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いまさら「森の歌」を聴くということ

職場で「コントレールのアラタさんかっこいい」「アラタさん色気あり過ぎ~」とか君ら言うとるけど、横で聞いてるおぢさん達の頭には、せいぜい古田新太の顔しか浮かんでないと思うよ。





ラ・フォル・ジュルネびわ湖2016の催しの内、ショスタコーヴィチの「森の歌」と、それに寄せたレクチャーに行ってきました。

  2016年4月29日@びわ湖ホール
  レクチャー「森の歌」をめぐって~音楽・政治・社会~
   亀山郁夫×浅田彰

  スメタナ 「わが祖国」より モルダウ
  ショスタコーヴィチ オラトリオ「森の歌」Op.81
   二塚直紀(T)、片桐直樹(Bs)
   びわ湖ホール声楽アンサンブル
   ラ・フォル・ジュルネびわ湖「森の歌」合唱団
   大津児童合唱団
   日本センチュリー交響楽団
   ダニエル・ライスキン(指揮)


さて、拙稿のタイトルに掲げた「なぜいまさら森の歌なのか」という問いに最初に答えておくと、このラ・フォル・ジュルネびわ湖という一連の催しのテーマが「ナチュール」ということで、自然をテーマにしたプログラムが特色だというのだが、この「森の歌」のテーマはスターリンによる自然改造計画の一環である防風林の植樹であり、いまとなってはこの計画そのものがアラル海の消滅という凄まじい環境破壊の原因となったと言われている。それなのに「森の歌」。無邪気なのか無知なのか、それとも何か深謀遠慮のようなものがあるのか、演奏会だけならなんとも測りかねるところがあるのだが、それに先だってロシア文学の第一人者である亀山郁夫氏と、私たちの世代にとっては日本の知を代表する哲学者として知らぬ者のない浅田彰氏が「森の歌」をめぐってレクチャーを行うというので俄然興味が湧いたという次第。
そのレクチャーだが、想像以上に面白く知的興奮を味わいました。最初に亀山氏により「森の歌」の作曲の経緯が語られましたが、そこでは1937年のスターリンによる大粛清、1942年スターリングラード攻防戦、45年交響曲第9番の初演と48年のジダーノフ批判、そして何よりも49年3月16年にスターリンからショスタコーヴィチに直々に掛ってきた電話(その中でスターリンはジダーノフ批判によって殆ど失職中のショスタコーヴィチを宥め励ましたという)のことなど作品の理解に必要な事項が簡略に紹介されました。次に浅田氏が登場し、自由な対談形式でショスタコーヴィチを巡る様々な意見が交されました。
お二人の論点は詰るところショスタコーヴィチに限らず、なぜこの時代のロシアの作曲家達はこのようなプロパガンダ作品を書かねばならなかったのか、という問いに集約されるように思います。その幾つかを備忘を兼ねて記しておくと、
・ロシアでも革命前には様々なアヴァンギャルドな芸術の試みが行われていたが、1928年の第一次五ヶ年計画を機に社会主義革命が完成し、大いなる歴史の物語が終わった(モダンの終焉)。その後に芸術に求められたのは最早極左的小児病的な前衛ごっこではなくて社会主義リアリズムに基くものでなければならないとされた。つまりアヴァンギャルドの代わりとしてのポストモダン。
(この社会主義リアリズムの対語として資本主義リアリズムという言葉を考えた際、それにぴったり当てはまるのはウォーホルである、というのは如何にも浅田彰らしい見解だと思います。ソヴィエトのプロパガンダ音楽を、ウォーホルのキャンベルスープやモンローのシルクスクリーンのキッチュに準えるという見方はちょっと目から鱗が落ちる思いだ)。
・ショスタコーヴィチと権力の接触というのは三度あった。一つは1936年のプラウダ批判、二つ目は47年のジダーノフ批判、そして最後は1960年の作曲家同盟第一書記への任命と翌年のソヴィエト共産党入党。プラウダ批判の時は交響曲第5番で名誉回復し、ジダーノフ批判の時は森の歌を書いた。しかし3つ目の権力との接触により、ショスタコーヴィチは前衛を弾圧する側についた。このことは絶対に容認できないことであった。
(これまた浅田氏の面目躍如といった見解だと思うが、この3つめの接触こそ権力の恐ろしさを物語るものだろう)。
・アイザイア・バーリンの書簡に出てくる話だそうだが、1958年にショスタコーヴィチがオックスフォード大学の学位授与によりイギリスを訪れた際、私的なサロンコンサートが開かれ、同席していたプーランクも演奏した。その洒脱な演奏の後にショスタコーヴィチがピアノで自作の前奏曲とフーガを弾き始めると、空気が変わっていきなり19世紀のベートーヴェンやブラームスも斯くやといった苦悩に満ちた音楽家の姿が現れた。
この逸話が浅田氏から紹介されたのち、亀山氏より、「森の歌」もけっこうだけれど、それでショスタコーヴィチに興味を持たれたのならぜひ交響曲4番とか8番とかも聴いてみてほしい、あのような音楽を書いたという自負があったればこそ、易々と5番や森の歌のような踏み絵を踏んだのだ、といった話があり、レクチャーが締めくくられました。
非常に限られた時間であるにもかかわらず、この現代に敢えて「森の歌」を聴くために知っておくべきことはほぼ充分に語られていたように思います。あえていえば例のヴォルコフの「証言」に関するお二人の見解なども聞いてみたかったと思います。

