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【聴き比べ】 ブラームス マゲローネのロマンスOp.33

嗚呼、このツイッターは読まなけりゃよかった(涙)。
笹崎譲‏@udupho8月5日
この旋律を聴いて、相撲の行司さんを連想したらRT 
http://www.youtube.com/watch?v=wUiU-BhiSgY#t=1m27s
(Brahms 「永遠の愛について」op.43-1)




ちょっと新しい趣向に挑戦、題して「名曲聴き比べシリーズ」。
・・・いやそんな大したもんじゃありません。だいたい、私はコレクタータイプのマニアではないので、基本的に同一曲で何種類も音源を持つということがない(もしあれば気に入った方を残して中古屋に売ってしまうだろう)。数万枚のコレクションを誇るマニアが、何十枚と聴き比べて至高の一枚を選ぶようなものは土台無理です。そういうのではなくて、偶々手元にある素晴らしいディスクを、出来れば他の録音と比べて言葉を尽くしながら、その美点を分析して紹介してみたいと思っただけの話です。

という訳で、30代前半の若き日のブラームスの傑作「マゲローネのロマンス」Op.33。語り附きの15曲からなる連作歌曲集。このブログを始めた頃からずっと、いつか取り上げてみたいと思ってました。ピアノ・ソナタ第3番Op.5、4つのバラードOp.10、弦楽六重奏曲第1番Op.18などと並んで、ブラームスの若書きならではの抒情が素晴らしい。あまり知られていませんが、初期ブラームスの記念碑的集大成、個人的にはブラームスのベスト3に入れたいほどの作品です。ルートヴィヒ・ティークによるテキストについては私がとやかく言うより専門の方のご紹介がありましたのでそちらをご覧ください。
http://www.ne.jp/asahi/bariton/eishi-kawamura/03_04lec/3magelone.html
http://www.ne.jp/asahi/bariton/eishi-kawamura/03_04lec/4magelone2.html

今回取り上げるディスクはフィッシャー=ディースカウ(以下FD)の20代の録音2種と油の乗り切った頃のリヒテルとの共演盤、それに現代の俊英トレーケルの4種類を聴きます。

  ①マゲローネのロマンスOp.33*
    Nachtwandler Op.86-3**
    Von ewiger Liebe Op.43-1**
    Waldeseinamkeit Op.85-6**

   Br:D.フィッシャー=ディースカウ
   Pf:ヘルマン・ロイターHermann Reutter*
     ギュンター・ヴァイセンボルンGünther Weissenborn**
   1952年11月23日録音*
   1954年6月15日録音**
   CD:audite95.581


  ②同(併録曲なし)
   Br:D.フィッシャー=ディースカウ
   Pf:ヘルタ・クルストHertha Klust
   語り手:ウルズラ・ハウシュテートUrsula Haustädt
   1953年録音
   CD:ARCHIPEL ARPCD0296

  ③同
   Br:D.フィッシャー=ディースカウ
   Pf:スヴャトスラフ・リヒテル
   CD:BRILLIANT CLASSICS92891
   ・6枚組でブラームスの低音用歌曲がほぼ全部聴けるのはお得だが録音データ無く不便。
    EMIのライセンス云々とあるから原盤は恐らく1970年7月24-25日録音のものだろう。

  ④同
   Br:ローマン・トレーケル
   Pf:オリヴァー・ポール
   語り手:ブルーノ・ガンツ
   2003年5月9-10日&9月12-14日録音
   CD:OEHMS CLASSICS OC331

それにしても、下記ブログ(こういうのをマニアというんですよ)によるとFDによる録音は少なくとも8種類あることになる訳だが、
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/170369/150976/59241652
最初にネタばらしをしておくと、今回の投稿の主目的は1953年録音のあまり知られていない音源の紹介にあるのだから、私としてはデームスやムーアと組んだ録音に興味を惹かれながらも、これだけあれば十分かな、と。

まず一番古い1952年録音の①から。ナレーションはカット。全15曲の内、第13曲がカットされていますが、これはFDのこだわりがあるのでしょう。この傑作を広く世に知らしめたいというFDの使命感にも似た愛が伝わってきますが、やや力み過ぎなところも。録音時27歳のFDは策を弄することなく素直に歌っていますが、特にテンポの速い曲でピアニストの余裕がなくなるにつれて、FDもコントロールを失いがち。伴奏は自らもリート作曲家であったヘルマン・ロイターが弾いていますが、ここぞという聴かせどころでそっけなく聞こえる。ロイターについては詳しく知りませんが、職業ピアニストでない限界か、それともノイエ・ザッハリヒカイトの世代ゆえのそっけなさなのか?特にブラームスのリートの場合、ピアニストの力量は演奏の成果にかかわる大きなファクターであると痛感します。
ついでながら余白に収録された3つの歌曲は秀逸。特にOp.43-1の「永遠の愛について」は後年のサヴァリッシュとの録音よりも遥かに優れていると思います。まちがっても中間部で行司さんの「ひが~しぃ~」を思い出してはいけない。

