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ダニール・トリフォノフ ピアノ・リサイタル

アフラックの「保険なんて必要ない必要ない」っていうブラックスワンの声、有吉弘行ってさっきまで知らんかったわ。





友人の勧めもあってトリフォノフのリサイタルを聴いてきました。

 2014年10月9日@神戸文化ホール(中ホール) 

  バッハ/リスト編 幻想曲とフーガ ト短調BWV.542
  ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第32番ハ短調Op.111
   
   (休憩)
  リスト 超絶技巧練習曲より
    第1曲 ハ長調「プレリュード」
    第8曲 ハ短調「狩」
    第3曲 ヘ長調「風景」
    第4曲 ニ短調「マゼッパ」
    第5曲 変ロ長調「鬼火」
    第2曲 イ短調
    第9曲 変イ長調「回想」
    第10曲 ヘ短調
    第11曲 変ニ長調「夕べの調べ」
    第12曲 変ロ短調「雪かき」
  
   (アンコール)
  ショパン 24のプレリュードOp.28より
    第16曲変ロ短調
    第17曲変イ長調
    第18曲ヘ短調
    第19曲変ホ長調
  バッハ/ラフマニノフ編 ガヴォット(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番BWV1006より)


1991年生まれの23歳。2010年ショパン・コンクール第3位、2011年チャイコフスキー・コンクール第1位という赫々たる経歴のピアニスト。
不勉強でこれまでトリフォノフをまったく聴いたことがなく、リサイタルに先立ってyoutubeであわてて確認したような次第でしたが、ゲルギエフとやったショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番のソロが非常に面白かったですね。友人は「憑依系」と呼んでいましたが正にそんな感じ。

実際の演奏を聴いてみると、後半のリストが圧倒的な出来栄えでした。個性的という言葉では追い付かないくらいの独特なアーティキュレーションとデュナーミクは、聴き手の先入主を至る所で裏切りますが、これが非常に快い。しかも決して異端とか恣意的とかいう感じはなく、むしろ解釈としては非常にオーソドックスなものにも感じられます。
中でも圧巻は第4曲「マゼッパ」。指の回りも申し分なく豪壮な響きにも事欠きませんが、ベレゾフスキーみたいな体育会系の演奏とくらべると明らかに文系ないしオタク系。しかし決して独善的な演奏ではなく、この技巧のひけらかしみたいな音楽の、意外なほどの内実の豊かさを感じさせてくれます。ただ、贅沢な不満を言えば、技巧を突き詰めた果ての狂気みたいなものはあまり感じられませんでした。この狂気というのは、異論を承知でいうとラザール・ベルマンの演奏に感じられるようなものですが、トリフォノフの演奏というのは見た目の忘我恍惚にも関わらず知的に考え抜かれた演奏でもあって、それが強みでもあり、弱みでもあるといった感じを受けました。
あるいは第9曲「回想」。この「色褪せた恋文」などと揶揄される古色蒼然たるロマンティシズムは、トリフォノフの手に掛かるとどこか計量化と数値化を経て引用されたロマンティシズム、いわばメタ・ロマンティシズムといった趣が感じられ、非常に実験的な音楽に聞こえました。これは彼の知的な面が強みとして発揮された例だと思うのですが、この作品にただひたすら感傷的な甘さを求める聴き手には弱みと映るのかも知れません。
若干物足りないと思ったのは例えば第2曲、あるいは第12曲「雪かき」など。一つは先ほど述べた「狂気」の不足。それと、技巧も音量も十分なのに時に音が薄くなると感じられること。もともとトリフォノフの資質からしても、どちらかと言えば華奢な体格からしても、豊満でvoluptuousなピアノの音色というのは期待できない。また音量についていえば、物理的な音量の大小というよりも、言語化しにくいけれど一種の音圧の大小みたいなパラメータがあって、後者はトリフォノフの音にはあまり感じられないとも言えそうです。そんなこんなで、第11曲「夕べの調べ」は、知的なフィルター(分析的というのとは少し違うけれど)で一旦濾過されたロマンティシズムが時に新鮮であり、後半の分厚い和音の連打によるクライマックスが妙によそよそしく隔靴掻痒の思いをする不思議な演奏でした。ある意味、この第11曲が良くも悪くもトリフォノフの今現在の実力を最もよく示していたのだと思います。
ついでながら、作品にひとつの物語を語らせるべく、トリフォノフ自身の考えによる並べ替えと取捨選択が施されていましたが、そのこと自体はちょっと面白いかな、といった程度で、作品自体の見方を新たにさせるほどの説得力は(すくなくとも一回聴いただけでは)感じられませんでした。この曲の並べ方の意味するものは何度か聴かないと判らないのでしょうね。

