<< ハイドンのオペラを聴く(その4... 京都観世会例会 「小鍛冶」 「... >>

ハイドンのオペラを聴く(その3)~「騎士オルランド」

カリオストロの城、という文字を見た時の一瞬のスカトロ感。





ハイドンがエステルハージ家のために書いた一連のイタリア語オペラ、そしてアンタル・ドラティの指揮と数々の歌手達の素晴らしさを紹介しています。今回取り上げるのは「騎士オルランド」。

  
  騎士オルランド ~3幕からなる英雄喜劇 
   アンジェリカ: アーリーン・オジェー(Sp)
   エウリッラ: エリー・アメリンク(Sp)
   アルチーナ: グウェンドリン・キルブルー(Ms)
   オルランド: ジョージ・シャーリー(T)
   メドーロ: クラエス=アーカン・アーンシェ(T)
   ロドモンテ: ベンジャミン・ラクソン(Bs)
   パスクァーレ: ドメニコ・トリマルキ(Br)
   カロンテ: マウリツィオ・マッツィエーリ(Bs)
   リコーネ: ガボール・カレッリ(T)
   アンタル・ドラティ指揮ローザンヌ室内管弦楽団
   1976年6月録音
   CD:DECCA 478 1776


このオペラも英語版Wikipediaに立項されています。それによると1782年12月6日にエステルハーザ宮殿にて初演され、ハイドンの在世中はそこそこ人気があったようです。

http://en.wikipedia.org/wiki/Orlando_paladino

台本は他のオペラ(ピエトロ・アレッサンドロ・グリエルモの「オルランドの狂気」(1771))の使い回しのようで、そのこと自体は当時はごく当たり前のことだったのだと思いますが、モーツァルトにとってのダ・ポンテのような台本作家がハイドンの周りにいなかったことがとても残念に思われます。ハイドンのオペラが長く歴史に埋もれてしまったのは、様々な理由があるにせよ、台本の拙さの所為というのが大きいように思います。
それにしても、モーツァルトの「後宮からの逃走」K384とほぼ同時期のこの作品、もう少し後のフィガロやドン・ジョヴァンニほどの深みはないかも知れませんが、少なくとも「後宮」のモーツァルトには全くひけをとらない傑作だと思います。それは情緒に流れない、知的ですこし乾いた音楽。決して万人受けするものではないと思うが、モーツァルトのオペラがお好きな人であれば絶対に聴いて損はしないと思います。

物語はアリオストの有名な「狂えるオルランド」のエピソードに基づいていますが、英雄劇どころかかなりドタバタに近いので省略。契丹の女王の名前がアンジェリカというだけで力が抜けそうになりますが、当時のエキゾチシズムというのはこんな程度だったのだろうか。エキゾチシズムといえば、このオペラの第1幕でオルランドの従者パスクァーレがエウリッラにこれまでの冒険を語るアリア(第9曲)には沢山の地名が出てきますが、Pechino(北京)やTartaria(韃靼)とならんでGiappone(日本)が出てくるのが面白い。そういえばモーツァルトの「魔笛」でも、タミーノは日本の狩の衣装を着ているとト書きに書かれていますね。もちろんどちらも支那や日本の音楽とは何の関係もありません。

ところでこのオペラ、"Dramma eroicomico"(英雄喜劇)と記されています。聞き慣れない感じがするが、18世紀末ごろのセリア風の要素を持つオペラ・ブッファのことをいうらしく、ネットで少し調べてみるとサリエリの「ペルシアの女王パルミーラ」(1795)やフェルディナンド・パエルの「サルジーノ」(1803)、あるいはジモン・マイールの「二日間または水運び人」(1801)などが引っかかるので当時はそう珍しくもないジャンルだったのかも知れません。その特色を語れるほどの知識は筆者にはありませんが、まず題材としては叙事的な物語を扱うセリアでありながらドタバタの要素が入っていること、また音楽面では登場人物によってセリア風の人物とブッファ風の人物がかなり明確に描き分けれられています。
まずは全曲の構成を掲げておきます。イタリア語のリブレットは下記URLに載っており、これを見る限り、本CDの演奏はごくわずかなレチタティーヴォを除いて殆どカット無しの演奏であることが判ります。

