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プッチーニ 「外套」 バルトレッティ/フレーニ

夢の中で「1ドルゆうたら360円に決まってるやろこのアホ!」と部下に怒る。



あの地震がなければ、3月に新国立劇場の研修生公演でプッチーニの三部作から「外套」と「ジャンニ・スキッキ」の二本立てを見に行く予定でした。浦安に住んでいるのでそれどころではなく、残念でした。
私の大好きな三部作ですが、「ジャンニ・スキッキ」についてはそれこそ何万というオマージュが今まで捧げられてきたはずですので、私が付け加えることもないと思います。「修道女アンジェリカ」も素敵な作品ですが、ちょっとあの終わり方はないだろうと思うのでパス。という訳で「外套」を取り上げてみました。音源は、

 ミケーレ・・・・・・・フアン・ポンス
 ジョルジェッタ・・・・ミレッラ・フレーニ
 ルイージ・・・・・・・ジュゼッペ・ジャコミーニ
 ブルーノ・バルトレッティ指揮フィレンツェ五月音楽祭o,cho(1991年7~8月録音)  
 CD:DECCA478 0341

この「外套」、大変な傑作だと思いますが、あまり評価されていない気がします。しかし、この中のわずか4分ほどのジョルジェッタとルイージの二重唱には、聴衆の心を鷲掴みにして引きずりまわすプッチーニのメチエが凝縮されているように思います。それは天才の一筆書きとは違う、一流のオペラ職人の仕事であると思いますが、この言い方はプッチーニの才能を貶めて言うのではなく最高級の賛辞だと受け取って頂きたいと思います。
「外套」について書くとなると、その「男と女の事件簿」みたいな情痴の物語や、タグボートや桟橋から聞こえてくる警笛などの描写的なオーケストラ書法、ストラヴィンスキーのペトルーシュカの顕著な影響など、面白い話題はたくさんありますが全て割愛して、プッチーニのメチエに焦点を絞ってみたいと思います。まず、今回取り上げる箇所の台詞(CD添付の英訳からの拙訳)から。

 GIORGETTA
È ben altro il mio sogno!
Son nata nel sobborgo e solo l'aria
di Parigi m'esalta e mi nutrisce!
Oh! se Michele, un giorno, abbandonasse
questa logora vita vagabonda!
Non si vive là dentro, fra il letto ed il fornello!
Tu avessi visto la mia stanza, un tempo!

 LA FRUGOLA
  Dove abitavi?

 GIORGETTA
Non lo sai?

 LUIGI
Belleville!

 GIORGETTA
Luigi lo conosce!

 LUIGI
Anch'io ci son nato!

 GIORGETTA
Come me, l'ha nel sangue!

 LUIGI
Non ci si può staccare!

 GIORGETTA
Bisogna aver provato!
Belleville è il nostro suolo e il nostro mondo!
Noi non possiamo vivere sull'acqua!
Bisogna calpestare il marciapiedi!....
Là c'è una casa, là ci sono amici,
festosi incontri, piene confidenze....

 LUIGI
Ci si conosce tutti! S'è tutti una famiglia!

 GIORGETTA
Al mattino, il lavoro che ci aspetta.
Alla sera i ritorni in comitiva....
Botteghe che s'accendono
di luci e di lusinghe....
vetture che s'incrociano,
domeniche chiassose,
piccole gite in due
al Bosco di Boulogne!
Balli all' aperto
e intimità amorose!?....
È difficile dire cosa sia
quest'ansia, questa strana nostalgia....

 LUIGI e GIORGETTA
Ma chi lascia il sobborgo vuol tornare,
e chi ritorna non si può staccare.
C'è là in fondo Parigi che ci grida
con mille voci il fascino immortale!....


 (ジョルジェッタ)
  あたしの夢はあんたとは違うの。
  この近くで生まれたのよ。
  だからパリの空気を吸うと元気になって生き返るの。
  ああ、いつかミケーレがこんなうんざりする
  船の生活を止めてくれたらいいんだけど。
  これは生活なんてもんじゃないわ、ベッドとストーブがあるだけ。
  一度あんたに部屋を見せたいくらいよ!

 (ラ・フルゴラ)
  どこに住んでたの?

 (ジョルジェッタ)
  知らなかったっけ?

