リツイートがわりに引用。いやほんと、この通りだと思うよ。
糖類の上@tinouye 最近思うのだけど、たとえばハイドンのようにつまらなさそうだけど、あれが素晴らしいと思えるようになるのは、ウェーベルンが面白いと思うとか、フェルドマン、近藤譲が面白いと思えるのと似てるのではないか?(いや、確信はないけどね、、 Amazonを渉猟していて偶然見つけたハイドンのオペラ集CD20枚組。これから8回シリーズ(予定)で紹介していきたい。第1回は1784年にエステルハーザ宮殿の劇場で初演された「アルミーダ」。 アルミーダ ~3幕からなる英雄劇 アルミーダ: ジェシー・ノーマン(Sp) リナルド: クラエス=アーカン・アーンシェ(T) ツェルミーラ: ノーマ・バロウズ(Sp) イドレーノ: サミュエル・ラミー(Br) ウバルド: ロビン・レッガーテ(T) クロタルコ: アンソニー・ロルフ・ジョンソン(T) アンタル・ドラティ指揮ローザンヌ室内管弦楽団 1978年9月録音 CD:DECCA 478 1776 私はあまり「レコ芸」のような雑誌を読まないので、この世にこんなCDがあるとは知りもしないし思ってもみませんでしたが、まったくとんでもない録音があったものだ。ハイドンのスペシャリストであるアンタル・ドラティの指揮で、錚々たる歌手たちが競演を繰り広げる、まさに至高の録音だと思います。でも、こうやっていくら私がハイドンのオペラの素晴らしさを力説し、演奏の素晴らしさを褒め倒しても、多分誰も聴かないことは判っています。ハイドンのオペラ・・・クラシックが好きという人間を1000人抽出したとしても、その中でハイドンのオペラを積極的に聴いてみたいなんていう人間はどうせ1人いるかいないか、だと思います。感覚的には1万人中2、3人ってところだと思う(東京と地方都市では多少ちがうかも知れないが)。なぜなら、はっきり言うが、こういった作品を享受し心の底から愉悦を感じるのには、音楽美学に関する真の教養が求められるから。まぁ、自分がそういった教養の持ち主であるなどと驕るつもりは全くありませんが、すくなくともそういったレベルになりたいと努力はしているつもり。それにしても、この一連の録音の歴史的重要性というのは、レオポルト・ハーガーが選りすぐりの名歌手を集めて作成したモーツァルトの初期オペラ集の録音にも匹敵するものであると思います。 さて、20枚組のうち最初の2枚に収められた「アルミーダ」、残念ながら歌詞対訳は添付されていませんが、トラック毎に細分化されたシノプシスが附いていて、基本的に他愛もないストーリーなのでこれで十分という感じがします。日本語のあらすじは下記サイトに比較的詳しいものがありましたので紹介しておきます。素材としてはヘンデルの「リナルド」やロッシーニの「アルミーダ」と同じお話で、元ネタはトルクァート・タッソーの叙事詩「解放されたエルサレム」のなかのエピソードです。 http://www.music-tel.com/ez2/o/work/Armida/index.html また、英語版のWikipediaにはこのオペラが立項されていて参考になります。どこまで信用していいのかよく分りませんが、これによれば1784年2月26日にエステルハーザ宮殿劇場で初演されて以来、1788年までに54回も上演され、更にハイドンの在世中にプレスブルク(現ブラチスラヴァ)、ブダペスト、トリノ、ウィーンでも上演されたとありますから、まずまず成功作だったのでしょう。しかし、その後1968年の蘇演まで長い間埋もれてしまった経緯については明らかにされていません。また、これらの上演がエステルハージ家の私的な演奏会なのか、もっと広く聴衆を集めての上演だったのか、また、この時代であれば当然モーツァルトやサリエリ、あるいはグルックとの相互影響の実態(実際にどの程度、互いの作品を聴く機会があったのか)、等々謎は尽きませんが、なかなか日本語で読める文献もありませんのでひとまずこれらの問いは脇に押しやっておきましょう。 