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ドヴォルザーク 「ルサルカ」 ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(その2)

会社の友人と電車の中で生体肝移植について議論する。
友「肝移植ってさあ、血液型違っても出来んの?」
私「うーん・・・血抜きとかしたら出来んじゃないの?」
友「そっか、肝臓だしな~」
けっこう真面目に議論していたのだが隣の客が笑いだした。



このルサルカというオペラ、1900年の作曲ですから、ドヴォルザークの一般によく知られている作品(交響曲やチェロ協奏曲、弦楽四重奏曲「アメリカ」等々)は既に数年前に完成されており、晩年の円熟期を迎えていたと言えそうです。一方で1900年という年を考えた場合、1904年にヤナーチェクがモラヴィア方言で書いた「イェヌーファ」が初演され、1911年にはバルトークがハンガリー語で「青髭公の城」を書いたことを知識として知っている現代人から見れば、ルサルカには二つの限界を感じざるを得ません。
一つは題材の問題。
お話の骨格は淡水版人魚姫。他愛もない童話ですが、料理次第でいくらでも大人向けに出来そうなものなのに、水の精だの魔法使いだのの歌が延々と続く割に、王子様との場面はあっさりしていてエロティックな要素はほぼ皆無。別に「青髭公の城」の晦渋だが強烈なエロス、みたいなものは求めませんが、「トリスタンとイゾルデ」後に、子供向けという訳でもないのにこの無毒ぶりは何なんでしょう。
もうひとつは、言葉と音楽の関係について、やはり自覚的であったと言うにはいささか中途半端であることです。前回に書いたとおり、チェコ語の抑揚を慈しむように書かれた頁があることは確かだと思うのですが、本来言語の音韻構造が異なれば、音楽の拍節の構造も全く異なってしかるべきでしょう。ですが、ルサルカにおいては、第1幕で支配的なワーグナー風の楽想、第2幕におけるチャイコフスキー風の楽想が、チェコ語の抑揚を生かしきる邪魔立てをしているように思われます。別にドヴォルザークの責任という訳ではありませんが、20世紀に活躍した天才達の先駆者とはちょっと呼べそうにないのは、少し残念な感じがします。

もう少し「月に寄せる歌」にこだわってみます。まず例によって歌詞と対訳(www.opera-guide.ch/の英訳からの拙訳)を掲げておきます。

 Měsíčku na nebi hlubokém,
 světlo tvé daleko vidí,
 po světě bloudíš širokém,
 díváš se v příbytky lidí.
 Měsíčku, postůj chvíli,
 řekni mi, kde je můj milý!
 Řekni mu, stříbrný mĕsíčku,
 mé že jej objímá rámĕ,
 aby si alespoň chviličku
 vzpomenul ve snĕní na mĕ.
 Zasvĕt' mu do daleka,
 řekni mu kdo tu naň čeká!
 O mnĕ-li, duše lidská sní,
 at'se tou vzpomínkou vzbudí;
 Měsíčku, nezhasni, nezhasni!

 おお、空の奥深く、高く昇った月よ、
 お前の光は遠くの国々を照らし、
 家々を覗き込みながら、
 この広い世界を巡っている。
 おお、月よ、じっとしていておくれ、
 あのお方はどこか教えておくれ。
 銀色の月よ、お伝えしておくれ、
 私はあなたを抱きしめましょう、
 たとえ束の間でもよいから、
 夢で私を思い出してくださるように、と。
 あのお方の遠いお城を照らし、
 私はここにいるとお伝えしておくれ。
 もし夢で私をご覧になっているなら、
 目覚めた後も憶えていてくださるように。
 おお、月よ、消えないで、消えないで!

音韻構造だのなんだの御託を並べましたが、私はチェコ語についての知識が全くありません。なのに何を大それた事を、と仰る方がおられるかも知れません。ですが、ドイツ語との違いなら比べてみればすぐに判ります。幸い、ルサルカの出版譜の声のパートにはチェコ語とドイツ語の両方が歌詞として書きこまれています。言語によって旋律を変えざるを得ない場合は、音符の旗が上向きに付いているのがチェコ語、下向きに付いているのがドイツ語に割り当てられています(ドイツ語用の音符は恐らく他人の手によるものでしょうが)。
IMSLPからダウンロードした楽譜はコピーガードされていますので、言語別に分けて再構成した楽譜を表示します(この楽譜はMuseScoreという無料ソフトで作成したものを圧縮してpngファイルにしたものですが、慣れないので数時間も掛ってしまいました・・・笑)。
まずはチェコ語バージョン。
a0240098_25659.png

