalistener | 2017-10-01 23:10 | 演奏会レビュー | Comments(0)
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