翌1953年にベルリンで録音された②はオリジナル通り女声による語りが入っていますが、第11曲と第13曲がカットされています。CDには解説が一切添付されていないので、共演者のプロフィールも判りませんが、素晴らしい伴奏。FDも①の若々しさはそのままに、声をうまくコントロールする術を掴んだようで本当に素晴らしい歌唱です。いや、FDのアプローチは①とそんなに変わっていないとも言えるが、伴奏が素晴らしいので多少の粗もむしろ歯噛みする馬の勇み立つような真実の表現として聞えてしまう、というのが正しい。ただでさえ知名度の低い作品であるのに、なまじっかリヒテル盤があるばっかりにこの②のCDに陽が当たる機会は極めて少ないだろうと思います。そのことがもう残念でなりません。ヘルタ・クルストという伴奏者はFD、というより物語の主役ペーターと共に胸を張り、天を仰ぎ、愛を語る。リートにおいて、ピアノが歌に寄り添うとはどういうことなのか、これほど雄弁にそれを教えてくれる録音はそんなに無いのではないかと思います。はっきり云って、録音状態は前年の①よりも悪いですが、たぐい稀な名盤として全てのブラームスを愛する人にお薦めしたいと思う。

いよいよリヒテルとの③だが、残念ながら名歌手と名ピアニストとの組合せは必ずしも成功するとは限らないというセオリー通りの出来栄えという気がします(ちなみに語りはカットされているが、以前は省略されていた第11曲と第13曲を含む全15曲が歌われている)。全体を通すと意外なほど安全運転。本来であれば、己に欠けているものを相手の内に認め、お互い触発されていくべきところ、ここではお互いの沸点の差のようなものがあからさまになっただけ、というか、もしかしたら自分が発火点と思ったところが相手は沸点にも達していなかった、という事態が起こっているように思います。その責任の大半はやはりリヒテルにあって、並みの伴奏ピアニストなら技巧的に難儀する第10曲のようなところを、実につまらなさそうに余裕のテクニックで弾いてしまう。まったく二コリともせずに「もっと速く弾くこともできますが、さて、どうしますかな」とでもいいたげだ。実はリヒテルが本気で燃えているのは第12曲(譜例1、IMSLPから落としたペータースの低音用譜)。

(譜例1)
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その1曲前、第11曲でも、重い足取りが晩年のインテルメッツォを思わせるような弾き方で、ようやくリヒテルが本領発揮かと思わせたが、第12曲における、このおそるべき沈潜、ブラームスの深淵を抉りだす伴奏はやはり素晴らしく、彼がとんでもない天才ピアニストであることを如実に示しています。この一曲を聴くためだけでも身銭をきってこのディスクを買う値打ちがある。FD自体は正に円熟期を迎えていたはずだが、若き日の②を聴いてしまったらどうしたって若づくりの作為を感じてしまう。敢えて軽めの声で歌っているのも加齢を感じさせる。知る人ぞ知る名盤中の名盤だが、私にはどうもコアなリヒテル・ファンのための一枚、という感じがします。

最後にポストFD時代のバリトンはかくあるべし、とでもいいたげな④トレーケル盤について一言。このディスク、カットなしの全15曲に語りもすべて入っているのでCD2枚組になっています。あらゆる意味で現代のスタンダードと言えるのでしょう。伴奏ともども、深く楽譜を読み込んだ跡の伺える演奏。トレーケルの声は若さもあり、甘いところは蕩けるように甘くもあるのだが、どこかミクロン単位のトレランスで仕上げ加工された工業製品を思わせるところがあります。ごくわずかに音程を外すところですら、膨大なアーカイヴを参照して、たとえばFDはここで僅かに音程を外しているから効果として許容できるだろう、などとあれこれ議論していそうだ(実際にどうかは知らないが)。伴奏ピアニストにしても然り。たとえば譜例2(第8曲冒頭)の箇所、他のいずれのピアニストもなんとなくスラーとして弾くが、彼は第2小節の左手はスラーでなくタイとしている。

(譜例2)
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厳密なテキストクリティークを踏まえればそうなのだろう。しかし、音楽としてはスラーでいいじゃないか、という気がする。若い時の私であればこの演奏はおそらく大いに気に入ったと思う。しかし、私自身歳をとり、多少は他者に対して寛容にもなり、マゲローネのような作品には多少の粗はあっても②のような若さに優るものはないのだ、と思うようになると、この演奏には少しよそよそしいものを感じる。現代においてはまっとうなレーベルから商品として出すにはこのレベルの磨きあげが必要なのだろうが、ヒストリカルな録音と対比すると少々寂しいような気分を味わいます。
ちなみに本ディスクで語りを担当しているブルーノ・ガンツだが、映画『ヒトラー~最後の十二日間~』のヒトラー役といえばご存じの方も多いと思います。私にはドイツ語の語りについてあれこれ述べる力はありませんが・・・。

今回の結論は断然②のディスク。馬は若いほどよく走る、ただし良き伯楽を得た時には。当たり前の結論に至りました。それにしても辛い結果ではあるなぁ。つまりどんな偉大な芸術家であっても、若い時にやっておかねばならないことがある。時期を逃すと、老いてからどんなに頑張ってもどうしようもないことがある、という結論なのですから。これはブラームスの芸術も同じ。いかに壮年期のシンフォニーや晩年のインテルメッツォが偉大であっても、この若書きの一小節にも及ばないような何物かが、確かにここにはある。中年にはきつい話だ(笑)。
(この項終り)
by nekomatalistener | 2013-08-26 21:20 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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