お次はドイツ語バージョン。
a0240098_2565440.png

「月に寄せる歌」の出だしの部分ですが、わずかな差でも両者で随分と印象が異なります。最初の小節、チェコ語のほうは八分音符3個に対しドイツ語は附点付き。チェコ語のほうは長母音の-sí-に、そっとアクセント記号が付けられています。第7小節、チェコ語はvi-が短母音で-díが長母音ですので、前詰めの音形ですが、ドイツ語では第2音節は2拍目の八分音符に乗せられています。15小節目も同じく、チェコ語ではli-が短母音、-díが長母音ですので前詰の逆附点ですが、ドイツ語では八分音符2個。概してこのアリアではチェコ語の抑揚が比較的素直に音楽に反映されています。「月に寄せる歌」の創作の秘密、ミューズが降り立った原因を言葉の問題だけに帰するつもりはありませんが、非常に重要な要素ではあるでしょう。
当たり前のことですが、言語によって音楽が(正確にいうと拍節が)変化します。ドイツ語バージョンを仔細に見ていくと、チェコ語バージョンにないアウフタクトが頻出する箇所すらあります(音節の数の問題ではなく、ドイツ語の音韻構造がアウフタクトを招き寄せているのです。DerとかEinで始まる歌詞を強・弱の拍節を持つ旋律に乗せようとすれば必然的にアウフタクトが必要になりますね)。チェコ語の特性に起因する逆附点の音形や、語尾に短母音2個が繋がる場合の寸詰まりのような終始を持つフレーズは、このオペラのあちこちに出てくる非常に特徴的な音形ですが、ドイツ語バージョンではこの特徴は相当数消えてしまいます。裏を返せば、チェコ語の台詞にドイツ仕込みの、あるいはチャイコフスキー風の旋律を当てはめるとしたら、少し無理が生じるのではないか、とも思われます。
この「月に寄せる歌」では、完璧ではないにしても、チェコ語の抑揚に寄りそった旋律が書かれています。逆に他の箇所では随分無頓着に見えるところ(旋律が先にあってチェコ語が無理やり嵌め込まれている印象)もあります。もし、音楽のアーティキュレーションの全てを完全にチェコ語の音韻構造に従わせるとしたら、この音楽の姿は随分違ったものになったと思いますし、さらに言えば、言葉があろうがなかろうが、音楽的発想が根源から異なったものになった可能性すらあります。
時代が少し下ってバルトーク(私はあまり知らないが多分ヤナーチェクも)が行なったことはそういうことだったのだと思います。前回、このオペラがちまちまして聞こえ、ファンタジーとしての広がりに欠ける理由を、ドヴォルザークのドイツ正統派音楽とドイツ語による楽劇へのコンプレックスに求めましたが、ドヴォルザークという人は恐らくベートーヴェンやブラームス、ワーグナーをある時期猛烈に勉強したに違いありません。ドイツ音楽ではありませんがチャイコフスキーに対してもそうでしょう。逆にその修練がチェコ語のリブレットを前にした時、歌詞の求めるアーティキュレーションと音楽的発想の矛盾を招き、結果として音楽が窮屈なものになったのではないか、というのが今のところの仮説です。
(この項続く)
by nekomatalistener | 2011-09-26 02:00 | CD・DVD試聴記 | Comments(6)
Commented by schumania at 2011-09-27 22:49 x
冒頭の小咄に磨きがかかっていましたね。思わず吹きました。
「ルサルカ」は聴いたことが無いので、ふ〜んと言って拝読するしかないのですが、引き合いに出された「トリスタンとイゾルデ」、昨シーズンの新国の舞台が出色と言われてましたよね。是非、取り上げて下さいな。
Commented by nekomatalistener at 2011-09-28 19:53
小咄・・・実話です(笑)。
「トリスタン」ですか・・・。この調子だといつになるか判りませんが取り上げてみたいですね。でもschumaniaさんのご要望、なんだかお茶屋に入って一月足らずの舞妓に、三味線も弾け長唄も唄えと御無体な旦那みたいですって。
Commented by schumania at 2011-09-28 20:14 x
アハハハ! 本当は三味線も長唄も踊りも何でもできるでしょう!?
Commented by nekomatalistener at 2011-09-28 22:19
ひゃあ旦さんいけずやわぁ・・・ってw。でも真面目な話、こうして数回駄文を書いただけでも、「書ける分野」って思ってたより狭そうな感じがしていて、素人がいうのもなんですが評論って難しいもんやなぁ、と。ちょっとしたおしゃべりと、(一応)気合い入れて書くのとは大違いです。
Commented by schumania at 2011-09-28 22:42 x
真面目な話、これだけ書ければもう素晴らしく立派です。しかも始めから。
そして、他人に読まれることでもっと進化してゆかれるのだろうと思います。
Commented by nekomatalistener at 2011-09-28 23:09
ありがとうございます。素直にお誉めのお言葉と受け取っておきます。当たり前のことですが「どう書くか」より「何を書くか」、だと思います。「外套」はほとんど下書きなしで一気に書きましたが、「ルサルカ」・・・ちょっと苦労してます(笑)。
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