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シュパーリンガー 「エクステンション」(ピアノとヴァイオリンのための)

卯月妙子の「人間仮免中」読了。誤解や非難を恐れずにいえば、これは21世紀に書かれた『ヨブ記』だと思った。




ここしばらくワーグナーばかり聴いてきて、解毒剤という訳でもないのだが・・・
極北系の音楽、なんて言葉があるかどうか知らないが、もうこのさき一歩でも向う側に足を踏み出せば、そこは如何なる音楽も存在しない無である、という意味とすればこのシュパーリンガーの「エクステンション」などその最たるものでしょう。

   マティアス・シュパーリンガーMathias Spahlinger(1944)
   「エクステンション」Extension(1979/80)
   Hildegard Kleeb(Pf)
   Dimitris Polisoidis(vn)
   1992年7月13~15日録音
   CD:hat ART CD6131

作曲者シュパーリンガーにしても、この作品「エクステンション」のことにしても、一般によく知られているとはとても言えないのですが、大井浩明氏のブログを辿っていくと意外なほど多くの日本語での情報が得られます(私もそれを読んで興味を持ち、このCDを買った訳ですが)。
 http://ooipiano.exblog.jp/897571
 http://ooipiano.exblog.jp/1544656
 http://ooipiano.exblog.jp/1547227
 http://ooipiano.exblog.jp/1547252

これらの詳細なレポートに私が附け加える事柄は殆ど無いけれど、このポツポツと現われ消えて行く音たち(その殆どが特殊奏法によるもので、音で聴くだけでは一体どうやって弾いているのか、というかそもそも何をしているのか想像も付かない、雑音とも騒音とも言いかねる奇妙な音響である)、それと果てしも無く続く沈黙に耳を澄ましていると、あのケージやフェルドマンでさえ、饒舌に過ぎると思われる程だ。しかし、作曲家の資質によるものでしょうが、印象としては極めて知的な音楽に聞こえます。静謐な空間に極薄のガラス片で出来たモビールがごく僅かの空気の揺れによってそよいでいるかのような、あまり今まで体験したことのない音楽。しかし聴き進む内に、不思議な平穏さが身体を満たしていき、聴き終わって深く息をすると何かこう、満ち足りた感じがするのだ。中でも奇妙な味わいが感じられるのは、作品中に数回、ごく断片的に他の作曲家の作品が引用されているところ。私がそれと判ったのはショパンの第3ソナタの終楽章とリストの「死の舞踏」、それにメシアンぐらい。ロマンティックなヴァイオリン曲の引用と見えるのはどうもイミテーションのようです。私は元来、音楽を聴いて視覚的な情景が脳裏に浮かぶほうではないのだが、このロマンティックな引用を聴いて、不思議なことにスタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」の終盤に突如現われる、冷たい光に溢れたロココ風の静謐な寝室の場面が頭をよぎりました。あれは宇宙空間に実在したのか、それとも主人公の幻覚なのか、映画は何一つ説明しませんが、観客が感じるのは恐らく恐怖ではなくて、死の直前に現われるであろう一瞬の平安(というより思考停止状態)だったと思います。この「エクステンション」に現われる一瞬のロマンティックな断片もまさに、死に満ちた空間にふと浮かぶ遠い記憶のようなものに感じられます。ただ、誤解のないように言っておくと、この作品はいわゆるアンビエント系の音楽とかとは完全に隔絶したものであり、前衛的な作風に抵抗のある人や、ヴァイオリンの「ギーッ」といった騒音や、駒のところをコリコリと引っ掻くようなノイズ、あるいはプリペアされたピアノの微分音に耐えられない方には決してお薦めはしません。
奏者についても何一つ情報を持ち合わせない上に、スコア無しでその演奏の良し悪しを云々することは出来ませんが、ピアノの内部奏法によるかそけき響きや、奏者の身体的音響(息を吸ったり吐いたり、あるいは楽器や服をなでる、といった類の微かな音、それらはどうも克明に記譜されているようだ)まで捉えた生々しい録音によって、ほぼこの作品の概要を掴むには充分過ぎるものであると感じました。いま日本でこの作品を演奏するとしたら、ヴァイオリンはともかくピアノは大井浩明氏しかいないと思われます。是非とも再演をお願いしたいところです。
(この項終わり)
by nekomatalistener | 2013-04-16 21:06 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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