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ヤナーチェク 「草陰の小径」

先だっての参院選で落選とはいえ26万票近くとった某候補者。ホメオパシーとか地震兵器とか寝言ほざくまえに「自分らしくあれる」とかいうヘンな日本語をなんとかしたほうがいいと思う。ちなみに髭は気にならない。





久しぶりに京都のカフェ・モンタージュに行ってきました。ヤナーチェクの「草陰の小径」のみで一夜のプログラムというのも、このサロンならではでしょう。


  2016年8月10日@カフェ・モンタージュ
  ヤナーチェク 「草陰の小径」全曲
  (アンコール)
  パデレフスキー メヌエット
  エドゥアルド・シュット J.シュトラウス「美しき青きドナウ」によるパラフレーズ

  Pf:マルティン・カルリーチェク



ヤナーチェクの「草陰の小径」については以前にこのブログで取り上げたことがあります。

http://nekolisten.exblog.jp/16944241/

そこで「本質的にオペラ作曲家であったムソルグスキーの「展覧会の絵」がまるでオーケストラのスケッチのように思えるのとよく似て、ピアノ曲としての評価にとても困るところがある。」と書いたのですが、今回改めて聴いてみた感想もほぼ同じものでした。およそピアニスティックという概念の正反対の音楽。とはいえ、素人臭いというのとも少し違って、実に不思議な書法という他ありません。カフェ・モンタージュの店主の高田氏のトークでも触れられていた通り、曲のあちこちにドビュッシーを思わせる響きがでてきますが、この作品の原型ができた1901年にはドビュッシーは「版画」すらまだ書いていなかったというのは実に驚くべきことだと思います。同じく店主のトークで、以前あるピアニストにヤナーチェク作品によるリサイタルを提案したところ拒否されたという話がありましたが、この「草陰の小径」に限らず、「霧の中で」にしろ「ピアノソナタ1.X.1905」にしろ、ピアニストにとってはフラストレーションの溜まる作品だろうと思います。

今回演奏したマルティン・カルリーチェクはチェコ在住のヴァイオリニスト白石茉奈の夫君とのこと。太く良く伸びる音の持ち主で、弱音のパレットの多さも十分だと思いましたが、技巧の切れの良さは今一つといったところ。もちろんヤナーチェクはロマン派風の複雑な技巧を要する曲ではないのだが、どうも大味な感じがして、ヤナーチェクの音楽のもつとてつもない悲劇性とか、行間から滲み出るような死の気配といったものはあまり感じられません。本当にピアニストにとっては一筋縄ではいかない作品だろうと思いますが、もう少し聴かせ様があったのではとちょっと残念。

アンコールでパデレフスキーのメヌエットを弾いて、コーダで少し事故があったせいか、もう一曲サービス。エドゥアルド・シュットEduard Schüttは私も初めて聴くものでしたが、1856年にロシアのサンクトペテルブルグで生れ、1933年に没したコンポーザー・ピアニストで、IMSLPに沢山のピアノ曲が登録されていました。このパラフレーズは、ゴドフスキーのそれほどは手が込んでなくて、ほどほどの技巧で最大限の演奏効果を出すことのみを眼目としているように思えました。毒にも薬にもならないサロン音楽と言ってしまえばそれまでですが、アマチュアがちょっと余興で弾けば拍手喝采間違いないといったところ。おかげでヤナーチェクの世界がぶち壊しになったのですが、最後に店主が「いったい皆さん何を聴きにいらしたんですかね」と皮肉とも嫌味とも取れる発言で聴衆の笑いを取ったのも、小さなサロンでのインティメートなリサイタルならではで、それもまた良し。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2016-08-13 17:26 | 演奏会レビュー | Comments(0)
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