 (ルイージ)
  ベルヴィルだよ!

 (ジョルジェッタ)
  ルイージが知ってるなんて!

 (ルイージ)
  俺もそこで生まれたんだ。

 (ジョルジェッタ)
  あたしと同じ、同じ育ちなんだわ!

 (ルイージ)
  もうここを離れちゃだめだ!

 (ジョルジェッタ)
  あんたなら分かるわよね!
  ベルヴィルはあたし達のふるさと、世界そのもの。
  水の上でなんか暮らせないわ。
  歩くんだったらやっぱり道の上よね。
  そこには家もあるし、友達もいるし、
  皆で楽しくおしゃべりしたり遊んだり。

 (ルイージ)
  みんな顔見知りで、家族みたいなもんだしな。

 (ジョルジェッタ)
  朝はお仕事が待ってるけど、
  夜はみんなで一緒に帰るの。
  お店は明々としてて、
  いっぱい物を売ってるの。
  タクシーが道を横切って、
  日曜日は騒々しくて、
  二人で出掛けるの、
  ブーローニュの森へ!
  外でダンスして、
  それからいちゃいちゃするの。
  この気持ち、なんて言ったらいいんだろ?
  恋しくて、なんだか懐かしくて。

 (二人)
  街を捨てたけど帰りたい、
  帰ればもう離れられない。
  パリが俺達(あたし達)を呼んでいる、
  たくさんの声が永遠の魅力を語っている!

