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ストラヴィンスキー自作自演集WORKS OF STRAVINSKY (その19)

ラムスデン現象(ラムスデンげんしょう、Ramsden phenomenon)は、牛乳を電子レンジや鍋で温めたりする事により表面に膜が張る現象である(Wikipediaより)。
・・・って、最初絶対「フェレンゲルシュターデン現象」みたいなやつだって思うよね。




”Oratorio-Melodrama Vol.2”と題されたCD19枚目は語り手、テノールと合唱、管弦楽のための大作「ペルセフォーヌ」の登場です。

  メロドラマ「ペルセフォーヌ」(1933~34/1934初演/1949改訂)[1966.5.4-7録音]
    ペルセフォーヌ: ヴェラ・ゾリーナ(語り)
    ユーモルプ: ミシェル・モレーズ(T)
    イサカ・カレッジ・コンサート合唱団
    テキサス・フォート・ワース少年合唱団
    グレッグ・スミス・シンガーズ
    コロンビア交響楽団
  オード(1943/1943初演)[1964.3.13録音]
    クリーヴランド管弦楽団
  ジェズアルド・ディ・ヴェノーサ400年祭のための記念碑(1960/1960初演) [1960.6.9録音]
    コロンビア交響楽団

前回、「エディプス王」について書きながら、ストラヴィンスキーといわゆる6人組の意外なほどの芸術的立場の近さについて言及しました(2012年6月26日の投稿)。私はそのあたりの音楽には不案内ながら、ミヨーやオネゲルの舞台作品についても少し触れた訳ですが、このメロドラマ「ぺルセフォーヌ」を聴いても同様の感想を持ちます。もっともこの路線は、ストラヴィンスキーのアメリカへの移住によって一過性のものに終わった感じもしますが、少なくとも1926~27年の「エディプス王」から1933~34年の「ペルセフォーヌ」の間に書かれた諸作品(ミューズを率いるアポロ、詩篇交響曲、ヴァイオリン協奏曲etc)については、6人組の影響という視点から聴き直してみる必要を感じています。これまで見てきたストラヴィンスキーというのは、ロシア人としての顔とコスモポリタンとしての顔の両面を時に使い分けつつ見せてきたわけですが、このペルセフォーヌについては6人組以上にフランス人に同化した姿を見せているように思います。少なくとも自身の独自性よりは彼らの作風への意識的接近が顕著であるように思う。大変美しい作品ですが、私にはどうも今一つ作品との壁があって、思う所がうまく言葉になりません。
それにしても、全編に亘ってフランス語による歌と語りが入るこういった作品で歌詞と対訳が添付されていないのは辛い。色んなサイトを探してみたが、著作権の関係からかフランス語のリブレットを発見できませんでした。アンドレ・ジッドによるテクストは、古い新潮社の「アンドレ・ジイド全集Ⅴ」(昭和25年)に翻訳が載っており、これを取り寄せてようやくテクストの意味が分かったような次第。6人組風の作風は、ストラヴィンスキーの他の作品よりむしろ一般受けするような気もするだけに、言葉が障壁になっていつまでたっても知られざる作品に甘んじているのならば惜しい話だと思います。ジッドのテクストはギリシャ神話のペルセポネー神話をほぼ忠実になぞりながら、ペルセフォーヌが自らの意思で黄泉の国に降りて行くとするのがミソなんだろうが、文学的素養のない私にはあまり面白いとも思えません。「強ひられなくてもいいのです。私は進んで法則(おきて)と言はうより私の愛が私を導く場所へ、一歩一歩、段々と降りて行きたいのです。人間の悲しみの底にまで。」(中村眞一郎訳。漢字は新字体に改めた)。ついでながら、この作品のコラボを通じてジッドとストラヴィンスキーの仲は随分険悪なものになったそうだ。理由はよく分からないが、ジッドがストラヴィンスキーの音楽的イディオムを理解しなかったのか、フランス語を母国語としないストラヴィンスキーの側に問題があるのか。今回は情報量が少なくて蘊蓄どころではありません(笑)。


余白のフィルアップとして短いオーケストラ作品が二つ納められています。
「オード」の2曲目はアメリカ移住後ハリウッドに居を構えたストラヴィンスキーが、1943年の映画「ジェーン・エア」の音楽のオファーを受けて書き始めたもの。ジェーン・エア役はジョーン・フォンテーン、ロチェスター役はオーソン・ウェルズ。この計画はハリウッドのある大物との衝突によって不調に終わり、書き始めていた狩の場の音楽をクーセヴィツキーからの新作委嘱に際して転用したとのこと。同時期の「ロシア風スケルツォ」や「ノルウェーの情緒」と同様、映画音楽との不幸な出会いを物語る作品です。各々eulogy(死者への追悼)、Eclogue(牧歌)、Epitaph(墓碑銘)と題された3部構成の全体にThe elegiac chant(悲歌)という副題が付せられているが、具体的に誰の追悼なのか分かりませんでした。正直なところ、悪い作品ではないけれど、このアメリカ移住の時期、1940年「ハ調の交響曲」から1945年の「3楽章の交響曲」に挟まれた数年間はやや不作の年、という感じがしなくもない。ちなみに、先程紹介した映画の音楽は結局バーナード・ハーマンが書いたのだが、この人は映画音楽の作曲家としては超が付くくらい素晴らしい人。ユダヤ系亡命ロシア人の息子。この人のことは改めて取り上げてみたいくらいだ。何と言っても遺作があのロバート・デ・ニーロの「タクシードライバー」ってんだから凄いよね。

もうひとつは1960年に書かれたルネサンス時代の作曲家ジェズアルドのマドリガーレの編曲。ストラヴィンスキーはこの数年前にもジェズアルドの編曲(「3つの聖歌」)を行っており、暗い半音階的和声進行と異常な不協和音が頻出するこの特異な作曲家への偏愛が偲ばれます。この「記念碑」の元ネタは、
 1.Asciugate i begli occhi (マドリガーレ集第5巻第14曲)
 2.Ma tu, cagion di quella (マドリガーレ集第5巻第18曲)
 3.Beltà, poi che t'assenti (マドリガーレ集第6巻第2曲)
ですので興味のある方はお聴きあれ。もう少し後に書かれたフーゴー・ヴォルフの編曲同様、特に何も附け加えない素直な編曲ながら、非常に優れたもの。おそらく元ネタを超える世界を実現しています。余談ながら、現代の音楽家にもこのジェズアルドは大人気なようです。シュニトケやシャリーノといった現代の作曲家が彼の生涯を元にオペラを書いているそうだし、数年前にポリーニが東京で行った現代音楽の祭典「ポリーニ・プロジェクト」ではジェズアルドのマドリガーレとルイジ・ノーノの「ディドーネの合唱」を組み合わせるという大変興味深い試みがなされていた。また、次の9月に来日するアルディッティ弦楽四重奏団の演奏会のプログラムはジェズアルドの編曲とファーニホウや藤倉大の新作との組合せ、これも凄そうだ。私自身はジェズアルドはほんの数枚レコードを持っているだけなので、いずれ体系的に聴いてみたいと思いながら果たせないままである。
by nekomatalistener | 2012-07-28 23:12 | CD・DVD試聴記 | Comments(0)
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