紅白には何の興味もなく、家人が観るのでBGM化してたが、レベッカが出たときだけセンサーがちょっと反応。曲そのものより、流行ってた頃の記憶があれこれ呼びさまされて、しかも30年も経つと微妙に記憶が美化されてる感じ。ありそうで意外にない体験。
かつての京都会館が改装してロームシアターという名でオープン。その杮落とし公演に行ってきました。 2016年1月11日 ベートーヴェン「フィデリオ」 レオノーレ(フィデリオ): 木下美穂子 フロレスタン: 小原啓楼 ドン・ピツァロ: 小森輝彦 ドン・フェルナンド: 黒田博 マルツェリーネ: 石橋栄実 ロッコ: 久保和範 ヤキーノ: 糸賀修平 管弦楽: 京都市交響楽団 合唱: 京響コーラス、京都市少年合唱団 指揮: 下野竜也 演出: 三浦基 京都の人って何となく保守的そうに見えて実は新しもん好きというイメージがあって、今回のおよそオペラ的ではない演出についても(少なくとも私の周りの客席や幕間のロビーで聞こえてくるオバサマ方のおしゃべりを聴く限り)、さも当たり前のこととして受容されているように見受けられました(腹の中で考えていることが全く違うということもありがちだが(笑))。これは実に驚くべきことであって、よくまぁホールの杮落しでこんな企画が通ったものだと思います。 演出の三浦基氏については私はまったく予備知識がなく、帰ってからyoutubeで動画検索して、あの奇妙な語り手のイントネーションがこの人の舞台では珍しくもないことだと分かりましたが、会場の大半の聴衆は与り知らぬこと。冒頭の、序曲の演奏を阻害するだけに思えたベケットの引用も然り。私には演出家の独りよがりというか、この不出来な台本を演劇としてなんとか救済しようとするあまり、音楽へのリスペクトが疎かになったように思われてならないのですが、これもまた京都らしい興行、懐の深さを感じさせるとかなんとか、大人の対応でスルーすべきものかも知れない。だから次のパラグラフは本来チラシの裏にでもメモしておくべき類のことだと思ってくださればと思います。 私はベートーヴェンのこの、演劇としてもオペラとしても甚だ不評である「フィデリオ」について、実はやりよう如何によってはこの上なくアクチュアルなものになると思っているし、そうでなければ読替え云々は措くとしても、そもそも舞台でやる意味がないとまで考えています(事実、ベートーヴェンの音楽を聴くのならば、この異形のオペラの場合、演奏会形式がもっとも相応しいと思います)。本当にこのオペラに本気で取り組むのならば、例えば劉暁波氏とフロレスタンを重ねあわせて某国から猛烈な抗議がくるぐらいの物議を醸してみたらどうか。別にあからさまな政治的主張をせよ、ということではない。そうではなくて、楽聖ベートーヴェンだの音楽は国境を超えるだの太平楽かつ脳天気なことを考えている聴衆に、そのベートーヴェンの上演すらままならないこの世界の過酷さを気づかせるという選択肢はなかったのだろうかということ。今回の演出で、どうしても擁護論を書けないと思ったのは、詰まる所無害である、という理由なのかもしれないと感じています。それならそれで構わないが、どうか音楽を邪魔しないで、と小さな声でつぶやくのみ。 一応備忘でざっと演出の模様を記録しておくと、オーケストラは舞台の上、その奥に二つのスロープと歩廊からなる簡素な装置。何もないピットの中では赤いフード付きの囚人服を着た囚人たちが歩いたり寝そべったり、その様子を俯瞰カメラでとらえた映像が舞台奥のスクリーンに映し出される。歌手たちは奥のスロープや歩廊の上で、あるいはオケの中に設えられた細い通路で、ほぼ直立で正面を向き、殆ど芝居らしい芝居をせずに歌う。囚人の合唱はセット奥に隠れていた男声合唱が受け持ち、赤い服の囚人らは歌わない。最後の合唱はピットから笑顔で手をふりながら飛び出してきた大人と子供の合唱団員らが歌う。ざっとこんなところかな。 演奏についても何となく満たされないものが残りました。下野の指揮だが全体に早めの筋肉質な音楽。