http://www.dicoseunpo.it/H_files/Orlando_Paladino.pdf

 シンフォニア
 第1幕
  No.1 導入Introduzione(エウリッラ、リコ-ネ、ロドモンテ)
  レチタティーヴォ・セッコ(R.S.)
  No.2 アリア(エウリッラ)
  R.S.
  No.3 アリア(ロドモンテ)
  No.4 カヴァティーナ(アンジェリカ)
  R.S.
  No.5 シンフォニア
  R.S.
  No.6 アリア(アルチーナ)
  R.S.
  No.7 アリア(メドーロ)
  No.8 カヴァティーナ(パスクァーレ)
  R.S.
  No.9 アリア(パスクァーレ)
  R.S.
  No.10 アリア(アンジェリカ)
  R.S.
  No.11 レチタティーヴォとアリア(オルランド)
  R.S.
  No.12 フィナーレ(アンサンブル)

 第2幕
  R.S.
  No.13 アリア(ロドモンテ)
  R.S.
  No.14 アリア(メドーロ)
  No.15 カヴァティーナ(パスクァーレ)
  R.S.
  No.16 二重唱(エウリッラ&パスクァーレ)
  No.17 アリア(アンジェリカ)
  R.S.
  No.18 レチタティーヴォと二重唱(アンジェリカ&メドーロ)
  R.S.
  No.19 レチタティーヴォとアリア(オルランド)
  R.S.
  No.20 アリア(パスクァーレ)
  R.S.
  No.21 フィナーレ(アンサンブル)

 第3幕
  No.22 アリア(カロンテ)
  R.S.
  No.23 レチタティーヴォとアリア(オルランド)
  R.S.
  No.24 戦いの音楽Combattimento
  No.25 レチタティーヴォとアリア(アンジェリカ)
  R.S.
  No.26 合唱(全員)


全曲の構成はカルロ・ゴルドーニ風のドラマ・ジョコーゾの様式に則り、大規模なフィナーレをもつ長大な第1幕(シンフォニアを除いて約72分)・第2幕(約63分)と、非常に短い第3幕(約27分)から成っています。フィナーレの重唱の他に合唱がないのはセリア的と言えるかも知れません。
歌手は、おおまかに言うと、パスクァーレ・エウリッラ・リコーネがブッファ風の人物であり、その他が概ねセリア風の人物ということができそうです。
登場人物の中で実質的な主役であり、かつ典型的なセリアの様式で歌うのは契丹の女王アンジェリカでしょう。彼女が歌うソロは全部で4曲。まず第1幕第4曲はカヴァティーナと名付けられていて、三部形式で抒情的な旋律美を満喫することができます。短調に転じての中間部は短いがフルートのオブリガードが美しく印象的。控え目なフィオリトゥーラも効果的。次いで第1幕第10曲は緩急の二部から成る典型的な大ブラヴーラ・アリア。後半の目覚ましいコロラトゥーラはモーツァルトの「ルーチョ・シッラ」のジューニアのアリアを思い起こすほど。しかも当然のことながら少年モーツァルトのそれよりもずっと大人の音楽になっています。次に第2幕第17曲、これも典型的なブラヴーラの大アリア。急の部分はオーボエとのコンチェルタントな掛合いが素晴らしい効果を生んでいます。最後に第3幕第25曲、アコンパニャート附きの大アリアで、これも後半は華麗なブラヴーラが聴きもの。その他にも第2幕第18曲のメドーロとのアコンパニャートと二重唱もあって、たいへん重い役柄となっています。
外題役のオルランドはセリア寄りの人物ではあるが、ブッファの世界との橋渡しをしているようにも見えます(役柄も音楽も)。彼のアリアは3曲与えられています。まず第1幕第11曲のアコンパニャート附きのアリアは、ソナタ風の二部形式で書かれた格調高いアリア。次いで第2幕第19曲アコンパニャート附きアリアもソナタ風二部形式ですが、曲調は幾分ブッフォな感じがします。最後の第3幕第23曲アコンパニャート附きのアリアは自由な三部形式で書かれ、再び荘重なセリアの様式に戻ります。
最も典型的なブッフォの役柄は従者パスクァーレ。彼は主役並みに4曲のアリアを与えられています。第1幕第8曲のカヴァティーナは終始6/8拍子の二部形式でヘンデル風の前半とブッファ風の後半から成るもの。続く第9曲のアリアは小規模なソナタ形式。早口言葉や口笛の出てくるロッシーニ風のブッファ・アリア(先程北京や日本が登場すると紹介したもの)。第2幕第15曲はカヴァティーナと銘打たれてはいますが、抒情的なそれではなく短い勝利の歌。第20曲の二部形式のアリアはカストラートのまねをしてファルセットで歌う場面が出てくる注目すべきもので、ブッファの楽しさが炸裂します。その他にもエウリッラとの楽しい二重唱(第16曲)もあって殆ど主役級の扱いを受けています。エウリッラは少し後のモーツァルトならスーブレットのために書いたであろう役柄で、パスクァーレとの二重唱など、まるでドン・ジョヴァンニのツェルリーナとマゼットの二重唱のように聞こえます。
その他、サラセンの兵士メドーロもセリア的人物で大アリア風の比較的長いアリアが二つあります(第7&第14曲)。魔女アルチーナは重要な役柄ですが、あまり技巧を駆使したアリアは与えられていません(ソロは第6曲のみ)。おそらく初演時に想定していた歌手の能力によるものだと思います。第3幕にだけ登場する黄泉の国の渡し守カロンテのアリア(第22曲)は、後のロッシーニが脇役の為に書いたいわゆるシャーベット・アリアAria di sorbettoといわれるものと曲調も似ています。一連のブッファ風のナンバーは、モーツァルトを飛び越えてロッシーニの音楽に通じるものがあるように思います。


