節子、それブーレーズやない、ピエール瀧や。
このブログで一言でも「ブーレーズ」という言葉が入った記事を検索すると39編もありました。どんだけブーレーズ好きなんだ俺。 とはいうものの、基本的にコンサート・ゴーアーではない私は、指揮者としてのブーレーズを生で聴いたのは1995年5月26日のサントリーホールでのロンドン交響楽団を指揮した公演のみ。確かこの時は、もともとポリーニがバルトークのコンチェルトをやるはずだったのが急遽体調不良でラヴェルのマ・メール・ロアのオーケストラ版に差替えられたと記憶している。ポリーニ目当てでわざわざ奈良から東京まで出てきて、がっかりしたはずなのに、この時のメシアンの「クロノクロミー」の演奏があまりにも素晴らしくて、そのがっかりした記憶というのが全くない。まるで、粉々になったステンドグラスが頭の上から降ってきたみたいな感じというのか、忘我とか法悦というのはこういうことを言うのかな、とぼんやり考えていたように思います。もちろんメシアンの音楽自体が素晴らしいのだけれど、あの色彩感の表出というのは只事ではなかったはずです。クロノクロミーとは時間と色を表すギリシャ語からの造語みたいだが、これほどタイトルに相応しい演奏もなかろうと思いました。メシアンに呆然としてしまい、プログラム後半のストラヴィンスキーの「春の祭典」の記憶があまりないのは残念ですが、ブーレーズ死去と聞いて真っ先に思い浮かべた記憶がこの公演でした。 指揮者としてのブーレーズは、私はおそらく膨大なディスコグラフィーの内の何分の一も聴いていない上に、圧倒的なものもあれば意外に微温的に感じられるものもあって、やや評価が定まらないところがあります。しかし、色んな作曲家の作品の中で、知名度は低いが傑作であるとか、完成度に難はあるが絶対に無視できない作品とかを思い浮かべると、そのかなりの部分がブーレーズのLPで初めて聴いたということに気が付きます。例えば、ドビュッシーならバレエ「遊戯」、ラヴェルであれば「マラルメの3つの歌」、ベルリオーズの「レリオ」、ストラヴィンスキーの「ダンバートン・オークス」、バルトークの「かかし王子」、マーラーの「嘆きの歌」なんかもそう。そのいくつかは未だにまともな競合盤もないようだが、こういった作品の存在を私に教えてくれたことはどんなに感謝しても感謝しきれません。私が学生の頃には殆ど知られていなかったハリソン・バートウィッスルやジェルジュ・クルターグの録音も然り。 これらの大半を私はLPで聴いてきたのでいま手元に殆ど無いのが残念。あやふやな記憶でベスト・スリーを挙げるのも申し訳ないような気もするが、これだけは外せない、と思うものをとりあえず3つ記しておきたい。 ①ウェーベルン作品全集 これは新旧2組の録音がありますが、あらゆる虚飾を削ぎ落とした果ての美しさというのは旧盤により顕著な感じがします。ただ、旧盤をCBSのCDで買い直したところ、なぜか安っぽい録音で(当時の私のオーディオ機器の所為かも知れませんが)、元のLPの音に遠く及ばなかった記憶があるので、CDで聴くなら新盤ということになるだろうか。いずれにしても新旧とも偉業と呼ぶに足る素晴らしい仕事だと思います。 ②シェーンベルク 「ピエロ・リュネール」 ブーレーズはこの作品を何度も録音しているが、最初期のピラルツィクが歌った仏ADES盤が一番好き。イヴォンヌ・ミントン盤、クリスティーネ・シェーファー盤と時代が下るとともに、音響としてはますます美しく、しかし何か大切なものがすこしずつ失われていく感じも。 ③ベルク 「ルル」 フリードリッヒ・ツェルハ補筆による全3幕版の初めての録音。今はすっかり人気曲の仲間入りして、このディスクのテレサ・ストラータス(ルル)やイヴォンヌ・ミントン(ゲシュヴィッツ伯爵令嬢)を凌ぐ歌い手は数多いるが、この録音の凄まじい熱気と退廃の香りは何物にも代えがたいと思います。 