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マイアベーア 「悪魔のロベール」を聴く (その3)

「ゼロ・グラヴィティ」、いい映画だけどジョージ・クルーニー殆ど宇宙服のヘルメット被ってて顔見えてんの全編足しても20秒くらいか。ギャラ高いだろうにもったいない・・・などとつい余計なこと考えてしまう。




「悪魔のロベール」初演の1831年といえば、ショパン、シューマン、リスト、ワーグナーといったロマン派の代表選手たちはいずれも20歳前後。ウェーバーやロッシーニと同じく、古典からロマン派への過渡期の音楽と言ってよいと思います。音楽そのものよりはむしろオペラの怪奇小説・ゴシックホラー的なプロット自体がいかにもロマン主義という感じがします。バロック、古典派、ロマン派、いずれも音楽より文学がやや時代的に先行して現れる訳ですが、ロマン派あるいはロマン主義の文学における典型的な現れ方はゴシックホラーに見られるのではないか、と思います。もっとも私は文学的素養に疎いので具体例といってもメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」(1818年)とかE.T.A.ホフマンの「砂男」(1817年)くらいしか思い浮かびません。むしろ音楽とゴシックホラーの結び付きとしては、シューベルトの短い生涯にアーチを描くように現れる怪奇趣味、「魔王」D.328(1815年)、「こびと」D.771(1822年)、「ドッペルゲンガー」D.957-13(1828年)が思い起こされます。それはともかく、「悪魔のロベール」が19世紀ヨーロッパで爆発的ともいえる人気を誇った理由の一つが、第3幕の死霊のバレエであったことは間違いないでしょう。今でいうならさしずめゾンビか何かのホラー映画のノリ、人によっては下品と見做す向きもあろうかと思うけれど、やがてドガが絵画のモチーフにしたり、コルンゴルトがオペラで引用したり、はたまた「オペラ座の怪人」の競売の場面にその小道具が出てきたりする内に、こんなことも教養の網目に組み入れられていく訳だ。そのアーカイヴの厚みもまたこういう世界を探索する楽しみの一つだと思います。

【第3幕】
いよいよこのオペラの最大の見せ場、地獄のワルツや死霊のバレエの出てくる第3幕。単にスペクタクルで大衆受けするというだけでなく、音楽的にも先立つ2幕に比べてマイアベーアのオリジナリティが感じられます。それはつまりロマン派らしい音楽がここにきて聴かれるようになるということ。時代の大きな変わり目に書かれたということがよく判ります。

第9曲:前奏、レチタティーヴォとブッフォデュエット
アリースと結婚するためにサンティレーネにやってきたランボーをベルトランが待ち受けている。ベルトランはランボーに金貨の詰った財布を投げ与え、金さえあれば女などよりどりみどりと誘惑する。ランボーは有頂天になって去っていく。ベルトランは洞窟の中に現れた地獄の者たちに呼びかける。
Buffoduettoとあるとおり、ロッシーニ風、部分的にはモーツァルト風でさえある二重唱。ロンド風にテンポや曲調が目まぐるしく変化する面白いテノールとバスの二重唱。

第10曲:地獄のワルツ
洞窟の中に地獄の悪魔達が現れる。ベルトランは悪魔の王に忠誠を誓う。
リストのトランスクリプションで有名な場面。まずは悪魔達の合唱(譜例10)。
(譜例10)
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次いでベルトランのワルツ(譜例11)。リストが技巧の限りを尽くして編曲したのも頷ける素晴らしい旋律。
(譜例11)
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ワルツの終りの壮麗さは、後のベルリオーズの「ファウストの劫罰」などに多大な影響を与えたであろうと思います。ワルツが終わると美しいアンダンティーノが現れ、アリースのレチタティーヴォに続きます。