演奏に関しては今回も選りすぐりの歌手が集められていて、もう贅沢の極みだと思います。なかでも圧倒的に素晴らしいのがアンジェリカを歌うアーリーン・オジェー。この人、私が中学から高校の頃に掛けて蒐集していたヘルムート・リリンクのバッハ教会カンタータのシリーズの主要歌手の一人で、大好きな歌手でした。最近その声を聴く機会もほとんどなくなっていましたが、久しぶりに聴いて、ややほの暗く温かみのある声質と、精密なコロラトゥーラのテクニックに改めて驚きを覚えました。
エウリッラを歌うエリー・アメリングについては私らの年代の声楽好きなら多分知らぬ者はないと思いますが、最近はどうなんでしょうね。古典派や初期ロマン派のリートなど、この人の存在なしでは語れないほどでしたが、オペラにおいてもリリコからスーブレットまで、知的でほどよく品のある語り口が魅力。このハイドンなど、作品にもうすこしポピュラリティがあれば当たり役と言ってもよいくらいだと思います。この人の声を評して「透明」という言い方をよく聞くが、どうでしょうね。透明さよりは人肌のぬくもりのようなものを強く感じます。
パスクァーレを歌うドメニコ・トリマルキはロッシーニのブッファで有名な人ですが、本当に芸達者といった感じがします。ロッシーニと違って悪乗りしすぎないさじ加減がなかなか絶妙。
オルランド役のジョージ・シャーリーは若干歌に「泣き」が入るクセがあって、様式感という点ですこし違和感がありました。その他の歌手達はいずれも過不足のないもので、全体としては大変なクオリティだと思いました。
ドラティの指揮は申し分なし。ハイドンの演奏の難しさというのは、モーツァルトの難しさよりもロッシーニのそれに通じるのじゃないでしょうか。モーツァルトのほうがまだしも情緒的な演奏でもなんとかなる部分があるが、ハイドンはその手の誤魔化しが一切効かなそう。ドラティの知的でしかも推進力のあるアプローチは本当に素晴らしいと思います。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2014-12-29 15:38 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
<< ハイドンのオペラを聴く(その4... 京都観世会例会 「小鍛冶」 「... >>