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ドヴォルザーク 「ルサルカ」 ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(その4)

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さて第2幕ですが、ここが一番このオペラの中で様式の混乱を呈しているところだと思います。殆ど全編チャイコフスキー風の音楽で書かれており、時折登場する水の精だけがかろうじて第一幕のワーグナー風の世界をひきずっています。
好意的に解釈すれば、この二幕はもののけの世界ではなく人間(王子・侯爵夫人・森番・皿洗い)の世界を描いているから様式も違うのだ、と言えなくもありませんが、ルサルカまでが一幕とは同じ人物と思えないほど異なった楽想を与えられています。やはり、様式というものに対するドヴォルザークの無自覚性、無頓着さというべきでしょう。

Allegro giusto へ長調の軽快な音楽に乗って森番と皿洗いの歌が歌われます。なんとも素朴過ぎて却って居心地の悪い感じです。変ロ短調Larghettoの森番のアリオーゾ U nás v lesích straší はどことなくチャイコフスキーのメランコリーが感じられます。甘い甘い変イ長調の前奏に乗って王子登場。この甘さは砂糖の塊みたいなウィーンのお菓子の甘さみたいです(私は決して嫌いじゃないけど)。喩えて言えばレハールのオペレッタの甘さ。続く変イ長調Andante の王子のアリア Již týden dlíš mi po boku は流麗な、これもチャイコフスキー流のもので甘く美しい旋律ですが、あまり言葉に寄り添って書かれている感じはしません。旋律が上滑りしていくような物足りなさを覚えます。
テンポを落として侯爵夫人との対話。イ短調Vivace の王子のアリオーゾ Ach, výčitka to vĕru včasná も心にすり寄ってくるような甘い旋律。聴いていると脳がとろけて、ちょっと痴呆状態になりそう(こういうのも嫌いじゃない)。
Moderato maestoso で突然ポロネーズの一節が鳴り渡り、侯爵夫人のレチタティーヴォの後、今まで現れた様々なライトモチーフが回想されます。変ホ長調のファンファーレに続いて舞踏会のポロネーズが始まります(この辺りの展開、殆どチャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」のパクリ)。オーケストラのアンコールピースにも使えそうな派手な曲ですが、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」にしてもチャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」にしても、なぜ舞踏会というとポロネーズなのか?田舎貴族にはポロネーズ、という決まり事でもあるんでしょうか?
水の精が現れ第一幕の音楽を回想した後、アリア Celý svĕt nedá ti, nedá (ホ短調Moderato)を歌います。短い間奏は感傷的でドヴォルザーク好きならメロメロになりそうですが、アリアそのものはあまりチェコ語の抑揚とは関係なく書かれています。ロ長調の舞踏会のゲストの合唱も同様。やがてルサルカが現れ水の精との対話が始まりますが、第一幕と違ってワーグナーの影は薄められています。ト短調Allegro appassionato のルサルカのアリア Ó marno, marno, marno to je はカバレッタ風のもの。チャイコフスキーがイタリアオペラのパロディを書いたらこんな風になるのでは、と思わせます。
再び侯爵夫人と王子が現れ、ルサルカの姿が見えないのをいいことに今度はあからさまに愛を語り始めます。フォルテッシモのイ長調の和音で絶頂に上り詰めますが、突然現れたルサルカに王子は死ぬほど驚き(と、ト書きに書かれている)、Fisの減7の和音が鳴り響きます。このあたりの凡庸さ、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の、愛の二重唱の頂点でマルケ王に踏み込まれた時のあの身の毛もよだつカタストロフを知る者には、まるでぬるま湯のように聞こえます。ワーグナーから一体何を学んだのかと、こっちが驚いてしまいます。エピゴーネンの悲しさ。この後、水の精の嘆き、王子の懇願、冷酷な侯爵夫人の一声とともに畳みかけるように幕が降ります。

私はなんとアンビヴァレントな記述を長々としているのでしょうか。嫌なら聴かなきゃいいのに、という声も聞こえてきそうです。結局私はこのチープな、しかし絡め取られそうな甘さに今全身で抗っているのでしょうか。好き、でも嫌い。愛の反対語は憎しみではなく無関心、というのはマザー・テレサの言葉だそうですが、その意味では、私はドヴォルザークの凡庸さを憎んでも無関心ではいられないのでしょうね。