第11曲:ロマンスと情景
アリースがランボーの不在を嘆き、彼の無事を神に祈る。洞窟から先程の悪魔の合唱がロベールの名を呼ぶのが聞こえてくる。アリースは洞窟を覗き込み、恐怖のあまり傍にあった十字架にしがみつき気を失う。洞窟からベルトランが現われアリースを見つける。彼は今日の真夜中までにロベールの魂を悪魔に引き渡さなければ自らも破滅するのである。
アリースのロマンスそのものよりも、悪魔達の合唱を挟んで劇的に拡大されたレチタティーヴォ(情景)に興味を惹かれます。それはロッシーニら先行者の影響よりもむしろ、続くベルリオーズらに与えた影響を感じさせる音楽。

第12曲:二重唱と情景
気がついたアリースに、ベルトランは洞窟で見たことを問い質す。アリースは何も見ていないと答えるが、ベルトランはもし口外すればアリースだけでなくランボーや彼女の父親も死ぬだろうと脅す。
長期間にわたって音楽を書いていると、途中で様式ががらっと変わってしまうことがあります。よく知られた例で言うとシェーンベルクの「グレの歌」(後期ロマン派から無調の一歩手前まで)。あるいはストラヴィンスキーの「うぐいすの歌」(ドビュッシー風の音楽から春の祭典の世界へ)。「悪魔のロベール」の場合、この第12曲で真にロマンティックな音楽に至ったように思われます(譜例12)。おそらくそれはベルリオーズだけでなく、グノーやトマ、サン=サーンスに流れていく源流なのでしょう。
(譜例12)
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第13曲:第13曲:三重唱とレチタティーヴォ
イザベルを失って悲しみに暮れるロベール登場。その悲しみに附け入ろうとするベルトランと、何も言えないアリースとの三重唱。アリースが走り去ると、ベルトランはグラナダ公が魔術を使ったのだからロベールも同じ手を使えと唆す。それは、今は廃墟となった修道院に行って、聖ロザリエの墓の、石造が手にしている糸杉の小枝を持ち帰れ、というものだった。
終止無伴奏の三重唱。こういうナンバーもグランド・オペラのお約束の一つだろうか。最後に三人のカデンツァが置かれていて、ロベールのパートは三点ハが2回、三点変ニが1回現れます。次の第14曲に先立つベルトランとロベールのレチタティーヴォには第2幕のベルトランの勝利の歌が現れます。

第14曲:二重唱
ベルトランが言うには、その聖ロザリエの小枝はあらゆる事を可能にする力があるという。ロベールが躊躇うと、ベルトランは勇気ある騎士ならできるはずと彼を焚きつけ、ロベールは修道院に出かけていく。
意気揚々とした明るいナンバー。ロベールのパートはなんと三点ニまで上り詰めます(譜例13)。
(譜例13)
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第15曲:フィナーレ
  A.情景と死霊の召喚、尼僧達の行進
  B.バッカナール
  C.レチタティーヴォ
  D.バレエ 酒の誘惑
  E.バレエ 賭けごとの誘惑
  F.バレエ 愛の誘惑
  G.合唱と踊り
月に照らされた夜の廃院。そこには姦淫の罪を犯した尼僧達の墓がある。ベルトランが呼びかけると尼僧達が墓から甦る。ベルトランは間もなく現れる騎士を誘惑するよう死霊達に命令する。修道院長エレーナの亡霊が表れ、死霊達は過去の快楽を思い出しながら狂おしく踊り始める。ロベールが現れて冒瀆の恐怖に戦くが、エレーナの誘惑に負けて聖ロザリエの小枝を盗みだす。悪魔の勝利の合唱。
このオペラを有名にした場面ですが、よく聴いてみると単に派手なスペクタクルというのではなくて、やはり後のベルリオーズにまっすぐ通じていくものを感じます。例えば尼僧の行進など(譜例14)がそう。バッカナールにおけるオーケストラの妙技にも目覚ましいものがあります。かと思えば、「愛の誘惑」など、はやくもロマンティック・バレエが完成の域に近づきつつあったことが判ります。またそれと比べることで、ワーグナーの「タンホイザー」のバレエが如何に異常な音楽であったかも逆によく理解できます。
(譜例14)
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第4幕と第5幕は次回まとめて。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2014-01-22 00:03 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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