ヤクルトサイズのドクターペッパーなら飲んでみてもいいと思う。
さて、久しぶりのCD視聴記。今回はマイアベーアの「悪魔のロベール」を取り上げます。まずは音源の紹介から。 マイアベーア 「悪魔のロベール」 ロベール: ブライアン・ヒメル(T) ランボー: マルシャル・ドフォンテーヌ(T) アリース: カルメン・ジャンナッタージョ(Sp) イザベル: パトリツィア・チョーフィ(Sp) ベルトラン: アラステア・マイルズ(Bs) ダニエル・オーレン指揮サレルニターナ・”ジュゼッペ・ヴェルディ”フィルハーモニー管弦楽団 サレルノ歌劇場合唱団(合唱指揮:ルイジ・ペトロッツィエッロ) 2012年3月23日コンサート形式による公演の録音 CD:BRILLIANT CLASSICS94604 どうでもいいことかも知れませんが、昔は「鬼のロベール」と呼んでいたような気がします。というか、このオペラの旋律を借りてショパンやリストが書いた作品は今でも「鬼のロベールによる協奏的大二重奏曲」(ショパン)とか「鬼のロベールによる回想」(リスト)と呼びならわされてますね。オペラのほうは何時の間にか「悪魔の~」と変わったらしいのだが。 それはともかく、このオペラを取り上げようと思った直接のきっかけは、今年3月にびわ湖ホールで予定されているコルンゴルトのオペラ「死の都」の素材となっているから。つまり予習の一環という訳。しかし本当の理由は、マイアベーアのこのオペラは19世紀のさまざまな天才達の作品の源流というべきものであり、一度はきちんと聴いておきたいと思っていたから、というもの。ここでマイアベーアの代名詞ともいうべき「グランド・オペラ」について少しwikipediaを参照しながら整理すると、典型的なグランド・オペラは5幕仕立てで第2幕あるいは第3幕にバレエを含み、壮大な規模とスペクタクルな舞台を特色とするもの。マイアベーアがこのグランド・オペラの様式に則って書いた第一作目が1831年初演のこの「悪魔のロベール」。以降、「ユグノー教徒」(1836年)、「預言者」(1849年)、「アフリカの女」(1865年)と続いていきます。マイアベーアに先立つ存在としてはケルビーニやスポンティーニ、そして何よりもロッシーニの「ウィリアム・テル」(1829年)とオベールの「ポルティチの啞娘」(1828年)が規模の大きさからグランド・オペラと呼ばれるに相応しいもの。いずれもパリで成功し、以降のオペラを志す音楽家は好むと好まざるとにかかわらず、このグランド・オペラとの対決を強いられたということになるのでしょう。早い話、マイアベーアなかりせば、ワーグナーの「リエンツィ」から「タンホイザー」に掛けての諸作や、ヴェルディの「シチリア島の夕べの祈り」から「ドン・カルロス」に至る諸作、ベルリオーズの大傑作「トロイアの人々」や更にはムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」も「ホヴァンシチナ」も生まれなかったとさえ言えると思います。マイアベーアを聴く楽しみは、これら傑作の森を滔々と流れる大河の源流を探して遡ることの楽しさであるわけですが、それはまぁ大方の予想通り、少々しょぼかったり誰かの亜流っぽかったり、私はひねくれた性格なのでそういう作品の弱さも含めて舌なめずりして味わった次第です。 本作は5幕から成り、序曲とそれに続く24のナンバーから出来ています。各ナンバーは概ね切れ目なく連続しており、レチタティーヴォはセッコではなくアコンパニャートで書かれています。アリアや合唱は、カヴァティーナ=カバレッタ形式のような様式感はあまり感じられず、次から次に親しみやすい旋律が出てくる、といった緩さが支配的。各ナンバーのそこかしこにロッシーニ風、あるいはモーツァルトやウェーバーのようなドイツ風、あるいはベルカント風のロマンツァが散りばめられており、マイアベーア自身の独自性よりは当時のヨーロッパの音楽の見取り図のような、よく言えばコスモポリタン風、悪く言えばいかにも誰かの亜流といった音楽が続きます。 以下、例によって各ナンバーごとに物語と音楽について書いていきます。 