さて肝心の「森の歌」だが、私の手元にはテルミカーノフがサンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団を振った1997年の録音があってこの日に先だって改めて何度か聴いてみた。やはりどうにもならない作品だと思ったが、とにかく実演を聴いたらどう思うか、多少の興味はあった。また、吉松隆氏のブログで森の歌の終曲が、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドノフ」の終幕クロームイの森の場面の引用であるという記事を読んで大変興味を持ったこともある。
http://yoshim.cocolog-nifty.com/office/2006/09/post_3bc0.html

だが「森の歌」の終曲の4分の7拍子の合唱とボリスの合唱、共に変イ長調で確かに似てるといえば似てるが、さて本当にこれがボリスの引用かといえば微妙。もちろん、事実だとしてもあからさまにそれと判るような引用はするはずもない。このブログの記事に書かれている他の論拠も、状況証拠には違いないが決め手に欠けるという印象。こんなことも実演を通して考えてみたかったことだ。
しかし、400名近い公募による大合唱団や、バスが日本語で歌いだしたことでまずがっかり。別に原典にこだわるつもりはないのだが、この曲に限ってはロシア語で歌って、字幕にスターリン賛美の対訳が出ることで違和感を感じることが大事なはず。日本語ではまず言葉が聴きとりにくくて神経がそちらにいってしまうのが苛立たしいのと、スターリン賛美の側面はほとんど消えてしまうことが問題だろう。また大合唱団が悪いというつもりもないが、結局この演奏会が想定している客層はなんなのだろう、という疑問に行きつく。いまさら歌声運動の時代のオールドファン目当てという訳でもなかろう。ラ・フォル・ジュルネがクラシック音楽に対するハードルを下げて、多くの聴衆を集めることに成功したことを否定するつもりもない。しかし、ナチュール=自然=森といった安易な企画(レクチャーは別だが)、それにモルダウ・プラス壮大な合唱で感動する人達が対象だというなら、やはりこの選曲はいかがなものか、という気がする。現代において「森の歌」を演奏するなら、もっと批判的に、ひねくれた客層相手にやるべきだと思うのだ。
それにしても、なんという大言壮語、空虚な音楽だろうか。ショスタコーヴィチの生涯の中で汚点といってもよいのではないかという前からの私の思いは覆ることはありませんでした。合唱は寄せ集めにしては健闘、センチュリー交響楽団はブラスが吠えたてることなく美音を奏でていて秀逸だと思っただけに、いろいろと残念な結果でした。

追記
ショスタコーヴィチに対する三度目の権力の介入に関して一言。60年の作曲家同盟第一書記就任に限らず、この前後に夥しい賞や名誉ある地位をソヴィエト政府から受けているのはよく知られている。しかし「自作全集への序文とその序文についての短い考察」Op.123というバリトンの為の短い歌曲はあまり知られていないのかもしれない。だが彼自身が授与されたおびただしい勲章や役職をバリトンがぼそぼそと読み上げるという凄まじく自嘲的な音楽は絶対に知らないでは通らない。交響曲5番など聴いてる暇があればこの歌曲こそ聴いてほしいと思うくらいだ。もはやこの時期には作曲者はあまり怖いものがなくなっていたのかも知れないが、よくもこんな作品をしれっと書いたものだ。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2016-05-04 20:46 | 演奏会レビュー | Comments(3)
Commented by Eno at 2016-05-06 21:55 x
「自作全集への序文とその序文についての短い考察」という作品は知りませんでした。NMLで音源を探したら、ありましたので、今度聴いてみます。もっとも、対訳は付いていないようですが‥。そういえば、小生は「反形式主義的ラョーク」もまだ聴いていません。怠惰な性格に困っています。
Commented by nekomatalistener at 2016-05-07 09:24
私の手元にあるのはフョードル・クズネツォフ(Br)、ユーリ・セロフ(Pf)による2001年録音のDELOS盤です。歌詞の大意は「私はこうして紙にかきなぐっている。野次の声が聞こえるが私の耳は痛まない。私が世界中の耳を痛めつけるのだ。そして印刷され忘れ去られる。これは私の全集への序文のみならず、すべてのソヴィエトと諸国の作曲家たちへ向けられたものだ。署名ドミートリ・ショスタコーヴィチ、ソ連人民作曲家、ソヴィエト作曲家同盟第一書記、ソ連、同盟、その他諸々・・・といったものです。ご参考まで。
Commented by Eno at 2016-05-08 15:34 x
面白そうですね。ドキドキします。教えていただき、ありがとうございます。
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