プログラム前半のリスト編曲のバッハ、ピリオド志向など歯牙にもかけず、現代のピアノの機能をフルに発揮させる弾き方が潔い。リストやブゾーニの編曲したバッハはこうでなくちゃと思います。しかし、幻想曲冒頭のトッカータ風32分音符の嵐が過ぎ去った後、音楽が沈潜の度合いを増すにつれて、音楽的な停滞が感じられ、私はところどころ意識が飛びそうになりました。リサイタルの冒頭で聴き手の心が集中していない所為もあるけれども、私にとってはやや捉えどころがなく、流れるままに記憶に残りにくい演奏であったように思います。

プログラムの前半にベートーヴェンのよりによって最後のピアノ・ソナタを置く、その意気や良しと言いたいところですが、いろいろやりたいことがあって実際にあれこれと仕掛けてくることが、全体として焦点を結ばない、といった感じの演奏でした。面白いといえば面白いのだが、少なくとも感動する音楽にはなっていなかったと思います。それを若さのせいにしてはいけないと思いますが、あと数年寝かせたほうが良いかも、と思ったのは事実。

アンコールはショパンのプレリュードを次々に弾いて、いずれも見事でしたが、最後のラフマニノフが編曲したバッハが素晴らしいものでした。ガヴォットの主題がソプラノだけでなく中声部にも織り込まれた編曲も優れていますが、トリフォノフの演奏を聴いていると、つづら折の道を歩いていて、次から次に小高い山が見え隠れするように、主題が畳み掛けるように現れるのが眩惑的。優れた演奏とは聴覚だけでなく視覚も刺激するようだ。
鳴り止まない拍手に、最後ちょっと茶目っ気を出してピアノの蓋を閉めて笑いを取っていましたが、最後はやはり「火の鳥」のカスチェイの凶悪な踊りで締めてほしかったなぁ(トリフォノフの関西のリサイタルを全て聴いている友人が絶賛していたので・・・)。

蛇足ながら、神戸文化ホール(中ホール)は初めて行きました。どことなく昭和のかおり漂うホールでしたが、私の聴いた2階席前方は短めの残響と粒立ち良くクセのない明快な音響で実に結構。ハコの大きさも、腕のある新進気鋭のピアニストを聴くにはちょうど良い感じ。
(この項終わり)
by nekomatalistener | 2014-10-10 21:54 | 演奏会レビュー | Comments(4)
Commented by るー at 2014-10-10 23:35 x
このブログ評、Facebookで紹介してしまいました〜
アンコールは、カスチェイか、自作曲か・・・欲しかったですね。
でも、ショパンの響きはやっぱり、自然でした。
また、ガボット(前回アンコールでも弾いた)の弾き方の変化が面白かったです。

Commented by nekomatalistener at 2014-10-11 00:26
るー様、拡散ありがとうございます。アンコールたくさん弾いてくれるピアニストはお得感があっていいですね(笑)。あと、本番でカットした超絶技巧の6番・7番も聴いてみたいと思いました。
Commented by schumania at 2014-10-11 01:00 x
いつもながら、聴衆が(私が?)漠然と感じていたことを見事に言語化してくれる素晴らしい演奏会評。全面的に賛成ではないですが、感じている物足りなさは近いのかなと言う気がしました。ただし、個人的には、彼がやりたいことにテクニック(ないしはメカニック)がついていっていないと言うのが最大の問題なのかなと言う気がしました。勿論、標準的な基準で言えば、十二分に見事なテクニシャンですが、何しろ彼のイマジネーションが途方も無く突き抜けた拡がりを持っているので、人間業ではついていけない・・、という感じでしょうか。
Commented by nekomatalistener at 2014-10-11 12:31
メカニックがイマジネーションに追いついていないというご指摘は仰る通りだと思います。リストのみならずベートーヴェンでも少しもどかしく思われる部分がありました。でもまだ23の青年ですから、まだまだ伸び代があるのでしょうね。機会があればもう一度聴いてみたいピアニストです。
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