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シュトックハウゼン 「光の月曜日」を聴く (その4)

以下の記事を投稿しようと思っていたらブーレーズ死去のニュースが飛び込んできた。ちょっと今は言葉もない・・・





「光の月曜日」、今回が最終回。
個人的な話で恐縮ですが、大阪の万博の時、私は小学二年生。両親にねだって何度も連れて行ってもらった。殆どすべてのパビリオンを制覇しているはずなので(凝り性は生まれつき)、当然ドイツ館では半年間殆ど張り付きだったシュトックハウゼンと仲間たちの演奏を聴くチャンスもあったはずだが、残念ながら何の記憶も残っていない(せんい館の湯浅譲二はかすかに憶えているのに・・・)。
シュトックハウゼンは2002年に亡くなっているが、それまでもちろん彼自身の演奏も聞いたことがない。私らの世代はある意味、60年代から70年を頂点とする一連の前衛音楽に関しては「遅く生まれすぎた世代」だともいえるが、将来いつの日か東京でリヒトが上演されるとして、その時に「早く生まれすぎた世代」になりたくないものだ。


「エーファの魔法」と題された第3幕は以下の部分から構成されています。

 エーファの魔法
 バセット・ホルン、アルト・フルートとピッコロ/合唱、児童合唱/モダン・オーケストラのための 

  使徒
   ・エーファの鏡
   ・知らせ
   ・スザーニ
   ・アヴェ
  パイド・パイパー(まだら服の笛吹き)
  誘拐

前半の「使徒」、どんな物語が展開するのかという問いに答えるのはとても難しい。こればかりは舞台で観ないとなんとも言えませんが、次のような合唱の歌詞の断片から作品の世界観を推測する他なさそうです(引用は「シュトックハウゼン音楽情報」のサイトから)。

  あなたはフォルメルのリム(分節)を集め、
  新たに分配し、
  エーファの身体の三度とミヒャエルの魂の四度の
  統合によって世界を癒やし、
  『光』の
  正しい理解を助ける。

「使徒」ではバセットホルンとフルート(どちらも舞台上で仕草をしながら演奏するらしい)がフィーチャーされ、濃密な雰囲気の合唱と絡みます。「月曜日」全体の中で最もアクースティックな音響が聞かれます。

後半の「パイド・パイパー」、Pied Piperとはあの「ハーメルンの笛吹」のこと。まだら服を着たフルート奏者(カティンカ・パスフェーア)が吹く様々な音や発語、サウンドプロジェクションによる物音や動物、鳥などの鳴き声などを子供達が声で真似していきます。これが大層面白い。初期の「少年の歌」以来、声や言葉を使って様々な実験を重ねてきたシュトックハウゼンの面目躍如といったところだろうと思います。この部分は独立した楽曲としての演奏も可能で、別CDも出ており幾分入手しやすそう(実はyoutubeで聴くこともできるけれど、権利関係がどうなっているのか判らないのでここには載せません)。お試しでこれをまず聴くという手もあるでしょう。少なくともリヒト入門編としては「ヘリコプター四重奏」よりもよほど近づきやすいような気がします。これはもう機知の爆発と言ってもよさそうだ。

続く「誘拐」でまたしてもサーカス風の音楽が響きます。前回ビートルズの「ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト」に言及したけれど、シュトックハウゼンのような音楽家がサーカス音楽を引用するとマーラーやストラヴィンスキーやアイヴズといった過去の音楽のアーカイブが凝縮されているように聞こえます。次いでエーファのフォルメルによる歌が何度も何度も繰り返されながら次第にフェードアウトしていきますが、その間舞台上では子供達が笛吹に着いていって姿を消し、エーファの巨大な彫像は次第に干からびて藪や灌木に覆われた山になっていきます。


この後、聴衆を見送るための「月曜日の別れ」と題された30分弱の音楽が演奏されます。

 月曜日の別れ(エーファの別れ)
 ピッコロ・フルート、多重ソプラノ・ヴォイス、電子鍵盤楽器のための

ここでは第3幕の「誘拐」で聴かれた歌がピッコロとソプラノによって延々と繰り返され、甲高い鳥の声とともにあたかも天上に消え去るかのようにフェードアウトします。それはこの巨大な作品(「迎え」と「別れ」を含めると4時間半を超える)が、水=海=羊水の世界から天上=空=鳥の世界に向かう大きな流れの中にあったことを認識させてくれます。長いと言えば長い音楽ですが、聴いていると時間の感覚が少し麻痺してしまう感じ。リヒト全体を支配している「フォルメル技法」について、私は未だによく分かっていませんが、大変印象的な旋律が何度も繰り返されるのを聴いていると、同じ音列による書法でもトータルセリエリズムとはまったく異なる音楽世界という印象を持ちます。

4回に亘って紹介してきましたが、この作品の面白さをどこまでお伝えできたものか心許ないというのが正直なところ。情動に訴える音楽ではありませんが、知的な構築物といったイメージとも少し異なる音楽。意外なほどウェットで、時に下品だったり俗っぽかったり、しかし基本的に仄暗く生暖かい音楽は、私が普段慣れ親しんできた音楽とは随分違うのでちょっと例えるものが見当たらない感じもします。次は「光の火曜日」に挑戦する予定です。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2016-01-06 23:55 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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