【序曲】 オペラはロベールが御供のベルトランや騎士達とパレルモの居酒屋で飲んでいる場面で始まりますが、オペラには13世紀頃の作者不詳の物語を下敷きにした前史があります。とある頃、ノルマンディ公には子が無く、公妃は悪魔に祈りを捧げて息子ロベールを得たが、長じるに連れ暴虐の限りを尽くし、遂には教会から破門され故国を追い出されて諸国を放浪しているというのが物語の背景。 序曲は4分に満たない簡潔なもの(譜例1)。その素材は第3幕のベルトランの歌うévocationから採られています。このévocationという言葉、招魂、死者の魂を呼び覚ますという意味だそうですが、あのアルベニスの大曲「イベリア」の第1曲もEvocaciónでしたね。まぁこちらは「記憶を呼び覚ます」くらいの意味なのでしょうが。それはともかく、これから始まる大オペラに相応しく、かっちりと書かれた音楽。こういう音楽を聴くと、マイアベーアという人の本質が、イタリアで学んだドイツ人、ウェーバーの同時代人、ということがよく判ります。ちなみにコルンゴルトのオペラ「死の都」の第2幕第3場で一瞬だけ引用されているのもこの序曲。 (譜例1) 【第1幕】 第1曲:A.導入と合唱、B.バラード、C.導入部の終り、D.レチタティーヴォ ロベール達のもとにノルマンディからランボーとその一行がやってくる。騎士たちの求めに応え、ランボーはロベールを悪魔の子だと揶揄するバラードを歌う(譜例2)。怒ったロベールは彼を殺そうとするが、ランボーの許嫁のアリースが命乞いをする。実はアリースはロベールと乳兄妹であり、ロベールの母の手紙を預かってきたのだと言う。 長大な第1曲、聴きどころはランボーの歌うバラードとアリース登場のすぐ後の合唱。ランボーのバラードの序奏はホルンの合奏によるもので、ウェーバーの「魔弾の射手」をいやでも思い出させます。 (譜例2) アリースの登場に続く合唱(譜例3)は、ショパンが「鬼のロベールによる協奏的大二重奏曲」の後半で引用しているもの。ショパンのこの作品で使われてる主な旋律は、第2曲のアリースのロマンスと第5幕終盤に出てくる第23曲「三重唱」の中のAndante cantabile、そしてこの騎士たちの合唱ですが、同じオペラによるトランスクリプションでも、リストの「鬼のロベールによる回想」が第3幕の地獄のワルツと第2幕でロベールを罠に陥れたベルトランの勝利の行進曲をモチーフにしているのと好対照(抒情的なショパンとド派手なリスト)。 (譜例3) 第2曲:ロマンスとレチタティーヴォ アリースはロベールに母が死んだこと、そのいまわの際に、ロベールが一廉の男になっていたら渡すようにと手紙を預かっていることを話すが、ロベールは今はまだその時ではないと受け取らない。ロベールがシチリアの王女イザベルを愛していて、彼女を拐かそうとして父王の不興を買った事を知ったアリースは、ロベールに嘆願書を書かせ、イザベルに渡そうと決意する。しかしアリースはそこにやって来たベルトランの姿を見るや「悪魔」と呟いて立ち去ってしまう。 ショパンの協奏的大二重奏の前半で引用されているのがこのアリースのロマンス(譜例4)。ここにマイアベーアのドイツ的なるものとイタリア的なるものの幸福な結合が認められます。おそらく初演当時から人気ナンバーだったに違いありません。とても抒情的なロマンスですが、最後に即興的なカデンツァが置かれていて、初演当時絶頂期を迎えつつあったベッリーニやドニゼッティの影響が感じられます。 (譜例4) 第3曲:フィナーレ ベルトランはロベールと騎士達をさいころ博打に誘う。ベルトランのたくらみによってロベールは無一文となってしまう。 フィナーレは「シチリア舞曲と賭け遊びの音楽」と名付けられていて、当時のヨーロッパにおけるシチリア人気が偲ばれます。ロベールのパートは3点ハ(いわゆるハイC)まで上がり、最後に白熱のストレッタが置かれていて、これが当時パリで最ももてはやされた享楽の音楽のスタイルなのでしょう。 ちょっと長くなりそうなので続きは次回に。 (この項続く)
by nekomatalistener
| 2014-01-13 01:20
| CD・DVD試聴記
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