ところで今回これを書くにあたって、IMSLPというHPで簡単にボーカルスコアがダウンロード出来ることを知りました。著作権の関係でコピーガードされているので添付出来ませんが、興味のある方は参照なさって下さい。http://imslp.org/wiki/
この二重唱、ジョルジェッタとルイージは不倫の間柄ですが、同僚達が周りにいるのでそんなことはおくびにも出せません。しかし、ルイージが同郷だと知ったジョルジェッタは次第に心が高ぶってきます。ついに二人は故郷への懐かしさにかこつけて愛の二重唱を歌いますが、ジョルジェッタが心の高ぶりを懸命に抑えようとすればするほど、聴く側の心も息苦しいまでに高揚し、ついには激情に翻弄されてしまいます。
練習番号48、アンダンテ・モデラートでジョルジェッタが È ben altro il mio sogno! を歌い出します。艀での生活をぼやきながらその実ルイージに恋焦がれる彼女の心は2/4拍子から3/4・2/4・3/8・3/4・2/4と激しく変わる拍子に託されています。第二節で危うく爆発しそうになる心をなんとか抑えて questa logora vita vagabonda! と歌う部分はun poco sostenendo でパルランド(話すように歌う)で歌われます。法定速度60kmの道を一瞬80kmまで暴走しかけた車が、なんとか元の速度に戻ったような感じです。
その後ルイージとのやり取りがあって、再度ジョルジェッタが Belleville è il nostro suolo e il nostro mondo! で一瞬の心の高揚を見せますが、またもや Noi non possiamo vivere sull'acqua! でsostenutoのパルランドに戻ります。ただし、一度目は二点ヘ音の連続で歌われた部分が、二度目は一瞬二点トまで上がります。さっきは80kmでブレーキを踏んだのに今度は90kmまで行ってしまったというところです。
Al mattino, il lavoro che ci aspetta 以下、4/8のメノ・モッソで暫らく60km運転が続きます。ア・テンポで突如変ロ長調から変イ長調に転調し、ゆっくり減速しながら、続くモデラータメンテで一旦徐行スピードまで落としていきます。が、彼女の心のたぎりは尚も続いていて(スコアにはcon grande intensità と記載されています)、ついに彼女の歌は三点ハまで上り詰めていきます。
練習番号53、もう誰もジョルジェッタの情欲の暴走を静めることはできません。アンダンテ・コン・モトで二人が Ma chi lascia il sobborgo vuol tornare をユニゾンで歌い始めます(スコアにはcon entusiasmo 熱狂して、の記載)。con mille voci il fascino immortale!....でついに二人は二点変ロまで上り詰めます。車のメータは・・・160kmで振り切れていました(笑)。
このユニゾンで、スコアを見ずともすぐに気がつくのは、ルイージがジョルジェッタよりも2拍遅れて歌い出すことです(途中で音を詰めて歌うのですぐに追いつくのですが)。同じ旋律が二回歌われますが二回ともそうです。これは何を意味しているのでしょうか?この不倫、ジョルジェッタが主導権を握っているのですね。この年下の沖仲士のルイージは腰が引けているのです。多分、やさ男ではあるが、小心で小ずるい男なんでしょう。結末の惨劇の前にもし二人が駆落ちしていたとしても、ルイージがすぐにジョルジェッタを捨てて逃げてしまうのは目に見えています。驚くことに、これらはすべてスコアに音で記されているのです。何度も音楽を聞けば自ずと理解できるように書かれています。冒頭に「最高のオペラ職人の仕事」と書いた所以です。
聴く者は、プッチーニの運転する車に乗せられて、一度ならず二度まで暴走しかけた後、徐行とみせかけて数十秒後にはメーター振り切れ、翻弄された挙句そそくさと二重唱は終わってしまいます。もう好きにして状態。
今回スコアを入手できたので詳細に分析してみました。その結果プッチーニのメチエの秘密の一旦が明らかになったように思います。なぜ人は、あんな三文小説みたいなボエームや蝶々夫人を観て、つい涙を流してしまうのか。そこには人間の心理を思うがままに操縦する職人の技があるのです。
by nekomatalistener | 2011-09-19 10:18 | CD・DVD試聴記 | Comments(6)
Commented by Lou at 2011-09-21 22:20 x
感情のおもむくままに聴きたいプッチーニを「メチエ」で説く、ですか!!さすが、猫またぎリスナーさん。期待しています。
Commented by nekomatalistener at 2011-09-22 00:00
プッチーニですからね、感情のおもむくままに、というのが多分正しいのだと思います。分析癖は「業が深い」とか言う時の業みたいなもんですから適当に読み飛ばしてくださいw。とりあえず読んでくれた人が「あ、これ聴いてみたい」と思ってくれたら勝ちかな、と。
Commented by schumania at 2011-09-25 20:42 x
これから始まるプッチーニシリーズ!!と思って楽しみにしていたのにこれで終わりですか?
プッチーニは大好きなのですが、実は外套だけCDも持ってないし、聴いたことがないのです。
いつもプッチーニの「メチエ」の術中にハマって涙して聴いています。プッチーニが敢えて駄作(?)を脚本に選ぶのは確信犯なのかもと言う気もします。
Commented by nekomatalistener at 2011-09-25 23:39
「外套」は読み切りです。申し訳ありません(笑)。プッチーニも色々取り上げてみたいのですが、出来れば傑作なのに人気がない作品を優先していきたいと思っています。その点「外套」は題材としてはドンピシャでした。是非お聴き下さい。シリーズになるかどうかは別として、シノーポリとフレーニのマダム・バタフライは凄愴な録音ですね。これはいつか演奏論として取り上げてみたいと思っています。気長にお待ちください。
Commented by akiaki1124 at 2011-09-26 17:16 x
いつも楽しく読ませてもらっています。ありがとうございます。

イタリアオペラは兎も角気持ち良くカッコ良く美しく、大好きですが、確かにストーリはベタな内容が多く、どうしてそれでも感動するのだろうと不思議に思っていました。それこそが作曲家の職人技とも言えるメチエだったのですね。なるほどーと頷きました。

曲そのものの洞察力の深さには今更ながらに頭の下がる思いですが、表現の隅々にnekomatagiさんの性格がにじみ出ていて思わず一人でニヤニヤしてしまいます。

それにしてもバビル二世のベタ打ち変換が面白い。バビル二世を引っ張り出すあたり同年代を感じます。小学生の頃、塾で流行っていました。ロデムがポチっとEnterキーを押しているシーン笑えます。
Commented by nekomatalistener at 2011-09-26 18:16
akiaki1124さん、ようこそおいで下さいました。
「洞察力の深さ」などと書かれると照れくさくて悶絶しそうですが、けっこう皆さんイタリアオペラ好きなんだなぁとうれしくなります。
バビル二世は小学生のころの憧れキャラNo1でした。ロデムみたいなペットがほしかったのを憶えています。暇な時に肉球プニプニして遊んだり。ロデムが困った顔で「・・・ご、ご主人様・・・」(妄想がとまらないw)
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