会社の人で背が低い、というより足が異常に短い人がいる。会社のトイレに初めてウォシュレットが装備された日、その方がロッカーでびしょびしょに背中が濡れた作業服を着替えていらした。そのこと自体よりも、ウォシュレットがお尻にちょうど当たるように深く腰掛けると、きっと両足がぷらんぷらん状態になりそうな気がして、想像するとそっちのほうが笑える。
自作自演集の3枚目は舞台作品が3作。 バレエ「結婚」(1914~17/1919改訂/1923改訂/1923初演) [1959.12.21録音] Mildred Allen, Soprano Regina Sarfaty, Mezzo-Soprano Loren Driscoll, Tenor Robert Oliver, Bass Samuel Barber, Aaron Copland, Lukas Foss, Roger Sessions, Piano The American Concert Choir Columbia Percussion Ensemble ブルレスク「きつね」(1915~17/1922.5.18初演) [1962.1.26録音] George Shirley, Tenor Loren Driscoll, Tenor William Murphy, Bariton Donald Gramm, Bass Toni Koves, Cimbalom Columbia Chamber Ensemble 組曲「兵士の物語」(1918) [1961.2.10-13録音] Israel Baker, Violin Charles Brady, Trumpet Richard Kelly, Bass Roy d'Antonio, Clarinet Don Christlieb, Bassoon Robert Marsteller, Trombone William Kraft, Percussion すんません、何人か読み方が判らなかったもので、英語表記のままにしております。 3枚目は舞台作品が3作。いずれも歌や語りやパントマイムやバレエの為に書かれたということ、また作曲年代が近いという以上に、音楽のエクリチュールそのものにおいて、三つ子の兄弟といいたくなるほど似通ったところのある3作。 「結婚」の歌唱部分はスラヴ民謡風、あるいは教会旋法(ドリア・フリギア・ミクソリディア旋法等)やペンタトニックの旋律で書かれ、またそれらが絶妙なセンスでポリトナールに重ね合わされたりする上に、時として暴力的なまでのリズムの爆発が見られ、土俗的でありながら高度に知的な書法で書かれています(他の2作にも共通している点の一つです)。特に練習番号62から64にかけての暴力的なサウンドは、「春の祭典」の「生贄の踊り」の興奮を呼びさまします。考えてみればあの「春の祭典」ですら、旋律だけを拾っていくと実にディアトニックな書かれ方をしていましたが、それに加えてこの作品では編成が切り詰められている分、音楽の構造が透けて見えるように思われます。「春の祭典」の精緻な設計図をみているような、と申しましょうか。 「結婚」、この自作自演以前に私が愛聴していたのはバーンスタインの演奏(1948年初演の「ミサ曲」とのカップリング)でしたが、そちらの4台のピアノもアルヘリチ・ツィメルマン・カツァリス・フランセシュと超豪華版でしたがこちらもその豪華さにかけては引けを取りません。なんせコープランドにサミュエル・バーバー、ルーカス・フォス、ロジャー・セッションズですからね。アメリカの現代モノがお好きな方にとっては正にドリーム・キャスト。一つの時代のドキュメントとしても貴重極まりない録音といえましょう。 それと、これはあまり世間で言われていないことですが、ストラヴィンスキーのピアノ書法というのは本当に素晴らしいものがあります。「ペトルーシュカからの三楽章」を聴くと、ピアノが下手な人間には決して一小節たりとも書けない書法だということは容易に気がつくと思いますが、この作品ではそれがなんと4台分。一体ストラヴィンスキー先生、どんだけ弾けたんかいな、という感じです。後日取り上げることになるピアノ協奏曲なども、ロマン派のピアニズムとは似ても似つかないものの、ピアノを多少弾く人間にとっては一度は弾いてみたい、涎が出そうな書法ですが、「結婚」もピアノ弾きは是非スコアを見て舌なめずりしながら聴いて頂きたい(笑)。 バーンスタイン盤も非常に優れた演奏でしたが、そちらはロシア語なのに対してこちらは英語版。ストラヴィンスキーの不思議なところは歌詞が英語でもあまり違和感がないこと(その代り非常に聴きとりにくいですが)。