ま、他にも挙げたいディスクはありますが、ブーレーズが指揮者としてメジャーになればなるほど、私の興味が(曲目にも演奏にも)薄れていくということは何となく言えそうな気がします。 作曲家としてのブーレーズにも簡単に触れておきたい。これはたくさんの人が指摘していることですが、指揮者としてのブーレーズ同様、作曲家としてのブーレーズも、メジャーになればなるほどますます美しく、しかしどこか空虚な作品を書くようになったというのは概ねその通りという気がします。そういった意味で、ベストスリーを挙げるなら半世紀以上前の作品が並ぶのは仕方ないのかも。 ①ル・マルトー・サン・メートル この曲も何度も録音しているが、やはり初期のアンサンブル・ミュジック・ヴィヴァント盤が一番印象に残っています。美しいだけでなく、本当はとても危険な音楽という感じがする。初めてスコアを見ながら聴いたとき、殆ど小節ごとに変わる拍子が繁分数で書かれていることに驚き、幼稚な感想だけれど「頭いいんだろうなこの人・・・」と思った記憶がある。 ②2台のピアノのためのストルクチュール 昔WERGO盤で聴いたコンタルスキー兄弟の火花散る演奏が強烈でした。割と最近、CDで聴きなおす機会があったのだが、やはり鮮烈な体験でした。これだけの密度の2台ピアノ作品って今後生まれ得るだろうか? 戦時中のメシアンは別格として、大戦後に書かれた2台ピアノ作品としてはもう別次元というか、言っちゃ悪いがリゲティやルトスワフスキーの現代風サロン音楽とは拠って立つ次元が完全に違う。これに比肩出来るのはツィンマーマンの「モノローグ」ぐらいなものかもしれない。 ③第2ピアノソナタ 学生の頃に、当時は物凄く高価だったウジェル社の大判の楽譜を買って、第1楽章くらいは弾いてみたいと思ったがやはり素人には手も足も出ないなと嘆息。1995年に東京でポリーニが弾くのを生で聴き、やはり凄い作品だと改めて驚愕。第3楽章のトリオのエクリチュールにしびれます。まさにポリフォニーの極致。第4楽章は全体が驚異の連続、空前絶後の音楽だと思います。最近ジャン・バラケのソナタとの相互影響が取り沙汰されたりもするけれど、これからもブーレーズのこのソナタの価値は微動だにしないだろうと思います。 本当は「水の太陽」とか「婚礼の顔」を挙げるのが通っぽい感じもするが、そんなに何度も聴いた訳ではないので平凡なラインナップになりました。一方「プリ・スロン・プリ」や「エクラ」などの煌めくような美しさは、とても素敵だと思いますが、上に挙げた3曲が、レコードやCDを聴くだけでも真剣勝負の厳しさを伴う行為になってしまうのに比べて、どうしても美しすぎて眠くなる(笑)。というか、極めて精巧なガラス細工を眺めてるような気分になってしまう。それが芸術の在り方としていいのか悪いのか、という議論は意味がないとしても、やはり一種の退嬰感というのは否定できないように思います。同じガラス片でも、きらきらと光る装飾品に向いたものもあれば、相手の喉を掻き切る凶器に向いているものもあるわけだが、美しく磨けば磨くほど凶器としての側面がすり減っていくようなものか。 ブーレーズ死去のニュースには驚いたけれど、90歳ならもう大概のことはやり尽くしたのだろうと思います。私は(昨年のアバドの時とか)、慣れ親しんできた演奏家が亡くなっても、ま、仕方ないね、で済むほうなのだが、なぜかブーレーズに対してはこうやって駄文ながら何かを捧げずにはいられなかった。それほど今の私の音楽に対する姿勢だとか嗜好といったものに、ブーレーズが与えてくれた影響が大きいということなのだと思います。やはり私はブーレーズがほんとに好きだったんだろうな。心からの感謝を捧げたい。
by nekomatalistener
| 2016-01-08 00:01
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