http://en.wikipedia.org/wiki/Armida_(Haydn) 全曲の構成は次のようになっています(オペラ対訳プロジェクトを参照したが、筆者の考えで採番は一部変更した)。 http://www31.atwiki.jp/oper/pages/2311.html 第1幕 シンフォニア レチタティーヴォ・セッコ(以下R.S.) No.1 アリア(リナルド) R.S No.2 アリア(イドレーノ) No.3a レチタティーヴォ・アコンパニャート(以下R.A) No.3b アリア(アルミーダ) No.4 行進曲 No.5a R.A No.5b アリア(ウバルド)~R.A. R.S No.6 アリア(ツェルミーラ) R.S No.7a R.A No.7b 二重唱(リナルド/アルミーダ) 第2幕 R.S. No.8 アリア(ツェルミーラ) R.S. No.9 アリア(クロタルコ) R.S. No.10 アリア(イドレーノ) R.S. No.11a R.A No.11b アリア(リナルド) No.12a R.A No.12b アリア(アルミーダ) R.S. No.13 アリア(ウバルド) R.S. No.14 三重唱(アルミーダ/リナルド/ウバルド) 第3幕 No.15a R.A No.15b アリア(ツェルミーラ) No.16a R.A No.16b アリア(アルミーダ) No.17a R.A No.17b アリア(リナルド)~R.A No.18 行進曲 R.S. No.19 フィナーレ(アルミーダ/ツェルミーラ/イドレーノ/リナルド/ウバルド) 合唱が登場せず、アリアをレチタティーヴォでつないでいく構成はセリアとしてはごく標準的ですが、アコンパニャートが随分と多いのはやや特徴的かも知れません。特に第3幕はフィナーレの前にすこしセッコが出てくるだけで後はすべてアコンパニャート。第3幕全体が長大なフィナーレのようになっています。 各ナンバーをその形式に着目して簡易な分析をしてみよう。 まず、シンフォニア(序曲)だが、A-B-A’ の三部形式で書かれています。Aの部分を詳細に見ると、変ロ長調の主題提示からすぐにヘ長調に転調し一旦終始。これが、あたかもソナタの提示部の如く繰り返されますが、完全な繰り返しではなくBに続いていきます。Bの部分は第3幕のリナルドの歌うアコンパニャートからの素材。A’ はAと同じく変ロ長調で始まり、ヘ長調へは転調せずに変ロ長調のまま後半が奏されます。つまり、三部形式とはいうものの、単純なダ・カーポ形式ではなく、ソナタ形式とオペラ素材のパッチワークとの融合が図られており、この時代ならではの音楽といった感じがします。 アリアのうち比較的多くは、シンフォニア同様の構造、すなわちA-B-A’ の三部形式、Aの後半が属調に転調するのに対してA’ の後半は主調のままという形式で書かれており、ダ・カーポ形式のすっきりとした様式感はそのままに、ソナタ形式の弁証法的調性展開を持ち込むことで、物語の停滞とダ・カーポ・アリアの退屈さを克服しようとするメカニズムを見ることが出来ます(No.1、2、5b、6、10、16b)。 場面転換の行進曲といくつかのアリアはより単純な二部形式(A-A’、あるいはA-B)で書かれています(No.4、8、9、12b、13、17b、18)。華々しいコロラトゥーラ技巧の発揮(No.8)や激しいフリオーソ(狂乱)の表現(No.12b)、脇役達の小唄(No.9、13)、あるいはNo.15aからNo.17aの連続して演奏される実質的に長大なフィナーレの締めくくり(No.17b)には、こうした簡潔な形式が相応しいという訳だろう。 主役達の重要なナンバーは少し後のモーツァルトの円熟したアリア同様、緩急の二つの部分からなる長大なアリア(大アリア形式)として書かれています(No.3b、7b、11b)。いずれも後半の急の部分では華やかなフィオリトゥーラが延々と展開され、主役達の歌の技巧をこれでもか、というほど発揮させるものとなっています。