このあたりがストラヴィンスキーのコスモポリタンたる所以か、それとも言語に対する無頓着というべきか、いずれにしても英語を母国語とする人たちがこれを聴いてどう感じるのか、日本人が日本語に訳されたミュージカルなんかを聴いて受ける違和感というか、気恥ずかしさを彼らも感じるのかどうか不明ですが、たまに歌詞がはっきり聴き取れても英語ゆえの違和感は少なくとも私は殆どありませんでした。 あまり本質的でないところにこだわり過ぎてしまいました。この作品、本当に傑作と呼ぶに値すると思います。ゴージャスな音響に耳を奪われがちですが、ここには真の抒情、ウェットなセンチメンタリズムとは無縁の、透明で硬質な抒情があり、同時に亡命者ならではの望郷の念を遥か遠くに聴くことができるのではないでしょうか。酔いの回る程に喧騒の度を深めていくドンチャン騒ぎが一転して、ピアノの長く延ばされた煌めく和音、クロタルとベル(クロッシュ)の澄んだ響きの中、暖められたベッドに向かう新婚の二人。清冽なエロティシズムを感じさせる幕切れの音楽は何度聴いても心から感動させられます。 次の「きつね」、ストラヴィンスキーといえば三大バレエばかりでこんなに面白い作品がマイナーな地位に甘んじているのが残念でなりません。この作品、特に「兵士の物語」との類似点がたくさんあり、大変な傑作だと思いますが、「兵士」に時折現われていた抒情性といったものはあまりありません。とことん乾いた、リズムと言葉の面白さを中心とした書法です。こちらも英語で歌われていますが、いきなりChuck-chuck-chuck-chuck-chuck-Chuck-a-dah・・・といった言葉遊びから始まり、最後もZoum! Zoum! Zoum!Patazoum, patazoum!といった呪文みたいな歌が出てくる。で、最後に"Now the story is done""You must pay for your fun!"と人を食った台詞があって冒頭のサーカスみたいな行進曲の再現で幕。私のヒアリング能力では殆ど歌詞が聴き取れないのがなんとも残念。スコアにはロシア語、ドイツ語、フランス語の歌詞が併記されていますが、このあたりもストラヴィンスキーのポリグロットぶりが如何なく発揮されています。一つだけはっきりと言えることは、ロシアの田舎から突如現れたこの天才には、先般取り上げたヤナーチェクなどとは全く違って、母国語と音楽との密接な繋がりというものがあまり無さそうだということです。私は特に練習番号24Con brioの、あっけらかんとした旋律が大好きですが、全体にディアトニックな書き方であるにも拘わらず、ときおり挟まれるツィンバロンの響きなど非常にアトーナルな感じがして、三作の中では最も急進的。リズムも複雑の限りを尽くし、演奏もさぞかし至難だろうと思われます。初演当時どれだけ前衛的な響きがしたことか、想像に難くありません。 「兵士の物語」(組曲版)は先日3回に亘って取り上げた語り入り全曲版の基となった録音ですので、演奏に関しては悪かろうはずがない。比較のためブーレーズのクリーヴランド・オーケストラのメンバーとの録音も聴いてみましたが、いかにブーレーズと雖もその湧きあがるリズムの豊かさにおいて自作自演盤の足元にも及びません(昔のアンサンブル・アンテルコンタンポランとの演奏のほうが少しマシなような記憶がありますが残念ながら手元にありません)。このシリーズの初回にも書きましたが、一体だれがストラヴィンスキーの指揮を無骨だのへたくそだのと貶めるようなことを言ったのでしょうか。このブログのあちこちで書いている通り、私は世評というものを信じない、というか、殆ど嫌悪さえ感じるのですが、特にストラヴィンスキーに対する評価(作品についても演奏についても)に関してはそれを強く感じます。 この3作品、先日「兵士の物語」についてあれこれとスコアの分析を試みましたが、「結婚」と「きつね」に関しても、この一週間ほど、この天才のメチエをなんとか解剖してみたいという欲望と戦わねばなりませんでした。なんせ、さらっと22回シリーズと宣言しておきながら、そんなことをすれば「きつね」だけで数回分の分量になるのは目に見えていますから、さんざん迷った挙句分析ごっこみたいな記述は全て諦めました。いずれ何らかの機会に思う存分これらの作品と戯れてみたいと思います。 (この項続く)
by nekomatalistener
| 2011-11-15 18:29
| CD・DVD試聴記
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