だが第1幕あまりにもサクサクと音楽が進んでいくので聴衆が取り残されてしまう感じ。特に囚人の合唱など、歌手達の非力さをカバーするかのような早いテンポ(まさかそんなことはないと思うけれど)。だが、第2幕でフロレスタンが登場すると(相変わらずテンポは速めだが)俄然音楽が活き活きと呼吸を始めるかのよう。フロレスタンとレオノーラの二重唱、慣習通り挿入されたレオノーラ序曲第3番とフィナーレ、第1幕とは見違えるような音楽が続きます。ただぜいたくを言えば、このフィナーレ、本当はもっと恰幅のよい音楽という気がします。下野はこれまで聴いたコンテンポラリー作品だと、小技を排して真正面から音楽に向かい合う素晴らしい指揮ぶりなのに、ベートーヴェンだと少し力み過ぎた感じがします。 歌手ではフロレスタンの小原啓楼が圧倒的に優れていました。第2幕が演奏として断然前半より優れていたことのおおきな理由はこの人の声そのものだろう。私が一番最近この人を聴いたのは、ライマン「リア王」のエドマンド役の時だと思うが、それからさらに表現力が増しているように思いました。フィデリオの木下美穂子、最初やや不安定なところもあったがよく堪えて、第二幕は素晴らしい歌唱を聞かせてくれたと思います。マルツェリーナの石橋栄実はこのブログで何度も取り上げてきたが、この役は彼女のスピントとしての非凡な資質によくあっていると思います。 ロッコとフェルナンドは強靭な声というにはやや弱い感じもしたが、役柄の大きさによくあった歌唱。ヤキーノはオペラの中では性格的にも弱いし損な役柄だが、糸賀修平の声質は屈託のなさよりは性格の粗雑さを思わせるものがあって、私の抱くヤキーノのイメージとは少し違う。だからどうしたと聞かれると困るが、すくなくともヤキーノという役に少しでも存在感を与える歌唱ではなかったと思います。 今回一番聴いていてつらかったのはドン・ピツァロを歌った小森輝彦。私がライマンの「リア王」で驚嘆したのはつい数年前だというのに、まぎれもなく「老い」が刻印された声が痛々しくて仕方なかった。しばらくどのような役柄を引き受けるか難しい時期が続くのだろう。 合唱は、新国立劇場の合唱のレベルを聴きつけているともうレベルが全然違ってがっかりします。フィナーレで少年合唱を入れたのは演出家と指揮者どちらのアイデアだろうか?それ自体は良いとも悪いともいいかねるが、ベートーヴェンの音楽の凄さでなんとか「終わりよければ・・・」で収まった感じ。今回の公演の為に、久々にバーンスタインの録音(グンドラ・ヤノヴィッツのレオノーラにルネ・コロのフロレスタン)を聴いたりしていたのだが、聴けば聴くほど素晴らしい音楽だと思うようになりました。演奏会形式で良いから(いや、先にも書いた通り、演奏会形式のほうがむしろ好ましいくらい)、もう少し実演を聴く機会があれば、と思います。個人的には年末の第九の20回に1回くらいは「ミサ・ソレムニス」か「フィデリオ」をやってくれないかな、と思っています。 追記 このリニューアルされたホールについて、音響がデッドであるという評を見かけました。私は1階の20列目あたりで聴きましたが、確かに残響はやや短めなものの、明晰な響きを求める向きにはなかなか良いホールのように感じました。次はピットの中のオケを聴いてみたいものです。 (この項終り) 1/21更に追記 一週間経過したがやはり納得できない。 演出について、SNSでベケットの「引用」と書いた人は何人もいるが「パクリ」と書いた人はいない。でもなんだかもやもやする。いいのかあれで?それとは別に、あの語り手の文節を無視した途切れ途切れの台詞も、ベケットの”Sans”っぽいし。オペラの読替えそのものは決して否定しないが、どう読み替えたのか私には全く分からなかったし、第一あんなに表層的で舌足らずなやり方だと単なる食い合わせみたいになってしまうと思う。
by nekomatalistener
| 2016-01-13 00:45
| 演奏会レビュー
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