ワーグナー風の第1幕、チャイコフスキー風第2幕に比べると、第3幕はドヴォルザークの地が比較的素直に出ていると言えそうです。泥臭いけれどもある種の魅力に溢れています。今まで世間でなぜこれほどドヴォルザークが好まれるのかよく分かりませんでしたが、今は少し分かるような気がしています。
第3幕は調性のはっきりしないAllegroの前奏曲から始まります。ルサルカが登場し、レチタティーヴォが続いた後、へ長調Larghettoのたゆたうような美しいアリア Mladosti své pozbavena を歌います。「たゆたう」ように聞こえるのも当然、F-durからf-moll・As-dur・as-moll・Ces-dur・h-moll・cis-moll・Des-dur・cis-moll・as-mollと転調に転調を重ねてようやくF-durに戻ります。
続いてホ短調Allegro moderatoイェジババとルサルカの対話。民謡調あり葬送行進曲ありと、様々に曲想を変えながら二人の緊迫した対話が続きます。ルサルカのアリオーゾも美しく、誰のまねでもない素晴らしい音楽が聴かれます。
ハ長調Moderatoに転じて水底の精たちの合唱。単純極まりない始まり方をしながらハ短調になってからは泥臭さと紙一重の凄愴な美しさを湛えています。Allegro moltoで森番と皿洗い、イェジババの民謡調の対話。洗練とは程遠い楽想に正直かなわんなぁと思ってしまう。
ホ長調Larghettoでしばらく森の精たちの民謡調の歌が続きます。「千と千尋の神隠し」みたいな懐かしい感じの部分もあって悪くはないけれど、結構長くて行進曲を経てハ長調の狂騒に至ってはさすがにげんなり。
水の精の嘆きの後、Allegro con fuocoで王子が登場。ヘ短調の王子のアリア Ode dne ke dni touhou štván は一言で言うなら「ダサカッコイイ」という感じ。だんだんと泥臭さが美点に感じてきます。
変ホ長調のハープのカデンツァをきっかけにルサルカ登場、王子との最後の二重唱が始まります。ルサルカのアリオーゾも死を決心した王子の歌も本当に美しく感動的なのですが、なんというかエロス的要素が全く感じられないのですね。よくもまぁこんなに次から次へと美しい旋律が湧いて出てくるものだと感心しますが、このエロスの欠如が真の感動を妨げているような感じがします。
王子の歌の最期にDesの和音とGの和音が交互に二回ずつ鳴らされます。あの「新世界より」でお馴染みの和声進行。思わず遠くを見てしまうような、懐かしさに溢れた和声。
王子の死、水の精の嘆き。ルサルカが王子の魂を祝福し、変二長調で静かに幕が降ります。

私はこのオペラが本当に好きなんだろうか、と自問しつつもう何回聴いたことでしょう。完結した芸術作品としては瑕だらけであっても、どこかに真実が潜んでいるような作品を私は愛して已まないはずではなかったか?でも何かが「好き」と言うのを阻んでいます。ドヴォルザークを例えばムソルグスキーと比べてみると、前者は生まれるのが遅すぎた秀才、後者は生まれるのが早すぎた天才、と(むごいようですが)はっきりと違いが分かります。作曲のスキルという意味ではドヴォルザークの方が多分数倍優っていますが、後者の天才はどんなに稚拙なスコアからも隠れようがありません。ですが、気まぐれなミューズは、そんなドヴォルザークのスコアにも降り立ち、幾つかの頁に小さい花を咲かせ、「月に寄せる歌」には思いの外大きな花を咲かせました。もうこれは理論や分析では解明できないことだと思わざるを得ません。
本当は全3幕の音楽のアウトラインをなぞりながら、もう少し言葉と音楽の問題について掘り下げてみるつもりでしたが、ちょっと力尽きてしまいました。この項はとりあえず終わりとし、12月のオルガ・グリャコヴァの公演を楽しみにしたいと思います。
by nekomatalistener | 2011-10-01 16:25 | CD・DVD試聴記 | Comments(2)
Commented by desire_san at 2011-12-08 10:03
こんにちは。

私も「ルサルカ」を鑑賞しましたので、この音楽に関する詳しいご説明を興味深く読ませて頂きました。大変勉強になりました。

私は初めて聴きましたが、「ルサルカ」はドヴォルサークのオーケストラのメロティーは素晴らしいと感じ、ほかのオペラとは違った魅力を感じました。
私も「ルサルカ」の舞台を鑑賞した感想をブログカに載せてみましたので、ぜひ見てください。

よろしかったらブログに感想などなんでも結構ですので、コメントをお願い致します。

Commented by nekomatalistener at 2011-12-08 19:17
desire sanさん、お久しぶりです。私は今までドヴォルザークを真面目に聴いたことがない人間ですので、そんな「勉強になる」ようなもんじゃございません(今でも好きかと聞かれりゃビミョ~)。でも新国立の「ルサルカ」は演出の良さもあってなかなか素敵でした。
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