気が早いけど今年の流行語大賞はもう「ゲス」でいいや。
昨年の暮れから立て続けに藤木大地を聴いています。間違いなく今旬を迎えようとしている歌手ですから、全国おっかけは無理にしても、関西公演の時ぐらいは聴いておきたいと思いまして。 2016年2月11日@京都芸術センター講堂 モノオペラ 「ひとでなしの恋」 作曲: 増田真結 カウンターテナー: 藤木大地 筝・地唄三絃: 中川佳代子 ピアノ: 中村圭介 打楽器: 上中あさみ モノオペラと銘打ってはいるけれど、正確にいうと一昨年に初演されたモノオペラを、今回の公演のために三部十曲からなる演奏会用縮約版として書き直したもの。実は演奏後に作曲者のトークがあり、会場からオペラと今回の演奏会用バージョンの違いについて聞かれた増田氏はこんな裏話をされていました。つまり、オペラ初演の時は演出や舞踊、あるいは照明といった様々な部門との調整で、妥協とはいわないまでも作曲者の想定しているのと異なった時間に従わざるを得なかったが、今回はそういった箇所を元々の思い通りに戻した、とのこと。今の時代も「ナクソスのアリアドネ」のプロローグみたいなことが実際にあるのですね。元のオペラを聴いていないので比較のしようもないのですが、さほど込み入ったプロットでもないのにも関わらず、歌われる言葉だけ聴いていると物語の把握はすこし難しい感じ。カウンターテナーは人形愛に耽る夫の立場にたって歌うのだが、歌詞は論理的・叙述的ではなくてむしろ譫言にちかい。筝・三絃の唄は世間の声と、原作で示される客観的な叙述が中心だが、肝心の妻の立場の歌はない(乱歩の原作は妻の一人語りという体裁なのだが)。結果として、物語の提示がすこし犠牲になった感じだが、音楽の密度の濃さがその犠牲を補って余りある。 音楽のつくりとしては、プリペアド・ピアノと打楽器を中心とした無調的な部分、童謡や唱歌をモディファイした部分(ただし無調的で激烈な、あるいは奇矯な和声がつけられていて、夫の狂気をいやがうえにも増幅する)、筝や三絃による部分に大別できます。ただし、それぞれの境界があいまいになるように、ピアノはプリペアされ、打楽器は特殊奏法が駆使され、邦楽器はところどころ伝統を逸脱した奏法や音の選び方がなされています。決して短い時間ではなかったはずだが、張りつめたような音楽は少しの弛緩もなく、あっというまの一時間でした。 藤木の歌唱は今回も素晴らしい。売れっ子の演奏家がこのようなコンテンポラリーな演目を大切にすること自体すごいことだと思いますが、今現在の彼の声の美点を最大限生かしうるレパートリーであると認識してのことでしょう。前にも書いたが、聴き手に性差の混乱をもたらさない声、ある種の雄々しさに満ちた声は本作の夫の役割にぴったりであると思います。また全編を覆う狂気の表現も凄い。やや大げさな言い方をすればカウンターテナーの表現の可能性を押し広げたといっても良いのではないでしょうか。 ピアノ・打楽器・邦楽器いずれも素晴らしい演奏であったと思いますが、とくにピアノの中村圭介は(昨年のバロックザールに次いで私は二回目だが)こういった音楽に対する適性がとても高いように思います。内部奏法も頻発するプリペアド・ピアノということで演奏者のセンスの良しあしがまともに出てしまうと思うのだが、彼の演奏は伴奏の域をはるかに超えて、創造の一端を担っているというように感じました。 作曲者の増田真結の作品を聴くのは昨年バロックザールで聴いた「山頭火による挽歌《白い凾》」に次いで二回目。精緻で息の詰まるような閉塞感がこの題材にはぴったりだと思います。本当に息をするのもはばかられそうな音楽は大した筆力だと思うけれど、この人が今後より大きな世界に打って出るにはどこかに開放的な、もう少しいい加減なところが必要なようにも感じました。次回この人の名前を聴くのはどこでどのような作品を聴く時だろうか、楽しみにしていたいと思います。 今回の会場となった京都芸術センターだが、昭和初期に改築された小学校が平成に入って閉校になったのをアートスペースとして活用したもの。油を引いた木造の廊下や階段がなんともレトロ。四条烏丸界隈の喧噪からほんの数分の立地だというのに、まるで自分の幼少期にタイムスリップしたかのような不思議な感覚を味わいました。いくつかの部屋では若い芸術家によるインスタレーションも展示されていました。普通なら若い子しか来そうにないものだが、今回の公演は意外に客層が広く、そこそこ年配の方もちらほら。さすがは京都、おそるべし。 (この項終り)
by nekomatalistener
| 2016-02-15 23:21
| 演奏会レビュー
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