また、それらに準ずるものとして、ロンド形式によるナンバー(No.14とNo.15b)があるが、前者は第2幕のフィナーレに相応しい華やかさを備えており、また後者はルフランとクープレの性格の対比を抑えて、騎士を誑かすツェルミーラの色仕掛けを官能的に描いています。 フィナーレの五重唱(No.19)は一種の有節歌曲形式で書かれています。少し後のモーツァルトの、特にジングシュピールの終曲に倣って「ヴォードヴィル形式」と呼んでもよさそうです。 この実に多彩な形式を駆使して書かれたオペラを聴くと、モーツァルトが決して突然変異のごとく現れた訳でないことがよく分ります。しかしこういった形式上の特色がハイドン独自のものか否かは、モーツァルトの若書きのセリアや演奏会用アリアだけでなく、同時代の掃いて捨てるほど書かれたはずのイタリア・オペラと比べなければはっきりとしたことは言えません。音源が殆どないので素人には手がだせませんが、アントニオ・サリエリのオペラとの相互影響などは意義のある研究テーマになるはず。しかしそれ以前に、日本ではハイドンの伝記や作品解説といった基本文献さえまともなものがない現状をまずなんとかしてほしい(特に声楽曲に関して)。いずれにしても、どこまでも様式美を重んじ、決して矩を超えずと思われがちなハイドンですが、思いのほか表現の幅が広く、少しも古臭くなく聞こえるということだけは、いくら強調してもし過ぎるということはないと思います。 演奏の素晴らしさについては冒頭に書いた通りですが、ドラティの生気に溢れ、しかも節度のある演奏は特筆に値すると思います。ハイドンのスペシャリストという肩書はアダム・フィッシャーの交響曲全集がでてから少しお株を奪われた感がなくもないが、この木肌のぬくもりのある音と、清潔なアーティキュレーションは何ものにも代えがたいと思います。しかし、なによりも凄いのはこれ以上望むべくもないほどの歌手陣。まるで、田舎風のパテでも食うつもりで小体なビストロに入ったら、子羊のマリア・カラス風だの狩猟鴨のサルミソースだのグランメゾンばりの料理が出てきたみたいな驚き。こういうのを贅を尽くすというのだろう。 まったく、ハイドンのオペラの主役をジェシー・ノーマンで聴けるなんて誰が想像しただろうか。彼女が歌うと、どんな役柄も3割増しで立派に聞こえるものだが、それがけっして牛刀をもって鶏を割く結果にはならずに、役柄に即した真正な表現と思われるのはハイドンの凄さというべきでしょう。しかし何よりも驚いたのは、ドラマティックな表現を得意としていてどちらかといえばフィオリトゥーラなどは不得手という思い込みがあったにもかかわらず、ここでのノーマンの歌唱はそんな思い込みなど軽く蹴散らして唖然とするほどの技巧のキレを見せるということ。もちろんコロラトゥーラの歌手みたいにはいかないけれど、ハイドンの節度のあるフィオリトゥーラにはもはやこれ以上の適確な表現は考えられないほどだ。 リナルドのアーンシェも立派な歌唱だと思います。このディスクの録音時よりもう少し時代が下れば、ロッシーニなどの目もくらむ技巧的なブラヴーラを軽々と歌ってのけるテノールが多数出てきたのでしょうが、それには及ばずともこれはこれで大したものだと思います。イドレーノを歌っているサミュエル・ラミーもロッシーニで名を馳せたバリトンで悪かろうはずがない。これまた呆れるばかりの技巧で、しかも威厳のあるバリトンの役を歌っています。ツェルミーラは典型的なコロラトゥーラの役柄だろうと思いますが、ノーマ・バロウズが素晴らしいアリアを聴かせてくれます。ウバルドのレッガーテも(ちょっと細かい音符が怪しいところもあるが)まずまず。また、たった一曲しかアリアを歌わないチョイ役のクロタルコ役がアンソニー・ロルフ・ジョンソンというのもなかなか贅沢な配役。 以後、少しづつ聴きながらレポートしていきますので少々時間がかかりますがお楽しみに。 (この項続く)
by nekomatalistener
| 2014-11-14 22:34
| CD・DVD試聴記
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