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バルトーク 弦楽四重奏曲連続演奏会vol.3

電車の中で幼稚園くらいの女の子と親戚のおばちゃん風の女性の会話が聞こえてくる。おばちゃんが女の子にすきな食べ物を尋ねると、女の子が元気に「近大マグロッ!」と答えてはりました。





泉原隆志率いる弦楽四重奏団によるバルトーク連続演奏会の最終回は第2番と第6番。伸び盛りの若い演奏家が回を追うごとに成長していく様子は観ていて(聴いていて)素晴らしいと思いました。

 2015年4月24日@カフェ・モンタージュ
  バルトーク
   弦楽四重奏曲第2番Sz.67(1917)
   弦楽四重奏曲第6番Sz.114(1939)

  泉原隆志(vn)、長谷川真弓(vn)、金本洋子(va)、城甲実子(vc)


わずか半年ほど前に、第1回目(3番&5番)を聴いたときは、そのアンサンブルの瑕の多さに少しハラハラしたものですが、その分バルトークの音楽のフォークロア的な側面が際立ち、それはそれで実に面白いものでした。その後、第2回目(1番&4番)では格段にアンサンブルの精度がよくなり、今回は満を持しての最終回という感じがしました。
以前にも書いた通り、バルトークの弦楽四重奏曲については、ジュリアードSQの旧盤に代表されるような先鋭極まりない演奏、4本の鋼鉄製の針金がきりきりと絡み合うような演奏と、私がその昔愛聴していたノヴァークSQのような、肌理の粗い手触りと濃密なマジャールの血を感じさせるような演奏の二つのタイプがあるように思いますが、彼らの演奏はもちろん後者のタイプに近い。それはアンサンブルの精度の問題もあるけれど、むしろそれより峻嶮な山々に挑む彼らの気負いと愚直なアプローチの所為だろうと思います。その結果、第2番の特異な面白さが際立っていた反面、第6番の晦渋さを改めて認識することにもなりました。

第2番は1915年から1917年にかけて書かれたということだが、その少し前に大規模なバレエ音楽「かかし王子」が、そのあとにパントマイム「中国の不思議な役人」が書かれているところを見ると、この時代にバルトークの作風が伝統を踏み越えて大きく変化したのは間違いないところ。したがってこの第2番には、ストラヴィンスキーのオペラ「うぐいすの歌」やシェーンベルクの「グレの歌」と同じく、一つの作品中に様式の大きな変化が刻まれていると言えます。ラプソディックな第1楽章、仏領アルジェリアで採集したサハラの民族音楽の影響を受けた第2楽章に比べると、急進的な第3楽章の特異さが突出しています。一般には弦楽四重奏曲第4番(1928)あたりがバルトークがもっとも「前衛的」であったとされているようですが、私はむしろ1918年あたり、「中国の不思議な役人」もそうだが、「ピアノのための3つのエチュード」なんかのほうがはるかに無調的で演奏も至難、若きバルトークが内なる天才の命ずるままに自由奔放に書いている感じがします。というわけで、弦楽四重奏曲第2番というのは一般に思われているよりもはるかに重要な作品ではないか、と改めて思いました。今回の演奏では第1、第2楽章と第3楽章との落差が巧まずして強調されていた結果、この作品の特異さ、様式の切断のようなものを理解できたような気がします。

アメリカ移住の直前に書かれた第6番は、私にはなかなか腹に入らない難物。カフェ・モンタージュの店主が、バルトークという人は真顔で冗談を言うので、周りの者はどこまでが冗談でどこから本気なのかわからなかった、同様にこの第6番もよく分からない云々と仰っていたのはまさにその通り。楽章を追うごとにMesto(悲しげに)の部分が増殖していくような構造、第1楽章のベートーヴェンの第16番や「大フーガ」を思わせるようなモットーの扱いと、同じくベートーヴェンの後期ピアノソナタのパロディのようなMarcia、冗談のかけらもない苦い味わいのBurlettaに続いてMesto一色に塗りつぶされた救いのない第4楽章。とてつもなく深刻そうなのにどこか飄々としており、真面目かと思えばどこか投げやり、しかもある種の人生に対する悪意のようなものが垣間見えて、一筋縄でいかないとはまさにこのこと。この後にアメリカで書かれた晩年の作品にみられる澄みきった境地のようなものは全く見られません。恐るべき音楽だとは思うけれど、そんなにしょっちゅうは聴きたいと思わないし、今回の演奏を聴いてもその思いは変わりません。今回の演奏は大変な熱演だったと思いますが、残念ながらその晦渋さを超えて、聴き手の腹に落ちるような演奏には至っていないと思いました。ある作品に対して、演奏者が若いということがネックになることなど本当はあまりないと思いたいのだが、この6番ばかりは彼らも歯が立たなかったという他ありません。

この名無しのカルテット、この後の予定はまったく無いそうだ。泉原さんのコンマスとしての活動も忙しいに違いなく、長期に亘ってアンサンブルを練り上げていくのは大変なのかもしれませんが、今回のバルトークシリーズは大成功だったと思うので、なんとかこれからも弦楽四重奏団としての活動をしてほしいものです。ショスタコーヴィチの15曲、シェーンベルクの4曲、ウェーベルンの3曲(Op.5,9,28)にベルクの2曲etc、彼らの演奏で聴いてみたい作品はたくさんあります。どうか息長く取り組んでほしいと思うのですが。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2015-04-30 23:10 | 演奏会レビュー | Comments(0)
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